第34話 クライマックスはド派手に
「う、内海さん!?」
地面にぶっ倒れた不良Dに慌てて駆け寄る三人組。さっきまでの威勢はどこにいったのやら、焦燥で顔が歪んでんぞ。それにしても随分とボコボコにしてくれたな。全身のあらゆる箇所が痛い。骨折れてない? 大丈夫? 正直立っていられるのがやっとなくらいだ。っと、自分の心配より先に火祭の心配をしなくては。急いで火祭に駆け寄る。火祭はポカンといった表情をしていた。そんなに俺が来たのが意外?
「大丈夫か?」
痛々しく腫れた火祭の頬にそっと右手を添える。以前火祭が俺にしてくれたように。右手に伝わる熱がチクリと胸に刺さる。
「なんで君がここに……?」
「だから助けに来たの。ごめんね、もっと早く助けられたらよかったのに……」
せっかくの綺麗な顔が……不良D許すまじ!
「……どうして」
「へ?」
「どうして私を助けるの!? 私なんかのために……。私のなんかのためにそんなボロボロになってまで……。君がそこまでする必要はないのに。それに……」
「それに?」
「君は私のことを恐いと思っているのに……」
はぁ、そっか勘違いしていたんだったな。火祭、お前はす~ごい勘違いをしてるから。俺が火祭のことを恐がる? いやいや、何を。
火祭の肩に手をかけ、瞳をじっと見つめる。
「あのな、火祭」
「う、内海先輩ぃ!」
……いいところで邪魔するなよ不良ども。振り返った視線の先には、むくりと起き上がる不良D。あの巨体がまた目の前に立ち上がった。……マジかよ。俺的に会心の一撃だったのに、それ食らって立ち上がるって……そこはもう空気読んで倒れていてくれよ。完璧にキレイな一撃が決まったじゃん。もうあれで終わりでいいじゃん。
「だ、大丈夫っスか内海さん?」
「お前らは引っ込んでろ」
「は、はい……」
静かな口調だが、その目は怒りと焦りで血走ってギラついた野獣の目のようだ。野獣の双眸が俺を捉えて離さない。ヤバイ、さすがに第2ラウンド闘う気力、体力は残ってないぞ。さっきだって不意打ちで殴れたわけだし、もうあんなチャンスがあるとは到底思えない。さて、どうやって逃げようか……。
「おい、お前」
俺のことか? 唸るように静かで耳障りな声を上げる不良D。
「なぜその女を助ける?」
はぁ? こいつも火祭と同じことを聞いてきた。
「そいつは誰からも恐れられる『血祭りの火祭』だぞ。誰も近寄らない凶暴女。名前を聞いただけで、顔を見ただけで誰もが恐れ震える化け物だ。そんな奴なんかのためにどうしてお前はそこまでできる!?」
「……はぁ、馬鹿馬鹿しい。そんなことにいちいち理由がいるのかよ」
「何?」
誰かを助けるのに理由がいるかい? Ⅸの主人公の名言にもあっただろうが。俺が火祭を守るのに理由がいるのかよ。そんなものがないと守ってはいけないのかって話だ。なくても俺が火祭を守ってやる。お前ら不良どもからも周りの批難からも何もかも全てまとめて一括して守ってやる。
「そうだな、一つ言うことがあるとするならば……」
火祭、よく聞いとけよ。ガタガタの両足に活を入れ、気合いのみで立ち上がる。空を見上げ、深く深く息を吸い込む。そして一気に声として吐き出す。
「俺は火祭のことを恐いと思ったことはこれっぽっちもない!」
「……え?」
「どうして恐がる? 火祭のような可愛い女の子を。何をどう恐がるってんだ! 猫に餌をあげたり、勉強を見てくれたり、誰に対しても優しく明るくて、本が好きで一日に何冊も読んでしまう。そんなどこにでもいる普通の女の子だろうが。喧嘩が強いだぁ? 別にいいじゃんか。そんなのちょっとしたオプションだ。今時の女性は一癖、二癖あった方が逆にいいんだよ。そのギャップがグッとくるんだよ! もう一度はっきりと言ってやろう。俺は、火祭のことを、全く、恐がっちゃ、いない!」
「なっ……」
驚きと言わんばかりの顔の不良Dは無視して、火祭を見つめる。俺の気持ち、伝わっただろ?
「……最後はよく意味が分からなかったけど」
うおぉい!? ギャップ萌えだよギャップ萌え! ちょっと変な子の方がいいって意味。いや、火祭が変だということじゃないよ。
「でも……ちゃんと伝わった。ありがとうね」
ニコリと微笑む火祭。あぁ、この笑顔も久しぶりだ。やっと拝むことができた。はぁ~、満足。このためだけに頑張ったと言って過言でない。なんか疲れが吹っ飛んだ気がする。
「じゃあ帰ろうか」
「待てやぁ!」
……あ~、そうだったな。まだこのゴリラがいたな。だからこれでもう終わりでいいじゃんか。無理に出てくるなよ。
「このまま逃がすと思うなよ。二人ともギッタギタのボッコボコにしてやる!」
昭和みたいな表現しやがって。やっぱお前、同世代じゃないだろ。
「それにしてもヤバイな……」
火祭はともかく、俺の体力はもう限界。HPゲージはすでに真っ赤な状態。立つのでやっとの状態。ぶっちゃけ視界はボヤけて見えるし、全身痛くてフラフラのクタクタ。なのに目の前にはまだ元気そうな不良が四人。とても逃げきれそうにない。どうすれば……
「ちょっとお待ちぃ」
突然、まったくの別方向から声がした。凛として透き通るような綺麗な声。そして聞き覚えのある声……。
「な、なんだ!?」
「まだ誰かいるのか!?」
体育館の物陰から現れた人物、それは、
「み、水川」
「真美!?」
俺と火祭の親友、水川真美だった。両手を腰に当てて堂々とした立ち方で現場を睨みつけている。
「誰だお前? こいつらの知り合いみたいだな」
「そうだよ。そこにいる桜と兎月は私の友達だ」
ズバッと俺らを指差す水川。ものすごい浮いてるけど……。
「どうして真美がここに?」
「桜を助けにきた」
即答する水川。そんな水川を見た不良Dは、
「ヒャハハハ! そいつぁ威勢のいいことで! お前みたいな女子一人増えたところで何ができる?」
不良Dの言う通りだ。水川が火祭並に強いなんて聞いたことない。水川こそごく普通の女子だ。これで水川も火祭並に強かっただなんてことになったら、いよいよ男の俺の立場がなくなってくるし。
「ギャハハハ! そっスよね~」
「そんなことしないで俺らと遊ぼうぜ」
「君、可愛いしね~」
不良Dに釣られて不良ABCもゲラゲラと笑う。そしてそれに釣られて笑う水川………えっ?
「ふふふっ、確かに私一人じゃどうしようもないよ。私、一人、じゃあ、ね?」
次の瞬間、俺らの周りを群衆が囲んだ。全方位どこを見ても人、ひと、ヒト。固まる不良ABCDに驚く俺と火祭。何十人ものの生徒が俺達を囲むようにして立っているのだ。な、なんでこんな大人数がここに……?
「皆、桜を助けるために集まったのよ」
「わ、私を……?」
……ははっ、やりやがったなマミー。こいつぁ最高だ! ざっと見た感じだと百人近くはいるようだ! もちろん知っている顔もある。
「兎月ー、だから言っただろ。呼んだらすぐに駆けつけるって。ま、呼んだのは水川だけどなー」
水川の後ろでニヤリ顔で立つ駒野先輩。
「兎月先輩っ、一人で闘うなんて主人公気取りな真似はやめてください」
相変わらず先輩を茶化す矢野。
「兎月! もっと大声で叫べよ! ここ探すのに苦労したぜ!」
いつも通りのデカイ声でうっとうしい山倉。他にもボランティア部の一年男子の二人、クラスメイトの倉田に遠藤率いるテニス部、さらに弓道部と大勢の生徒が火祭に笑いかけている。全員が火祭に満面の笑みを送る。
「こ、これって」
動転して、せわしなく辺りを見回す火祭。
「見ろよ火祭。お前のためにこんな大人数が集まったんだ」
「わ、私のために……?」
「そうだ。ここに集まった人は誰もお前を恐がっていないさ」
そうだろ? 皆。
「そうだー! 火祭さんを泣かす奴は俺らが許さないぞ!」
「おー!」
「火祭さん大丈夫?」
「心配したんだからねっ」
「私達を頼っていいからさ」
四方八方から溢れんばかりの声。皆、火祭のために集まってくれた。ここにいる皆は誰一人として火祭を恐がっていない。本当の火祭を知っている。理解してくれている。俺達のやってきた挨拶活動は無駄じゃなかったんだ。こんなにも大勢の人が火祭のために集まってくれたのだから。こんなにも大勢の人が火祭を守ってくれるのだから!
「皆……」
目に涙を浮かべて、両手に顔をうずめる火祭。どうだ、嬉しいだろ? 今まで一人ぼっちだったと言った火祭。皆が私を恐れ、避けていたと言った火祭。だが見てみろよ。今はこんにも大勢の人がいる! もう孤独なんかじゃない!
「皆……ありがとう……」
周りがうるさくて多分皆には聞こえなかったであろう声、俺はしっかりと聞いたぜ!
「……火祭。もちろん全校生徒全員が来てくれたわけじゃない。やっぱりまだ何人かはお前のことを良く思っていない奴らもいる。それはしょうがないことだ。また時間をかけて変えていこう。けど、少なくてもここにいる……え~っと水川、全員で何人いる?」
「ざっと百十人ぐらい」
「ここにいる百人は火祭のことを理解してくれているからな。もちろん俺もだ。つーか俺が一番理解してると思う!」
「うん……ありがとう」
さ~て、やり残したことがあるよなぁ? 不良ABCDさんよ?
「う、内海さん……」
「これヤバイっすよ……」
「に、逃げましょう」
急にうろたえだしたABCの三人組。一方、不良Dはまだ少しばかし元気みたいだ。
「内海先輩でしたっけ。形勢逆転ですが、どうしますか?」
「っ……くっ、調子に乗るなよ! これだけの大人数が騒いだら、さすがに教師どもが気づくはすだ! 他校の生徒四人をこんな大勢で攻めたとなると、お前ら全員停学だぞぉ!」
唾を吐き散らしてゴリラが喚く。でもゴリラの言った通り、総勢百十人ものの生徒がこれだけ騒いだら先生達も気づくよな。そりゃマズイ。
「その点は心配ご無用だよ、兎月」
「どうしてだよ?」
「ここにいるはずの奴が一人欠けてるよねぇ」
ここにいるはずの? ………あっ!
「そういえば米太郎がいない」
どこに行ったんだあいつ? あいつがここにいないのはおかしい。
「佐々木は大した男だよ!」
山倉の言葉に水川が力強く頷く。
「佐々木は今頃、職員室前で消火器をぶっ放しているだろうね」
「はぁ? なんで?」
なぜに職員室前で消火器をぶっ放す必要が? しかもこのタイミングで。
「先生達の注意を引くためにだよ。誰もやりたがらなかった誘導役を佐々木は率先してやってくれたんだよ」
そういうことか。米太郎……お前最高だよ! 先生にみっちり怒られるのは確定だけどな。
「さーて、これでゴリラの言う不安要素もなくなったことだし、どうしますか?」
全員が一斉に四人を睨みつける。ビクッと身を縮こませる四人。
「やい、お前ら! 覚悟はできているよな」
「うちの生徒に手を出したからには無傷で帰れるとは思うなよ」
「ギッタギタのボッコボコにしてやる!」
「僕らのアイドル桜ちゃんを傷つけた行為、万死に値する。我等、桜ファンクラブが制裁を下す!」
およそ百十人の怒涛の言葉に不良四人組はすっかり弱りきった表情で震えあがっている。あと、火祭のファンクラブとかあったんだな。知らなかったよ……やっぱ火祭大人気じゃん。
「よっしゃ、皆! やってやろうぜ」
「おー!」
……まぁ、ここで全員でフルボッコ私刑コースでもいいけどさ。それじゃ、こいつらと変わらない。それじゃ駄目だろ。こいつらと同類だなんてな。俺達は俺達のやり方がある。
「待て皆!」
さて、最後の仕事だ。もう気力も体力も底尽きたけど、あとひと踏ん張りだ、俺。気合い入れてやるぞ。俺の声にピタリと周りの野次は止んだ。静まり返った場。俺はゆっくりと口を開く。
「お前ら今すぐここから出ていけ。二度と来るな」
「兎月、正気か!?」
耳元で大声出すなよ山倉。俺は正気だい。
「そうだよ。こいつらをみすみす帰すなんて。兎月だってボコボコにされたんだし、お返ししないと」
「いいんだよ水川。それに俺の分はちゃんと一発殴って返した。俺らが手をあげることはない」
「でも……」
いいんだよ。俺はもう。
「ま、兎月が言うならしょうがないよなー。皆も許してやってくれ」
のんきな駒野先輩の声に周りも渋々頷く。それを見て不良四人は安堵の表情を浮かべる。
「じゃあ、俺らはこれで……」
イソイソとその場を立ち去ろうとする四人組。いやいや、
「おい不良D、ちょっと待てよ」
「お、俺のことか?」
「そうだよゴリラ。お前何か勘違いしてるよなぁ」
「え?」
「確かに俺と他の皆は手を出さない。けど火祭は違うぞ? お前に殴られた分返してないもん」
「なっ!? ふ、ふざけるなよ。そいつを殴った分はお前が返したんじゃないのかよ!?」
「あれは俺の個人的なやつ。本当の返済は火祭自身がやらなきゃ意味ないだろうが」
喚くゴリラを無視して火祭の方を振り返る。
「火祭、できるよな?」
「私は……もう暴力を振るわないって決めた。皆に恐がられたくないから……だからもう……」
「心配するな。誰もお前を恐がったりしない。だから最後に一発、思いきり殴れ。これで最後にしよう。そうしないと皆も納得いかないよな?」
「その通りだー!」
何十人ものの声が重なる。
「な?」
「……うん、分かった」
そして火祭は立ち上がり、ゆっくりと不良Dに近づいていく。
「う、うわ、やめろ。火祭の一撃なんか食らったら……」
「逃げんなよゴリラ。それとも、ここにいる全員から百十発殴られたいか? それよりはマシじゃないか」
一斉に不良Dを睨みつける百人の鋭い眼光。不良Dは汗を滝のように流して唾を飲む。覚悟決めるんだな。
「わ、分かった。俺も男だ。腹括る」
背筋を伸ばして両目をつぶる不良D。火祭が深呼吸する。そして俺はニヤッと笑う。
「あ、言い忘れたけど」
「へ?」
「火祭の一発はここにいる全員の百十発分より重いからな」
力強く一歩踏みこみ、不良Dの懐に入った火祭。空気は爆ぜ、地面が揺れ、息のむ暇すら与えない。右拳を握りしめ、腕を引く。これで最後だ火祭。もう昔のお前じゃない。過去のしがらみを全て吹き飛ばすんだ!
「いっけぇー!」
学校中に響き渡っただろう。ここにいる全員の声と、火祭の『昇竜烈波』が不良Dの顔面を砕く音が。
どうも腹イタリアです。
今回で『火祭救出編』終了です。一体いつから始まったのかは作者の私もよく分かってませんが(汗)
でも最後まで書き上げることができて満足です。これを自己満と言うのでしょうね(笑)
読みにくいうえに分かりにくいシリアスも終わりまして、またコメディーで頑張っていこうと思います。
ですのでどうか温かい目で見守ってください。
感想、意見、批判、誤字訂正、何でもお待ちしております!