第31話 無力と無気力
結局火祭と会えないまま土日が過ぎていった。毎日メールを送ったが返事は帰ってこないし電話も繋がらない。本当にもう火祭とは会えないのだろうか……。早く誤解を解きたい。火祭、俺は何も恐がっていないからさ。せめてもう一度だけ会えるなら、これだけは伝えたい。そんな気持ちで俺は登校しています。周りには同様に学校に向かう数多くの生徒達。その中に火祭の姿はない。くそ……いや、まだだ。もしかしたら、もう学校にいるのかもしれない。
「おっ、兎月」
それでいつも通り水川と楽しくお喋りしていてさ、また皆で一緒に昼ご飯食べたりするんだ。
「無視かー?」
米太郎がボケて、水川がツッコんで、皆で笑って……そうだよ……火祭の笑う姿。もう一度火祭の笑顔見たいな。
「……兎月ー」
「ん? 誰か呼ん、痛たたたたた!っ?」
誰かによって俺の首はロックされて締めつけられた。すげー痛い! 骨が砕けそうだあぁ!
「先輩を無視するとは偉くなったなー、兎月―」
「その声は駒野先輩…って痛い痛い痛い痛い! 放してくださいよ!」
「ちっ」
ボランティア部の部長、駒野先輩は軽い舌打ちとともに腕の力を緩めてくれた。すかさずその腕を払って駒野先輩から距離を取る。この人に後ろをとらせたら危険だ。
「おはようございます先輩。三年生は朝の補習があるんじゃなかったんですか?」
「今日は中間考査の一週間前だぞ。朝補習はないんだよ。そういうお前はこんな遅く登校していいのかよ。ボランティア部の挨拶活動はどうした」
「中間テストの一週間前なので部活動は休止でしょ。だからないんです」
「そりゃそうだな。じゃ行こうぜ」
そのまま駒野先輩と登校することになった。別にいいですけど俺の前を歩いてくださいね。後ろは恐いんで。
「兎月、何か元気ないな」
「え……そ、そうですか?」
校門に差し掛かったところで駒野先輩が不意にそんなことを言ってきた。不意すぎてびっくりした。
「俺には分かるぞ。これでも部長だからな」
さ、さすが先輩。何でもお見通しって感じですか。ふぅ……先輩には適いませんよ。大人しく事情を話してみるか。何か力になってくれるかもしれないし。
「はい、実は」
「二年の火祭が不良とやり合ったことだろ」
「えっ!?」
そ、そんなことまで俺の表情を見ただけで分かったんですか……それはもうただの読心術じゃ……いや、それはそれですごいですけど。
「ど、どうしてそれを……!?」
「水川に聞いた」
……なら俺が元気ないことも水川に聞いたんでしょ。前言撤回、この人やっぱ適当だ。はぁ……じゃあもういいですよ。
「先輩に迷惑かけたくないんで、このことは追究しないでもらえますか?」
「もちろん」
「ですからこれは俺らの問題だか……え?」
今、なんて言いました?
「お前らの問題なんだろ? 俺が突っ込むべきことじゃない。というか突っ込みたくない。こっちは受験で忙しいしな~」
うわぁ……なんだよこの人。てっきり関わってくると思ったら、まったく興味なさげだし。やっぱり無気力なんですね……そうですか。
「じゃ、俺こっちの方だからー」
中央階段を下りて駒野先輩は俺と違う方向に歩いていく。
「受験勉強頑張ってください……」
別に先輩に相談する気はなかったけどさ、何かアドバイスとか教えてくれてもいいじゃないか。全くのノータッチだなんて……それはあんまりだろ。
「あ、兎月」
「はい?」
俺が振り返ると、いつにもなく真面目な顔の駒野先輩がいた。え……?
「俺は自主的に動かないだけで、お前らが呼んでくれたら微分・積分ほったらかしてすぐに駆けつけてやる。助けてほしい時は遠慮なく言えよ。必ず力になってやるからさ。それだけは頼りにしていいぞ」
「は、はい……」
「じゃあなー」
な、なんだよ最後はめっちゃ良い感じにしちゃって。いつもヘラヘラしてるくせに。でも……頼りしてます。
「ですから火祭さんに話したいことがあるので火祭さんの住所を教えてもらませんか?」
「それは急を要することなのか。そうじゃないだろうが。火祭からは風邪で休んでいると聞いている。試験前なんだ。安静させようとお前は思わないのか」
だから火祭は風邪なんかじゃねーの! 話聞けよ。
「試験一週間前に随分と余裕だな兎月は。うちのクラスに上がってくるのが楽しみだ。さあもう出てくれ。次の授業の準備で忙しいのでな」
「……ありがとうございました」
くそっ……くそくそくそぉ! あぁもうなんて頭の固い奴なんだ! 一組の担任はうちの担任よりウザイじゃないか! ちゃっかりと嫌味も言いやがってよぉ! 俺が一組に上がるだぁ? そんなの無理に決まってんだろうがぁ!
「あ、将也」
「どうだった?」
「……駄目。全く教えてくれなかった」
教室に戻り、米太郎と水川に結果を報告。一組の担任に火祭の住所を教えてもらおうとしたが失敗。あの石頭教師が。成績のことしか頭にないんじゃねーの。
「桜、どうしてるかな……?」
「元気にしてるさ」
「……そうだといいな」
火祭は今日も来てなかった。先週に引き続き今日も休み。本当にもう会えないかもしれない。もう二度と……誤解されたまま。そんなの絶対に嫌だ。俺は火祭を助けたい。だから……だから俺は……くっ、何もできないのかよ。
「心配するな将也。絶対にチャンスは来る。まだ間に合うさ。そのためにも今は昼飯を食べようではないか」
そう言って米太郎は鞄を漁りだした。……火祭のことを考えると飯が喉に通らないっつーの。授業中だって火祭のことばっか心配してまともに聞いていないし。……火祭の………って、
「米太郎が……パンだと!?」
いつもの野菜タッパーを出すかと思いきや、なんと米太郎は焼きそばパンを出したのだ。完全に米派の米太郎が……。
「うお、珍しい」
水川も同じことを言う。珍しいというより米太郎がパンを食べるなんて初めてじゃないのか?
「これじゃあ米太郎じゃなくてパン太郎だね」
「はい言うと思った! とても安易な発想をありがとう水川」
「どういたしまして焼きそばパン太郎」
「名前長くなった!?」
ほのぼのした会話してるなぁ水川と米太郎。いや~、ホントにほのぼの………してないよな……。どことなく空気ピリピリしているし、やっぱり火祭のこと心配なんだな。米太郎だって火祭のことを心配しすぎて弁当忘れたんだろう。水川だってずっと携帯握りしめて火祭の連絡を待っている……と、俺のズボンのポケットから振動が……!
「っ!」
すかさずディスプレイを確認。火祭……? 火祭なのか!?
『新着メール 春日恵』
「なんだよっ!」
「うお、びっくりした。どうしたよ将也」
「なんでもない……ちょっと用事ができたから」
「また春日さんとお昼かよ。のんきだな~将也は」
米太郎が鋭い。なんでメールが春日からって分かったんだよ。あと俺はのんきじゃない。今だって火祭のことで頭一杯なんだから。
「……そうだぜ。俺ってのんきだも~ん。じゃあ昼飯楽しめよパン太郎」
それじゃあ春日のいる一組に向かいますかね。
「……佐々木、兎月のどこがのんきなのよ」
「んなことは百も承知ですよ水川。あいつ、俺達のこと元気ないなって目で見たけど自分が一番元気ないことに気づいてないだろ」
「兎月の考えてることって顔見たらすぐに分かるもん」
「まったくだ」
人で賑わう食堂。右を見ても生徒、左を見ても生徒。こんだけ大勢の生徒が集まっているんだ。この中に火祭がA定食を食べている可能性が……
「こっち向きなさい」
春日に脛を蹴られて、俺のサーチスコープは真っ暗になった。とどのつまり蹴られた痛みで目をつぶっただけ。
「痛い……」
そうだ、春日に火祭のことを聞いてみたらどうだろうか? ……いや、駄目だな。同じクラスといえど火祭と春日が知り合いとは思えない。それに春日を巻き込みたくない。これは俺の問題だ。俺がなんとかしないと……。
「……何見てんのよ」
あなたがこっち向けって言ったんでしょうが。相も変わらず自己中お嬢様ですこと。
「じゃあパンしか見つめませ~ん」
「……」
ど、どうした? またローキックがくると思って構えていたのに、いつまで経っても蹴りはこない。い、いつでもきやがれ! ダメージを受ける覚悟はできているから!
「……兎月」
「な、何?」
「……元気ない」
「……え~っと……俺が?」
「そ」
す、鋭いな~。俺って顔に出るタイプ?
「そんなことないけどな」
「嘘」
……即答されると否定もできませんなぁ。
「元気ない」
「まぁ、ちょっとね」
「……」
「痛い痛い痛い! 無言で頬を抓らないで!」
一体なんなのさっ!? 今のはあなたの機嫌を損ねることは言ってないはずでしょ。
「元気出しなさい」
俺はドMか! 頬を抓っても元気にならないよ!
「元気出しなさい」
「痛たたたた! わ、分かった、分かったから。ほ、ほら元気100倍!」
頑張って笑顔を作る。頬抓られて笑ってる俺って、どう見ても変態だよね……。
「……本当?」
「マジでマジで! もう元気爆発っ」
「そ」
や、やっと放してくれた。赤くなってない? 大丈夫? ったく、こんなことで元気出るわけ………でもなんか気持ちが軽くなったかも。あれ……元気出たのかな? あれ……俺ってドMなのかな!?
「……なんだかなー」
思わず阿藤テイストで呟いてしまったが、とにかく元気が出た気がする。心に隙間なく切羽詰まっていた重く冷たいものが少しだけ消えたような……頬抓られただけなのにね。それだけでこんなに気持ちが楽になるなんて……春日マジック恐るべし。
「ありがとね春日。ホントに元気出たよ」
「……別に」
ちょっと気が楽になった。けど……それで火祭が戻ってくるわけではない。俺は……俺はどうしたらいいんだ……?




