第3話 意外な接点
体育も終わり、残りの授業もダラダラと受け流して今は放課後。やっと帰れる~。あー、疲れた。いつも以上に疲れたと感じるのはやはりあの人のせいなのだろう。うん、そうに違いない。つーか絶対そうだ。
「じゃ~な将也」
米太郎は軽い足取りで教室から出ていく。あいつって確か弓道部だったよな。ってことは今から部活か。大変だねえ。
「おう」
俺も鞄を持って教室を出る。俺も部活はしているが今日は活動しないのでさっさと帰りましょうかね。帰って一狩りしますか~。
「はぁ~、今日も疲れた」
「兎月」
「……なんでしょうか」
またですか、春日さん。俺もうあなたに名前呼ばれるだけで気分ガタ落ちなんですけど。
「……放課後、私のクラスに来いと言ったわよね」
「んん?……あー………そーいえばそんなこと言われたような。で、何か用でも?」
「鞄持ちなさい」
やっぱりですか。やっぱり下僕の仕事ですか! はぁ。
俺は無抵抗で春日の鞄を持つ。さも当然のように鞄押しつけやがって。……俺達、今日知り合ったばっかりだぜ。なんで一日にして主従関係が成り立っちゃってんだよ!?
「帰るわよ」
そのまま俺と春日は下校する。一見、可愛い女の子と一緒に帰るというラブコメっぽい展開かもしれないが相手は春日。ワガママ理不尽お嬢様の春日。俺はこれっぽっちも嬉しくありません。黙々と歩く俺達。何か話題は……
「春日は部活とかしてないの?」
「してない」
即答アンド会話終了。な、なんか話題は……
「春日の家ってお金持ちなんだろ? どうしてバス通学なんだ?」
ちょっとこれは不躾な質問だったかな? でもちょっと気になったので。だって、お金持ちなら車の送り迎えで登下校していてそうだしさ。
「お金持ちだから何? リムジンで通うとでも思った?」
「いや、まぁそんなイメージが」
「そんなわけないでしょ。漫画の読みすぎ」
「そ、そうなんだ」
お、怒っていらっしゃる感じ。機嫌損ねてしまったよ……。わ、話題は……うーん………
「あ、バス来たね」
バスナイス! これ以上気まずい空気に圧迫されるのはキツかったんだ。プシューと開く扉から俺と春日はバスに乗りこむ。席はそれなりに空いていたのだが、
「アンタは立っていなさい」
「はい」
と言われたので立つことになりました。くっ、どうして俺は何も言い返さないんだ!? 少しは抵抗しょうよ俺!
自分の弱さにへこんでいると春日の降りる停留所へと到着。立ち上がる春日。おおっと、鞄を返さなくては。
「はい、鞄」
差し出した鞄を無言で取る春日。俺が誠意込めて渡したのになんて態度だ。一言ぐらいお礼を言ってもいいじゃないか。
「じゃ、じゃ~ね」
「……」
またも無視。せっかく美人なのに……あの性格じゃ彼氏はできないな。………春日恵か……。俺は明日もパシリしなくてはならないのだろうか。……嫌だ。今日一日、一応下僕として過ごしてみたが、とんでもないストレスだった。あれをこれからも続けていくのは無理だって。よし、明日はガツンと言ってやろう。春日を前にするとなぜかすごんでしまうけど、そんなの関係ない。俺はお前の下僕じゃない! ふざけるな! ……よし、この台詞でいこう。見てろよ春日ぁ……もうお前なんかに服したりはしないからな!
「将也、ご飯できたよー」
家に帰って自分の部屋でのんびりとゲーム中。と、下から聞こえてきたのは母さんの声だ。俺はクエストを中断してゲーム機をスリープモードにする。
「今行くー」
部屋を出て階段を下りて一階へ。食卓には晩飯が並べられており、既に父さんが食べていた。
「じいちゃんは?」
玄関には自転車があったので帰ってきているはず。
「おじいちゃん今日は友達とクラブに行くって」
おいおい、ファンキーなじじいだなおい。勝手に俺の自転車を使いやがったから文句の一つでも言ってやりたかったのに。
「まぁいいや。よし、いただきます」
晩飯を食べ始める。にしても春日には参ったな。ぜってー明日はガツンと言ってやる。俺はお前の下僕じゃないと思いきり叫んでやる。
「ん、どうした将也? 暗い顔なんかして」
向かい側に座る父さんが話しかけてきた。
「暗い顔してた? いや実は今日、同級生から下僕扱いされちゃって」
「はっはっは、それは災難だったなあ。ま、お前なら大丈夫さ」
「適当なこと言うなよ。相手は女子だぜ」
「あら、いいじゃない。可愛い子? 名前は?」
父さんにビールを注ぐ母さん。
「可愛いかどうかはともかく、名前は春日…」
次の瞬間、父さんが口に含んだビールを盛大に吹き出した。
「うわっ汚ねえ!」
びっくりした。父さんは涎のようにダラダラと口からビールをこぼしながら俺を睨んでくる。ど、どうしたんだよ。
「ま、将也……今何て言った?」
「え、いや、春日って」
「今何て言ったぁあ!?」
絶対聞こえてるよね!?
「どうしたんだよ父さん。急に動揺しちゃって」
数秒の間の後、父さんは濡れた口を拭い、母さんは汚れたテーブルを拭く。
「父さんの会社はな、それなりに大きな会社なんだ」
「何それ。自慢?」
「話を最後まで聞け馬鹿息子。会社があれば当然、社長もいるよな」
「あ、ああそうだよな」
「うちの会社の社長は春日さんとおっしゃるんだ」
……おいおい………今、なんと? え、ちょ……そ、そんなわけ……!?
「ま、まさか」
「そのまさかだ、この馬鹿どら息子ぉ! いや、待て。もしかしたら人違いかもしれん。将也、その春日さんって子の特徴を言ってみろ」
「えっと…ワガママで親が有名企業の社長らしくてお嬢様だったかな」
「こんの大馬鹿息子があぁ!」
「うるせーよ! 声デカすぎ!」
「あああああっ!? 間違いない! その子は社長の娘さんじゃないか! とんだ偶然! 最悪だ!」
ちょ、落ち着いてよ。もう年なんだから、血管切れちゃうよ。
父さんはワナワナと震えているかと思いきや、勢いよく立ち上がると俺の両肩を掴んできた。近い近い、顔が近い!
「いいか、将也。その春日さんの娘さんには一切逆らうな!」
「はぁ? なんでだよ」
「父さんのクビがかかってるんだよ、ってそんぐらい察しろ馬鹿息子がぁ!」
「ぐえっ、そんな乱暴に揺するなよ」
気持ち悪くなるっての。そして加齢臭がキツイ。嫌だねぇ年取るのって。ぐわぁ、ダブルでキツイ。
「父さんが有名企業に勤めているといっても、ただの平社員。社長の一声で父さんはレッドカード。もれなく会社から退場だ!」
「将也、あなたは私達を路頭に迷わせるつもり?」
「そんなこと言ったって母さん、俺はどうしたらいいんだ?」
「お前さっき言ったよな。春日さんの娘さんから下僕扱いされていると」
「ああ」
「ならそれをやり通すんだ! 完璧にだ! そうすれば娘さんも満足して社長にチクったりはしないだろう。そうすれば父さんは安泰だ。いやむしろ特別ボーナスが出るかもしれない。やったぞ母さん、今年の年末はドバイに行けるかも!」
「ええ、そうねあなた」
「ピンチをチャンスに変えるとはこのことだ。ということで将也、お前は春日さんの奴隷として頑張るんだ」
何を勝手に決めつけているんだこの馬鹿親父は。自分の息子に奴隷を強要してきたよ。なんつー親だ。ある意味モンスターペアレント。
「嫌だよ。そんなプライドのないことを」
「黙れ小僧!」
うおっ、なぜにここで美輪さん!?