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第28話 ナンパ襲撃

夕日が校舎を茜色に染める中、ボランティア部は中庭に集合していた。やっと全ての掃除が終わり、皆もどこか誇らしげな表情を浮かべている。要するにどや顔ってこと。そんな俺もどや顔で皆を見つめる。


「よし、皆お疲れ様。顧問への報告ついでに後片付けは俺がやっておくから皆は帰っていいよ」

「しゃあ! 佐々木、今から一狩りしようぜ! 兎月も来いよ!」


山倉よ、俺の話聞いてたか? 俺は今から後片付けするんだよ。狩りなら米太郎と二人で行ってこい。


「じゃあ解散……ん? そういえば矢野がいないな」


今更ながら一年部員の矢野がいないことに気づいた。おかしいな……さっきまでいたはずなのに。矢野は普段から俺のことを先輩として敬っていない。なんと礼儀を知らない後輩だろうか。もしかして俺の話なんか聞いてられるか! とか言ってもう帰ったんじゃ……。


「矢野ちゃんはゴミ捨てに行ったよ」


水川が応答してくれた。それなら今はゴミ捨て場にいるのだろう。良かった良かった。


「分かった、矢野には俺が伝えておく。じゃあ解散」


俺の解散の合図とともに皆は鞄を持ってダラダラと校門へ向かって行った。今日までご苦労様。来週からは試験勉強を頑張ってくれい。残ったのは俺と水川と火祭。


「水川と火祭も帰っていいよ。箒とか掃除道具は俺が片付けるから」

「じゃあ悪いけど兎月と桜に任せるね。お疲れ~」


水川よ、俺の話聞いてたか? 俺一人で十分なの。なんだこれ。どうしてこの部には話を聞かない奴しかいないんだよ。この部をまとめれる自信が私、次期部長にはありません。


「手伝うよ」

「大丈夫だって。顧問に報告するついでに掃除道具を運ぶし、さらにそのついでに矢野も呼んでくるよ。その間に矢野が戻って来て、すれ違ったらいけないから火祭はここで待ってて」

「うん、分かった」


おお……火祭、話聞いてくれてありがとう。山倉と水川とは大違いだよ。


「じゃあ行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」


火祭を残して俺は掃除道具を両手に抱える。このくらい持てますって。段々と黒い影に飲まれつつある渡り廊下を一人歩く。おぉ、夕日が沈みつつある。この時間になると校舎内にいる生徒はほんの一握りだろうな。


「あ~……眠たい」


渡り廊下を通過して誰もいない静寂に包まれた中央階段に足をかける。ここを上がって少し歩けば用具入れに着く。そこで掃除道具を戻して、そのまま流れるようにゴミ捨て場に行って矢野と会って、そこから職員室に下りていけば………ん? 何か聞こえてくる……人の声かこれは? まだ残っている生徒がいるのか。とりあえず階段を登らないと。上の方から声が聞こえてくる。


「君、可愛いね」

「ねぇ、いいじゃん。ちょっとカラオケに行くだけだからさ」

「や、やめてください」


声は階段を登りきった広場から聞こえる。俺はまだ階段の中間地点だったが、ここまで声が響く。誰もいない学校って声がよく聞こえるからな。ま、それがどうしたって話だけど。生徒の他愛の無い話だろうし、聞き耳立てるのもよくないし。無視だな。


「ほらぁ恐がってるじゃん。君、一年生だよね。そりゃ知らない男達から声かけられたら恐いよね~」

「でも安心して。俺らはただの寂しがりなお兄さんだから。ちょっと相手してくれたら、すぐ帰らすからさ」


階段を一段ずつ上がる毎に声が鮮明になって聞こえる。いかにもガラの悪そうな声だな。しかも複数人いるみたいだ。無視しようと思ったけど、聞いているうちに何か変な胸騒ぎがしてきた。これって何やら揉め事の感じだよな。


「あ、あの……その……」

「大丈夫だって~。ひどいことはしないからさ~」

「だははっ、お前が言っても説得力ねーっての」

「いいじゃん、遊ぼうよ」


階段を登りきる。中央広場は階段と同じように影で覆われていた。遠くのグラウンドで光を放つ照明のコントラストでより濃く感じる。一体どこから声がしていたのか……


「あ?」


あ、いた。そして声がした。俺の気配を感じたのか、広場の隅から視線が感じる。こちらを見ている……微かな夕日が差しかかる中、目を凝らして相手を見つめる。三人の男と一人の女子……ってあれは、


「矢野」

「と、兎月先輩……!」


探していた矢野がいた。三人の男から逃げるようにして矢野はこっちに駆け寄ると俺の後ろに隠れる。背中を掴む矢野の手から震えが伝わってくる。何があったんだ……?


「あれれ? もしかして彼氏さん?」


三人組の一人が話しかけてきた。よく見るとうちの学校の制服じゃない。他校の奴だ。なんで他校の奴がうちの学校にいるんだよ。


「彼氏いたのかー。でもいいじゃん。カラオケだけなら彼氏も許してくれるよ」

「そうだろ? 彼氏さん」


おいおい、三人組がこちらに接近してきたぞ。背中にしがみつく矢野の震えがより一層増す。大丈夫か矢野? 距離は二メートル程。近すぎず遠すぎず。ここまで来たら顔もはっきりと見える。右から順に茶髪で耳ピアスをした奴とロングの黒髪に金色のメッシュ、そして眉なし短髪男だ。うわっ、こいつら不良みたい。つーか不良じゃん……恰好といい態度といい全てが不良スタイル。あっ……そういえばホームルームで担任が不良に気をつけろとか言ってたな。というかなんで他校の不良がここにいるんだよ。


「この娘の名前なんて言うの? 教えてよ彼氏さん」

「ついでに番号も」

「だからお前図々しいっての」


チャラチャラしたやりとりを始めた不良達。右から順に不良A、不良B、不良Cと名付けよう。ベタベタな不良だな、非常に居心地悪い。こっちがホームなのにアウェイの不良達の雰囲気に飲みこまれそうだ。


「……矢野、大丈夫か?」


不良達に聞こえないよう小声で呼びかける。矢野は相変わらず俺の背中にしがみついている。すごい震えているけど、もしかして……


「だ、大丈夫です。階段を下りようとしたら急に肩を掴まれて、それで……」


矢野の弱々しい怯えた声。不良にカラまれたのか……なんてことだ。恐かったんだな。そりゃこんなコテコテ不良にカラまれたら俺だったら泣いてるよ。すぐにルーラを唱えるね。しかし今は違う呪文を唱えなくては。


「矢野、気づかれないように階段を下りろ。俺があっちの注意を引くから」


まずは矢野を逃がさないと。可愛い後輩を守るのは先輩の役目。矢野をそっと後ろに押し出す。さあ逃げて。


「なー、ちょっと遊ぶだけだからさー。せっかくだしプリクラも撮ろうか?」

「あ、俺あの子と二人で撮りたい」

「それだったら俺も~」


にしてもこいつらホントに典型的なタイプの不良だな。俺のことなんか無視してるし。これなら矢野も逃がしやすい。


「あ、どこに行くんだよ!?」


いきなり不良Bが声を荒げる。ヤバ、気づかれた。俺も後ろを振り返る。見れば矢野は階段を下り始めていた。よし、そのままエスケープだ矢野!


「逃がすかよ」


追いかけようとする不良ども。はぁ、こんなの最悪としか言いようがないぞ。しかしここでこいつらをみすみす行かせるわけにはいかない。


「はい! ちょい待って。ストップストップ!」


俺が止めるしかないよね。不良達の前に立ち塞がり行く手を阻む。いやいや……正直めちゃくちゃびびってますよ! けど可愛い後輩のためなら盾とならなくては。


「あぁ? 邪魔すんなよお前」


ほら~、すぐ睨んでくる。恐いんだけど。だから不良は嫌なんだよぉ。ちょっと目が合っただけでガン飛ばしてくるし、すぐ威圧オーラを出してくるし。


「まあまあ、ちょっとね? 事情を聞いてもらえないかなー、なんて。実はさっきの女の子は俺の後輩なんだ。すごい人見知りするから、そっとしておいてくれないかな?」

「そんなこと聞いてませ~ん。俺らはあの子と遊べたらいいんだよ。彼氏じゃないならでしゃばるな」


ちょ、顔近づけないで。圧力で押し潰されそうだから。タバコの臭いするし……ホント典型的タイプだなこいつら。


「というか他校の生徒がなんでここに? ナンパなら駅前でやったらどう?」


至極尤もな意見を提示する。


「うるせえ。テメーに言う義理はない」


そーですか。そう言うと思ったけどさ。さっきからこの三人すげー威圧してくるよ。そんな顔を近づけられたら、こっちはのけ反るしかないじゃん。つまり俺は圧倒的に押されている。


「分かったらそこどけよ。あの娘追いかけないといけないから」

「いや……何も分からなかったんだけど。納得する理由があるなら聞かせてほしいんだけど」


ほら言ってみろよ。ただのナンパに理由なんかあるならな。そしてこうしているうちに矢野が完全に逃げ切ったはずだ。ざまーねーな不良ども。


「だ~か~ら! お前には関係ないだろうが」

「さっきの子は部活の後輩なんだって。関係あるだろうが。守って何が悪いの?」


なんか段々とイラついてきた。へぇ、ヘタレの俺でも不良と睨み合えるんだな。頑張れ将也。ファイトだ将也。


「なんだその態度。やっちまうぞ、コラ」


そう言って不良Aは胸倉を掴んできた。でたよジャイアニズム。なんでも暴力で片付けやがって。人が人を殴れる理由を知っていないのかよ。それは人を傷つけるためではなく、人を守るため。だから人は強くなれるんだよ。守る人がいるから人は自身の拳を振るうことができるんだ。決して自分勝手な暴力のためにではない。おお、なんか哲学的なこと言ったな。すごいぞ俺。そして胸倉を掴まれた拍子に両手に抱えていた掃除道具を落としてしまった。おいおい、拾うの大変だぞこれ。あーあー、壊れていないといいけど。


「このっ、こっち向きやがれ!」


不良Aの叫び声が俺の意識を戻してくれた次の瞬間、強い衝撃が左頬を襲った。耳から音が一瞬消えて、視界がブレた。頬骨が内部でズキズキと痛み、急速に熱がこみ上げてきた。……不良Aが殴ってきたのだ。


「ぐっ」


バランスを崩してよろける。ヤベ、俺の真後ろって階段……! 咄嗟に手を伸ばして助かった。闇雲に伸ばした右手は運良く階段の手摺りを掴んだ。おかげで殴られた勢いは横へと逸れて背中が壁にぶつかる。がっ、これはこれで痛い! そして左頬も痛い。異様な熱が頬を襲い、感覚からして腫れているようだ。


「いってぇ……いきなり殴ってくるかね!?」


手摺り掴めなかったら頭から階段の角に落ちていたかもしれないぞ!? 死んじゃうって。何気に九死に一生!? とんでもねーよ……。


「うるせえ。テメーが生意気だからだ」


生意気なのは思春期で顕著に見られる現象だ。偉大なるルソーさんが言ったのだからそうに違いない。いや、ルソーと会ったことないけどさ。とにかく生意気だっていいじゃないの。思春期だもの。


「だから無視すんなやぁ!」


ぐえっ、不良Aの追撃。俺の胸倉を掴んで広場へと叩きつける。階段じゃ危ないと思ったのか。不良にしてはなかなか良識があるようだ。


「上等だ。ボコボコにしてやる」

「覚悟しろよ」

「俺達怒らせると恐いよ~?」


不良ABCが俺を取り囲む。……あ、これリンチだ。私刑ルートだなこれ。浅い人生経験と第六感が告げている。これはヤバイと。


「おらぁ!」


そして始まる蹴りのラッシュ。ぐっ……マジで蹴ってきやがる。恐くて目が開けられない。やたらめった乱暴な蹴りが俺の体を無差別に襲い続ける。


「がっ、げほっ」


がはっ、執拗に蹴ってきやがって……マジで痛いわ。こいつら手加減とか知らないのかよ……体中が悲鳴を上げてるって。


「オラオラ! さっきの威勢はどうした」

「後輩の女の子守るんじゃなかったのか?」

「キャハハハ! だっせー」


蹴りに混じって三方から聞こえる下品な声。これだけ騒いでいて誰も気づかないのかよ。敷地内で生徒がリンチに遭っているってのに……ぐっ………これマジでヤバイ。痛みと恐怖が体と頭を痛めつける。病院送りされるんじゃ……このまま死んでしまうのでは……不吉なイメージが頭をよぎる。勇気を出して目を開くと……薄暗い空に浮かぶ三つの顔。どれも厭らしい汚い顔しやがって。本格的にヤバイな……意識が遠退いてきた。痛い、とにかく体中が痛い。薄れゆく意識……微かに映る視野が捉えたのは一つの顔が消えたことだ。


「ぐえっ!?」


………え?

止まる蹴りのラッシュ。そして静寂。焦点が定まらない視界で見えたのは不良A、Cの驚く顔。それと地面に大の字で伸びている不良B。そしてそれら全てを置き去りにしてこの空間に君臨する一人の女子。赤みがかった長髪が宙を舞い、グラウンドの照明が逆光となって顔はよく見えないが、その姿には見覚えがあった。


「火祭……?」



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