第20話 おはようから一気にランチタイム
ひたすら挨拶する俺達ボランティア部と火祭。ついでに米太郎。連休明けでいきなり挨拶されたことに驚く生徒達。ぎこちない挨拶を返す奴もいれば、ウザイとばかりに無視する奴もいる。そしてほとんどの生徒が火祭を見て、なんらかのリアクションを起こす。驚いたり、恐がったりとあまりよろしくない態度ばかりだけど……。それでも懸命に挨拶する火祭。その調子で頑張って!
「おはようございます」
「おはよーございます」
「おはようございます」
ふと、登校する生徒の中に知り合いが。それも最近できた知り合い。それも俺を下僕扱いする人。
「おはようございます、春日」
春日お嬢様のご登校だ。今日もお美しくて何よりです。
「この前はご馳走様。また行けたらいいな」
「……」
無表情でこちらを見つめる春日。あ、あれ? 仲良くなったと思いきや、いつも通りの無視。
「……」
しばらく俺を睨みつけた後、プイッと目を背けて校舎へと向かっていった。
「ぷっ……将也、春日さんと仲良いんじゃなかったのかよ」
必死に笑いを堪えている米太郎がそんなことを言ってきた。無視されてやんのーみたいな顔がとてつもなく腹立たしい。
「春日がああいう奴なんだよ」
「それにしても無視って……ぷぷぷっ」
「くっ、笑うな気持ち悪い。いいから挨拶しろよ、おはようございます!」
予鈴が鳴り、俺達は挨拶活動を終える。初日からいい感じだったな。
「皆お疲れ様。火祭も来てくれてありがとな」
「別にいいよ。楽しかったし」
そう言ってもらえると嬉しいです。
「はあー疲れた! 声の出し過ぎで喉潰れたかも!」
それだけ大声出せるなら余裕で大丈夫だ山倉。
「ねぇ、兎月先輩」
ちょいちょいと制服を引っ張って矢野が話しかけてきた。やたらと声が小さくて、たぶん俺にしか聞こえてない。
「火祭先輩呼んだのって兎月先輩でしょ? もしかして付き合っているんですか!?」
キラキラと興味津々な眼差しを送ってくる矢野。……はぁ、水川に続いて矢野までもそんなこと言うとは。
「違うよ。ただのお友達」
「それって今は友達だけど、近いうちに……! ってことですね」
「それも違う。ほら、朝のホームルームに遅れるぞ」
それでもしつこく迫ってくる矢野を水川に押しつけて、火祭に話しかける。
「放課後も活動するけど、もし良かったら参加してみる?」
「君がいいなら喜んで参加させてもらうけど……一ついい?」
「何?」
「どうして私を誘うの? 君なら他にも呼べる女子がいるだろうに」
いやいや、火祭さん。あなたのイメージを変えるための挨拶活動ですよ。そのためにこの活動は行われているのだから。そんなことは本人には言えないけど。とにかく他の人呼んでも意味がないんですよ。
「俺は火祭がいいんだよ」
こういう風にしか説明の仕様がないな。これで納得してもらうしかない。
「わ、私が? ……あ、ありがとう。嬉しい……」
顔を赤くする火祭。お、俺何か恥ずかしいこと言いました?
「ほらぁ、矢野ちゃん。今の聞いたでしょ?」
「ですね水川先輩っ。やっぱり兎月先輩、火祭先輩のことが……!」
後ろでキャピキャピ騒いでいる女子二人。何言ってるかさっぱりです。絶対変な誤解をしている気がする。
「やっぱ新メンバー加入が良かったな。より個性的になったよ」
「だよな! でもやっぱ俺は初期メンバーが好きだな!」
前方には深夜バラエティー『おねだりブルーベリー』略して『おねブル』の話で盛り上がる米太郎と山倉。こちちの話はすごく共感できるのにね!
昼休み、水川と火祭が教室で仲良く弁当を食べている。これも火祭の印象を変えるためだ。火祭はごく普通の女の子だということを周りの奴らに認識してほしい。
「あ、あれ? 漬け物パックがない。朝入れたはずなのに……。将也、お前食べただろ!?」
「食べてねーよ」
米太郎が言った漬け物パックというのは普通のタッパーに漬け物を詰めただけのやつ。米太郎はデザート感覚で漬け物を食べるのだ。気持ち悪い。
「も~、テンション下がるわぁ」
弁当に入っていた漬け物をかじる米太郎。いや、漬け物あるし。漬け物パックいらないじゃん!
「ところで将也、お前は加わらなくていいのか?」
「何に?」
「火祭達にだよ。一緒に食べないのか?」
「いや、俺はいいよ」
俺が入ってもしょうがなくね? できるなら二人で食べていて……お、
「ほら、クラスの女子が来た」
水川と仲の良いクラスメイトが火祭と水川に近づく。
「ああやって女子同士で食べるのがベストなんだよ。仲良くガールズトーク、どうよ?」
「なるほど確かに。将也が入ったら変な空気になりそうだもんな」
「そーゆーこと」
火祭は色んな人と話せばいいと思う。一人ずつの印象を変えていくことも大事なんじゃないだろうか、うん。
「だから俺は米太郎と二人仲良く飯にがっつくわけ痛ぁ!」
痛い! 突如、背中に激痛が。誰かが叩いたに違いない。許せない! 危うくパンが気管に詰まるところだったぞ。
「何しやがる米太郎!」
「いや、俺じゃない」
「じゃあ誰だ……春日ね…」
後ろには春日がいました。心なしか、ちょっと不機嫌っぽい。
「何か用事でも? その時はメールするって言ってたじゃん」
「……メールした」
えっ、マジすか? ポケットから携帯を取り出して確認する。ちゃんとメールきてました。あれま。
「あっらぁ~、サイレントだから気づかなかったなぁ。はははー、痛い!」
また背中を叩かれる。…これ背中が赤く腫れているに違いないよ。じんじんと背中が苦しげな悲鳴を上げている。
「ついて来なさい」
「えっと、どこに?」
「ついて来なさい」
出ました無限ループ!
「はいはい、分かりました」
「早くして」
そんな急かさなくても。そそくさと食べかけのパンを鞄に押し込む。
「わり、米太郎。ちょっと行ってくるわ」
「な、なんだよ。デートか? デートなんだろ!? 羨ましいなチクショー!」
最後の台詞、以前に聞いたことがある。いやいや、今のやり取り見ていただろ? 俺と春日が恋人同士になんて見えないでしょうに。馬鹿かお前は。馬鹿だろ。
「で、どこに行くの?」
「……」
返事する代わりに春日は移動する。俺はその後ろからついていくしかないよねー………はぁ。
向かったのは食堂。昼休みだけあってかなり混雑している。丸テーブルが一つだけ空いていたので、そこに腰掛ける。気づかなかったが春日はピンクのお弁当箱を持っていた。ふたを開けると中は豪華な料理が。……いやいや………
「お弁当かよ!」
なんだよそれ。言ってくれたら俺だって昼飯持ってきたよ。食いかけのパンがあったのに。
「はぁ……俺、売店で何か買ってくるわ。春日もほしいものある?」
「紅茶」
即答で返ってきた。さっきまで無視してたくせにさ!
「……はぁ」
溜息交じりに売店へと向かう。無論、売店も混み合っていた。もうヤダヤダ。俺はこんな中でパンを買うのが嫌だから、いつも昼休み前の休み時間に買っているのにさ。……春日のせいだ!
人混みを縫うようにして前へと出る。ぐえ、押してくるなよ。もっと譲り合いの精神を持ちやがれ。違う意味でのハングリー精神だなおい。適当にパンを掴む。
「メロンパン百五円ね」
おばちゃんに小銭を渡して昼飯ゲット。うわ、臭い! おい誰だよ臭い奴。ちゃんと脇洗え。暑苦しい売店を抜け出し、続いては紅茶を自販機で購入。春日の待つテーブルへと戻る。
「はい紅茶」
無言で紅茶を受け取る春日。はぁ、相変わらずだな。ここでありがとうと言ってくれたらどんなに報われることやら。
「んじゃ、いただきます」
メロンパンを頬張りつつ春日をじぃ~と見つめる。……こうして見ている限りだと普通に可愛い女の子なのにな。性格が最悪だと一体何人が知っていることやら。
「……何?」
「ん、いや…どうして食堂に来たのかなーと思って」
「別に」
そう言ってそっぽ向く沢尻…じゃなくて春日。てっきり春日が俺と一緒にお昼食べたいとか思ったけど、そんなわけないよね。ディナー楽しかったの俺だけだと思うし。
「GWは楽しめた?」
「別に」
「や、やっぱ連休明けの学校がキツイよね」
「別に」
つ、強ぇ……! 会話が弾まないよ。ボウリングの玉くらいに弾まないぞ。もっとスーパーボール並に弾ませようよ。
「……あ~、この前のディナー美味しかったな。また行けたらいいな」
「………そ」
……お? ちょっと違う反応が返ってきたぞ。やっぱディナーは美味しかったよねっ。良かった、俺だけじゃなくて。本当にあの時は楽しかった。春日もすごい綺麗だったし、もう一回は拝みたいものだ。
「……兎月」
「はい?」
「……今朝」
「はい?」
「……何してたの?」
あぁ、今朝ね。つーか、
「春日さ、今朝無視したよね。地味に傷ついたんだけどぉ」
「何してたの?」
また無視ですか。くそー、やってくれますな。こっちの質問には答えないってか。
「……」
対抗して俺も無言。春日とも目を合わせない。
「……っ痛い!」
テーブルの下から脛を蹴られた。見えないはずなのによくピンポイントで狙えるな。
「何してたの?」
「ま、前に言ったと思うけど俺ボランティア部でさ。その活動で挨拶してたんだ」
「……」
「良かったら春日も参加してみる? 意外と楽しいよ?」
「……気が向いたら」
同じことを以前にも言われたような……。
「来る時はメールして教えてね」
「……うん」
おぉ、春日が頷いた……! 見たの初めてかも。
「春日が頷くなんて珍しいね。熱でもあるんじゃ痛い!」
先程と同じ箇所を蹴られた。俺の脛が熱を帯びてきた。すげえ痛い。
「痛い……」
「うるさい」
ひどい……。この前の優美な春日とは思えないよ。
「もうちょっとお淑やかにした方がいいよ?」
「うるさい」
うわぁ、全然応えてないや。
「はぁ……せっかく可愛いんだからさ」
「………うるさい」
お、少しだけ動揺した春日。可愛いと言われて照れてるのかな? そんな春日が超可愛いなと思ったりしたのは内緒だ。俯いたかと思いきや、すぐに顔を上げてこちらを睨みつける。そんな恐い顔しなくても……はぁ。