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第17話 悲しげな表情

「この問題は判別式Dが0より大きいことを求めるんだよ」

「……うん」


勉強を開始して一時間、火祭のおかげで少しずつだが問題を解いていけるようになってきたが……


「判別式D=bの2乗-4ac……」


「あ、ここは方程式の1次項が2の倍数だからD/4で解いた方が計算が楽でいいよ」

「……そうなんだ。……つーか判別式嫌い」

「そう? なら、ここの問題は二次方程式とx軸が異なる2点で交わるときのαの範囲を求めるものだから違う方法でも解けるよ。まず方程式を平方完成して頂点の座標を求めて、頂点のy座標が0より小さくことなることを求めるといいよ」

「え………は? 今度は0より小さい? な、うぇ?」


混乱してきた。頭がショートしそうです。む、難しい……。やっぱり数学は強敵だ。そうやすやすと倒せる相手ではないようだ。というか教えてもらうというチートを使用して倒せない俺って……うぅ、恥ずかしい。


「ご、ごめん。説明が下手で…」

「いやいや全然! 火祭の説明すっげー分かりやすいって! 俺が馬鹿なだけだから」


理解できないのは火祭のせいではない。俺が馬鹿なせいだ。ほら、火祭が貴重な時間を割いて俺なんかのために教えてくれたんだ。少しは功績を出さなくては。


「……よしっ、解けた!」

「見せて? ……うん、合ってるよ」

「本当? ふぅ、これでやっと四分の一か……疲れた」


一時間ひたすら頭を使い続けたので、もう限界だ。知恵熱で脳がトロトロになりそう。


「ちょっと休憩しよっか?」


そう言って火祭は鞄からクッキーを取り出した。うはあ!


「食べる?」

「いいの!?」


なんて優しいんだ! 春日とは大違い。春日にも火祭を見習ってほしいものだ。


「ありがとう!」

「どういたしまして」


くすりと微笑む火祭。うわぁ癒されるぅ。クッキー食べつつ小休止。このほんわか感が心地好いな。なんだか自然とリラックスできるよね。


「やっぱり火祭って頭良いんだな」

「そんなことはないよ」

「一年の時、順位はどんくらいだった?」

「えっと、一番良いので四番だったかな」


四位!? 学年四位!? めちゃくちゃ頭良い! さすがだよ。下から数えた方が早い俺とはランクが違いすぎるよ。


「マジでか……カッコイイ」

「え~? カッコイイのかな?」

「カッコイイよ。この学校で秀才四天王に入るじゃん」

「何それ」


はははっと談笑する俺達。は~、ほんわか。


「火祭って可愛くて優しいし頭も良いんだな」


「か、可愛い?」


顔を赤くする火祭。いや~、照れちゃって~。あなたレベルの女性なら可愛いねとよく言われるでしょうよ。


「うん可愛いよ」

「そ、そう?」

「すげーモテるでしょ?」


こんな才色兼備な火祭のことだ。言い寄る男子も多いんだろうな。


「も、モテないよ……」

「そう? クラスでも人気ありそうだけどな」

「…………そんなことないよ」


急に火祭の表情が暗くなった。俯いて声も小さくなり、かすれたように呟く。明らかに様子が変だ。ど、どうしたんだ? 何か気に障ること言ってしまった? 


「えっ、……そ、そうなんだ」

「……」


さっきまでのほんわか空気から一変、場は一気に暗くなり何やら重苦しいものが体にのしかかる。心臓が締めつけられたように苦しい。い、一体何が……めっちゃ気まずい。


「……」

「……」

「……っう、まぁ、その、……べ、勉強しよっか?」

「……うん」


気まずい空気のまま勉強再開。集中できない……。さっきまで楽しく談笑していたのが嘘のようだ。こんなに気まずい状況になるなんて……。


「おっしゃ、ガンガンいこうぜ。こんな宿題すぐ終わらせてやる!」


空元気のフルボルテージMAXでテンションを上げる。なんとかしてこの空気を変えなくては。


「……うん」


火祭も俺の頑張りが伝わったのか、パッと明るい顔にして微笑んでくれた。明らかに無理をしているけど、それを言っちゃおしまいだ。


「これって、正弦定理?」

「うん、そうだよ。でもその前にcosθを求めてからじゃないとsinθは出てこないよ」

「あ~、なら先に余弦定理か……」


再開時はぎくしゃくしていたが、段々と元の空気に戻ってきた。うん良かった。……でもさっきのあれはなんだったのだろうか?











「………よって、-2≦x<3となる。ふぅ、やっと終わった」


数学と格闘すること三時間。長きにわたる死闘を制した俺は安堵の息をつく。火祭のサポートのおかげで何とか宿題を終わらせることができた。問題集を閉じた時の達成感ときたら……くぅ~! 格別だな。


「お疲れ様」


俺を労るように肩をポンと叩く火祭。いやいや、そちらもお疲れ様です。


「ホント助かったよ。火祭がいなかったら、俺の問題集は白紙のまま連休を終えていただろう。長時間付き合ってくれて、ありがとうな」


気づけばもう夕方。途中、空気が悪くなったり雑談したりしていたので余計に時間がかかった気もするから尚更申し訳ない。


「いいよ別に」

「じゃあさ、お礼に何か奢らせてよ」

「え?」


貴重なGWを俺なんかのせいで潰してしまったんだ。何かお礼をしてあげたい。


「そんな気を遣わなくても……」

「いいの、いいの。ジュースとかでいいからさ」


せっかくなら春日のようにディナーをもてなしてあげたいが、生憎俺にそんな甲斐性とお金はない。せいぜいジュース一本ぐらいのものだ。ヘタレ貧乏学生ですいません。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「構わないって。よし、食堂に行こう」


鞄を持って教室を出る。…出る間際、教室を振り返って明日の今頃もここで必死こいて宿題をしていると考えると少し欝になった。











火祭と仲良く食堂へ向かう。二人並んで楽しく雑談しているのって傍から見ればカップルに見えるのかな? いやー、照れるなぁ! 火祭からしてみればとんだ迷惑かもだけど。


「何飲む?」

「じゃあミルクティー」

「りょーかい」


お金を入れてボタンを押す。ガコンと音とともにミルクティーが出てくる。危うく紅茶のボタンを押しかけたのは普段のパシリのせいだ。春日のよくお飲みになられる紅茶なのだが……押しかけるって相当ヤバイぞ。要するにパシリ慣れているってことだから。はぁ。


「はい」

「ありがとう」


俺もジュース買うか。昼に買ったのは飲んでしまったし。俺は……メロンソーダだな。シュワシュワと口に広がる微炭酸がたまらないよねっ。


「よし、じゃあ俺の数学の宿題が終わったことを祝して乾杯っ」

「乾杯」


缶とペットボトルを軽くぶつける。やっぱ俺みたいな庶民にはこっちの乾杯の方がしっくりくるな。フタを開けてメロンソーダを一気に飲む。…くあ~! この炭酸が堪らない! 疲れた体に痺れるぜぃ! 


「終わった宿題って数学だけ?」

「そうだよ。英語、国語、化学は全くの放置プレイ状態」

「……間に合うの?」

「間に合う段取りは取ってある」


ニヤリと笑ってみせてまたメロンソーダを口に含む。すると、


「お、兎月じゃんか」


突然、誰か俺を呼ぶ声がした。声のした方に目を向ける。


「遠藤」


そこには数人の男子生徒達。その中にクラスメイトの遠藤がいた。散髪したてなのか、異様に短い前髪に思わず視線がいってしまう。粗末だなー。これ絶対散髪失敗いたろ。いじらない方がいいのかな?


「宿題の見せ合いっこは明日だろ? 今日は部活か?」

「いや、部活じゃないよ。宿題してた」

「兎月が? マジかよ……」


驚きと言わんばかりの遠藤。失礼な奴だな。口に出さないけど、その前髪もマジかよ……だからな。床屋さんを変えるレベルだからそれ。


「遠藤は部活か? 大変だな」


散髪大失敗の遠藤は軟式テニス部に所属している。


「まぁな。今終わったとこさ。にしても本当に宿題していたのか?」


しつこいなこいつも。俺が勉強するのがそんなに珍しいか? 自分で言うのもアレだけど確かに珍しい。


「ふふん、ちょっと手伝ってもらってな」


そう言って俺は火祭の方を振り返る。火祭はちょうど俺の真後ろにいて隠れるように立っていたので、少しずれて遠藤達テニス部に見えるようにする。どうだ、俺の女だぜ? というのは真っ赤な嘘です。調子乗ってすいません。とにかく火祭を遠藤の目に届くようにした。次の瞬間、


「っ! ひ、火祭………さん」


息を詰まらせたかのような呻き声を上げる遠藤。その顔は引きつり、口をパクパクとさせている。明らかに様子がおかしい。他のテニス部員達もざわざわしだした。


「遠藤? どうしたんだよ」


何をそんなにうろたえているんだか。……あっ、もしかして火祭のこと? やっぱり人気高いじゃん。こんな男子がざわつくほどに人気があるとは……凄いぜ火祭。


「兎月……嘘だろ?」

「いやー、悪いな。実は火祭に教えてもらったんだ。おかげで数学はばっちり終わったぜ」


俺が火祭と二人きりで勉強したのが羨ましいんだろ? 独り占めしちゃって悪いね。はっはっは。


遠藤達は俺に嫉妬しているんだと思っていた。次の会話を聞くまでは。


「お、俺達帰るわ」


俺と目も合わせずにそそくさと逃げるようにして遠藤達は去っていく。


「おい、遠藤。あいつ助けなくていいのかよ?」


他のテニス部員が遠藤に問いかける。


「助けに行ったら俺も危ないって。ボコボコにされちゃうって」

「確かに相手があの火祭だからな……。あいつ死んだかも」


チラッと俺を見るテニス部員。なんだそのご愁傷様みたいな憐れむ顔は。そしてもれなく全員が火祭を見て、怯えたように顔を引きつらせた。その顔には恐怖と書かれていた。まるで化け物を見るかのような表情。拒絶するように脱兎の如く消え去ったテニス部。そして取り残された俺と火祭。………以前、米太郎が言っていたことを思い出す。火祭は喧嘩が強いらしく、周りが恐がっていると。……今の遠藤達テニス部の反応を見れば、それは事実だということは明白だ。


「……ごめんね。私のせいで」


顔を俯かせた火祭は消え入るような声を出す。……そんな声出さないでよ。なんで火祭が申し訳なさそうなんだよ。別に火祭は悪くないって。


「火祭のせいじゃないだろ? 謝らないでよ」

「……ごめん」


火祭はそれだけ言うと、走り出した。まるで俺から距離を置くように。一瞬、ほんの一瞬だが、はっきりと火祭の顔が見えた。………とても悲しげな表情だった。


「……」


その場に取り残された俺。手に持つメロンソーダはいつもより冷たく感じ、シュワシュワと微弱な音がいつまでも虚しく響いていた。



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