第12話 ゴールデンウィーク
面倒くさい授業と毎日の小テスト。パシリと鞄持ちで忙しい下僕生活。そんな休息と安らぎのない平日も終わり、ついにきました五月。今日は五月二日、まさにGW(ゴールデンウイーク)の真っ只中。今日は高校の遠足の日である。名前もよく知らない山を登山するとかパン工場を見学しましょうみたいな小学生の遠足とは違って、うちの高校は地元の遊園地に行くのが遠足となっている。おやつに設定金額はなし。高校生だし当たり前だよね。バナナはおやつに含まれるんですかー? みたいな質問にはWikiで調べろボケェ、と言ってやります。そんなのWikiで調べることじゃねぇよカスが、と返されたら泣きべそかいて謝罪します。
「将也~、次はあれ乗ろうぜ」
ちなみに班は生徒同士で決めてよい。つまり生徒の自主性。俺のグループには元気爆発ハイテンションの米太郎、
「絶叫系ばっかじゃんか」
「いいだろ~。なぁ、マミー」
「マミー言うな」
可愛い女子生徒で俺のクラスメイトのマミーこと水川。そして、
「でもその前にお昼ご飯にしない?」
「そ、そうですね。火祭さん」
米太郎がびびる火祭。これまた可愛い女子生徒。この四人で遊園地を回っている。つーか、いつまでびくびくしてんだ米太郎は。そんなに火祭が恐いか。火祭が一人ぼっちだったので俺が一緒に回ろうと誘った途端、米太郎が奇声を上げた。猛反対する米太郎を俺と水川が押し切って火祭の加入決定。片っ端からアトラクションを制覇していき、現在一時過ぎ。
「じゃあ、どこかで食べよ」
「そうだな。俺、ハンバーガー食べたい」
「いいよ」
俺の意見が採用されて俺達は近くのハンバーガーショップへと向かう。火祭と水川が前を歩き、俺と米太郎が後ろからついていく。そして隣をマスコットキャラクターのパーシー君が横切る。なぜかタバコの臭いがした。子供達の夢をぶち壊すつもりか。
「お前さー、いつまで恐がってんの?」
中学時代、米太郎は火祭にボコボコにされたのだ。その時に味わった恐怖が米太郎の中でトラウマとなっているらしい。とはいえ実際はマナーの悪い米太郎を火祭が注意したら米太郎が喧嘩をふっかけてきて火祭はそれを返り討ちにしただけなのだが。つまり火祭は何も悪くないのだ。それをこの馬鹿は勝手に怯えやがって……悪いのはお前だからな。
「だ、大丈夫。午前中一緒に回ったら、大分慣れてきた」
「火祭はすげー良い奴だからな。昔、ボコボコにされたのはお前のせいだから」
火祭はいたって普通の女子高生だ。何がそんなに恐いんだか。今だって水川とごく普通に楽しそうにお話している。なんて微笑ましい光景だろうか。見ているこっちも癒される。
「あっ…………う~ん……」
火祭と水川が仲良くお喋りしているのを眺めていると、右端にある一人の女子生徒の姿が目に入った。……なんか、こう……ん~………複雑な気持ち。ベンチに座り、本を読んでいる女子生徒。俺の知り合い。そして俺の同級生。そして俺の主人(俺は認めねえ)。その名も春日。この台詞、三度目ですが言いましょう。可愛い女子生徒です。春日はどうやら一人のようだ。せっかくだし、こっちの班に誘うか? ……いや、どうせ来ないだろうな。でもまぁ……一人だし………話しかけてみるか?
「米太郎、先に行ってて」
「ん? 排泄か?」
「トイレと言え。お前、女子に嫌われるぞ」
デリカシーの無い米太郎に蹴りを入れて、春日へと近づく。本に没頭しているらしく、俺が接近しても全く気づいていない。本に図書室のラベルが貼られているのを見つけ、またそのうち俺が返しに行かされることには溜め息がでるが、まあそれは置いといて。
「おっす、春日」
「……」
ここからは気づいていないから無視しているにシフトチェンジだ。
「一人か?」
「……」
「いや~、今日は絶好の遠足日和だな」
「……」
「雨だったらどうなったんだろうな? 延期とか? で、今日は学校で授業しますとか。それは嫌だよな~」
「……」
……お、オール無視。絶対にわざとだろ。こんだけ話しかけて無視されたのは初めてだよ。この娘……恐ろしい。
「……あ~、じゃあ俺もう行くわ。また学校でな」
春日の無視にはもう慣れています。ここはそっとしておきましょうかね。きっと本を読みたいから俺みたいな下僕に構っていられるかといったところでしょう。春日に背を向けて立ち去ろうとすると、
「兎月」
やっと返事してくれました。遅っ。
「何?」
俺が振り返ると、春日は本を閉じて鞄の中に入れていた。お、移動するのか。
「よかったら俺達のグループに入る?」
「ついて来なさい」
話が全く噛み合ってない。異国民族との方がもっとマシなコミュニケーションができそうだ。少しは俺の話も聞いてよ。でも春日お嬢様は聞かない。春日は俺に鞄を押しつけると歩きだした。どこに行くんだか。あ、水川達に言わないと。
「ちょっと同じ班の奴らに言ってくるわ」
「ついて来なさい」
ループ会話しかできない村人ですか、あなたは。RPGの最初の村でよく見かけるよ。しょうがないメールするか。……えっと………今思うと、なんか俺って友達ほったらかして女の子と遊ぶみたいな奴になってる……? そ、そんな嫌な奴になってる!?
『ゴメン水川! 用事ができてしまって……。俺抜きで回ってくれる?』
『いいよ。二人仲良く楽しみま~す』
水川の中に米太郎の存在はないようだ。俺もそれでいいと思う。
『ホントにすまん。火祭にもよろしく言っといて』
メールを送信し終えて前方を見上げると、そこには入場ゲートが。いや、出る方から見れば出口と言った方が正しいな。……ん? 出口!?
「ちょ、春日。遊園地から出るの!?」
「そ」
おいおいおいおいマジですかい? だってまだ集合時間まで二時間以上ありますよ? いくらなんでも早過ぎるって。
「行く場所があるから」
行く場所って……何か用事でも? それって私用……なら俺関係ないし。……いや、それより………
「春日さ、どれかアトラクション乗った?」
「……」
一人でベンチにいたのを考えれば、ずっと本を読んでいたのだろう。それはちょっと……ねぇ。ここは遊園地ですよ。誰もが喜ぶ遊園地だ。読書する場所ではないはずだ。楽しまないでどうする。
「せっかく来たんだから何か乗っていこうよ」
「……」
「いや、無理にとは言わないけどさ」
「……じゃあ、あれ」
春日が指差した方向、そこには、
「観覧車か」
いいんじゃないでしょうか。友達と乗ればワイワイ騒げ、恋人と乗ればイチャイチャしちゃえ! 大人気多目的対応万能アトラクションの観覧車である。ちなみに俺は遊園地に来たら必ず最後に乗ります。
「じゃあ行こっか?」
俺が言う前に春日は移動しちゃってるけどね。……あ、昼ご飯食べてないや。
「一周するのに十八分程となっております。それと中での飲食はお控えください。それでは、楽しい空の旅を」
係員の指示に従って俺と春日は観覧車の中へと入る。こじんまりとした中は足を踏み入れただけでグラグラと揺れ、妙な浮遊感が体をくすぐる。観覧車はそんなに混んでおらず、数分並ぶだけですぐに乗れた。そうでないと春日がしびれを切らしていたところだ。にしても、やっぱ観覧車はいいよなぁ~。徐々に上がっていくこの感じ、遊園地全体を眺めてるとワクワクするよね。おー、早くも四分の一を通過!
「……」
……春日さんよ、そんなつまらなさそうな顔しなくてもいいじゃん。もっとにこやかに笑顔で風景を楽しもうよ。ほら、こんなに高いんだよ。俺達の住む町も一望できるよ? 楽しいじゃん。すごいじゃん!
「うお~、高いな~。お、あれはマスコットキャラクターのパーシー君だ。頭だけオッサンなのは休憩中だからだろうな。ははは」
「……」
はぁ、しんどい。この空気しんどい。連休明けの学校ぐらいにしんどい! この密室で無視されちゃ心折れちゃうよ。こんな時は落書きノートにエスケープだ。紐のついた、よれよれのノートを手に取る。パラパラとめくれば中学生の馬鹿な落書きやら、二人はずっとLOVEとか、卑猥な単語が羅列していたり……と見ているだけで面白い。俺も何か書こうかな。うーん、ここで俺のセンスが試されるな……よし!
「……」
「……」
「……」
「……ねぇ」
「何か?」
ノートに落書きしていると春日が話しかけてきた。ちなみに書いていたのは、俺が考えたヒーロー戦隊。その名も『ローションジャー』という全身ヌルヌルの変態戦隊だ。中でもローションピンクはかなりエロい。……なんてアホな落書きなんだ。自分のセンスが恥ずかしい。
「……アンタ、明日予定ある?」
「明日? いや…暇だけど」
「そ」
……うん、そう。それが何か? そこで会話は途切れて、ただただ外を眺めていた。そして気づくと頂上を過ぎていた。………え?
「嘘っ!? いつの間に半周したの!?」
「さっき」
「うわっ、マジか~。一番の盛り上がりポイント見逃した!」
恋人同士ならキスをする最高のタイミングだったのに。まあ俺と春日なので、そんなことはありえない。そしてあってはならない。春日の父親に殺されそうだし。
「もう一回! もう一回乗ろうぜ」
「嫌」
「くあ~残念!」
あとは下りていくのを待つばかり。なんだか夏休みの終わりみたいな気分だな。あ~悲しい。
「あー……地面が近づいてきた……」
お、そうだ。
「はい、ノート。せっかくだから春日も何か書こうぜ」
「……何かって何?」
「え~っと、何か」
「……」
おっ、書きはじめた。何を書いているんだろうか。ペンを走らせること約十秒、書き終えた春日はノートを俺に渡してきた。どれどれ……
「ミスター下僕 兎月将也……」
まさかの悪口でした。いや、事実ではあるけどさ。いやいや、認めたくないけどね!
「それと個人情報の流出! これ大事!」
がっつりフルネーム書いちゃってるよ。あだ名とか名字だけならまだしも、フルネームって……この情報社会で……多人数が見るような公共ノートにフルネームって。
「なら、俺だって…………悪魔の女 春日恵…と」
春日が書いた上に書き加える。
「どうだ、ざまあみ痛っ!」
春日のローキックが炸裂。こんな狭い中でよくそんなキックができますなぁ。威力は通常時と同じ。つまり普通に痛い!
「消しなさい」
「ボールペンだから無理、ってまたローキック!?」
ちょ、暴れないでよ。グラグラ揺れて怖いって。ど、どうするんだよ落ちたら!? し、死んじゃうよ!?
「うわあぁ! お、落ちる……あ、もうゴール?」
春日と暴れているうちに気がつけば一番下に着いていた。窓から見える従業員の呆れ顔が……。
「はい到着ですー。空の旅はいかがでしたでしょうかー。またのお越しをー」
ちょ……なんすか、その「イチャイチャしやがって」みたいな顔は。全然違いますからね!