第104話 遭難しちゃいました
「いててて……」
随分と斜面を滑ってきたようだ。米太郎達の声もまったく聞こえない。ここはどこだ? 周りは森林樹木に未曾有の花植物だらけ。……あ、さっきと一緒だ。
「う……」
「火祭、大丈夫か?」
とにかく俺と火祭は道を踏み外し、転落してしまったのだ。ここが島のどの辺なのか分からない。……お、さっきと一緒だ。
「私は大丈夫……まー君は?」
「俺も大丈夫」
火祭もたいした外傷はなかった。無事で何より。……さて、こっからどうしよう。米太郎達と合流したいが、どこにいるのか分からない。さっきから叫んでいるが、応答はまったくなし。完全にはぐれてしまった。
「ど、どうしよう……」
「落ち着け火祭。こういう時にこそ冷静になるべきだ」
ここは男の俺がやるしかない。火祭を守れるのは俺しかいない。よし、どうする……………あ、そうだ。はい、もう大丈夫~。
「狼煙だ!」
森で迷ったら使ってくれと金田先輩が渡してくれた狼煙があるじゃないか。きっと紅蓮色のド派手な煙がモクモク上がるに違いない。そうすりゃ救助もすぐに来るだろう。
「よっしゃ、早速のろ……し………あれ?」
な、ない。リュックが……狼煙とライターを入れておいたリュックサックがない。嘘、なんで……はっ!?
「さっき春日をおんぶしようとして下ろしたんだった……」
あああっ!? しまった! なんということだ………ひ、火祭は!?
「狼煙ある?」
「ない……落ちてる時に落としたみたい」
………ぐ、ぐわああっ!? ヤバイ、これヤバイよ。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。皆とはぐれて狼煙もない。この得体の知れない未知の森の中、外部との連絡手段がない。この状況を簡潔に表すと……
「そ、遭難してしまった」
…………うわわああぁぁぁっ!? ヤバイ、どうしよ。誰かヘルプミー。これマジであかんやつだって!
「う、うぅぅっ!? ど、どどどどどどうしよう?」
「ま、まー君落ち着いて。さっきまで冷静になろうとクールに言っていたじゃない」
そんなこと言われても~。遭難ですよ遭難、そーなんです! それってどーなんです!?
「うわあぁっ!? 誰かー! た、助けてぇ!」
必死に叫ぶが返ってきたのは小さなやまびこ……や、やまびこぉ!
「あああっ、遭難だあ!?」
「まー君落ち着いてっ」
「ぐへっ」
び、ビンタされた。親父にもぶたれたことないのに……つ、つーか地味に痛い。パンッと頬を叩く音がやまびこしたし。
「い、痛いよ」
ここ最近、火祭も暴力的になってきたなぁ。これは誰の影響だ。水川……いや春日か。その二人も凶暴だ。特に春日は。なぜだ、なぜ俺の周りにはバイオレンスな女性しかいないんだ。
「冷静になろうよ。まー君がしっかりしないと私どうしたらいいか……」
ギュッと火祭が俺の手を握ってきた。ふ、震えてる……火祭も怖いのか。………くっ、馬鹿か俺は。そうだよ男の俺がしっかりしないでどうする。怖いのは火祭も一緒だ。俺だけが不安なわけじゃない。ひとりじゃない、GTで何度聞いたことやら。俺が火祭を守るんだ。混乱している場合じゃない。
「大丈夫だ火祭。俺がついている。安心してくれ」
「うん……ありがと、まー君」
……とは言ったものの、こっからどうしましょう。現在地不明、携帯も圏外で使えないし連絡不能状態。頼りの狼煙もない。誰がどう見ても遭難。とどのつまりピンチってこと。
「ところで今、何持ってる?」
まずは持ち物確認だ。遭難とはサバイバル。救助を待つ間も生き延びなくてはならない。そのためにも所持品を確認することは非常に大事なのだ。
「えーとね、携帯とミネラルウォーターとポケットティッシュにハンカチ……それくらいかな」
「なるほど。俺は携帯と……あ、そんだけだ」
ほとんどの荷物はリュックに入れてしまったからな。火祭も落ちてくる時にいくつか荷物落としてしまったようだし。携帯は使えないから、あるのは水とティッシュとハンカチーフ。……デジタルワールドに来た時の子供達の方がもっとマシな物持ってたよな。これだけじゃ一日ともたない。急いで森から脱出しなくては!
「とりあえず一直線に歩いてみよっか。そうすればいつかは海岸に辿り着くし、海岸にまで来れたら一安心だろ」
森の中をぐるぐる回り続けるより、一直線に歩いた方がいい。もう幻の花なんか知るか。ぜってーないんだしよ。
「うん」
つーことでレッツゴー。とりあえず真っすぐだ。とは言え、まあないとは思うけど万が一もしもここが迷いの森みたいな場所だったとしよう。真っすぐ歩いているつもりが森の魔力により方向感覚を狂わされて、ここさっきと同じ場所なんじゃ……みたいなことになってはいけない。何か目印をつけておかないとな。
「火祭、ティッシュ頂戴」
「うん」
ティッシュを木の枝にくくりつける。よし、これなら大丈夫だ。もし森の魔力にかかっても、さっきの目印が……みたいになってすぐに気づける。……逆に言えば、この目印を見つけた時は森の魔力によって俺達は……! ってことに……こえぇ。
「よし、こっちだ!」
しかしびびっているわけにはいかない。俺は火祭の命を預かっているのだから。俺がなんとかするしかあるめぇよ。とにかく真っすぐ進めばいつかは海岸に着く。それまでひたすら歩くしかない。
「……」
「……」
ひたすら歩く俺達。RPGなら確実に数回はモンスターとエンカウントしているが、ここはRPGの世界じゃないので安心だ。何事もなくひたすら歩く。やはり森は暗く、ひどく湿っている。日陰とはいえ気温は高く蒸し暑いのがこうも続くと体力も削られていく一方で……ぜぇ、ぜぇ…あー……しんど。
「まー君、大丈夫?」
「だ、大丈夫だぁ」
思わず志村テイストで答えてしまう。うぅ、いかんいかん。俺がしっかりしないと。そのうち耳を優しく撫でる海のせせらぎが聞こえてくるはずだ。さあ、もう少しの辛抱だぁ。あ、志村。
「……ごめんね」
「へ?」
ティッシュを枝にくくりつけるのが五回目になった時、火祭がポツリとそんなことを呟いた。ごめんね……って?
「どうしたのさ急に」
「私が暴れたせいでまー君が足を滑らせて、こうなってしまったから……」
ああ~、そういうこと。俺が春日をおぶろうとしたら火祭が声を荒げて、ずるいと叫びだして場が乱れた、と言いたいのか。
「何言ってんだよ。火祭は悪いわけじゃない。誰もがギャーギャー騒いた中で俺が勝手に足を踏み外しただけだし。そんな俺を火祭は助けようとしてくれたじゃないか。そのせいで火祭も落ちてしまったのだから謝るのは俺の方だよ」
「そんなことない。私が暴れなかったら……」
そんな自己嫌悪にならなくていいって。俺としてはそれよりもっと気になることがあるし。
「あのさ、どうして急に暴れたんだ?」
「えっと……」
あのタイミングで急にだからな。何か理由があったのでは? と将也は冷静かつ何気なく原因究明に着手します。
「その………」
「火祭?」
「……寂しかったから」
へ?
「まー君が恵にばっかりかまっているから寂しかったの……」
………へい? ど、どういうことですか? よく意味が分からない………春日にばっかりかまっていたって……そうなの?
「俺が春日の相手をしていたから? へ?」
「まー君と今朝から全然話せてなかったし……」
「は、はあ」
「……それに………昨日のことでまー君が私を恐がっているんじゃないかと思って……不安になって………」
昨日のこと……あぁ~、覗きの件ね。覗きを企んだ俺と米太郎に対して火祭が制裁を下したやつか。う~ん、思い出しただけで傷が疼いてくる………しかし!
「そんなことで俺は火祭を恐がったりしない。何度も言ってきたろ? 火祭が暴力を振るおうと周りから恐れられていようと俺はなんにも恐れない。それは火祭の持つ一つの顔として受け止めているし俺は絶対に恐がらない。たとえ俺自身が火祭がリンチされてもだ。それだけは信じてよ。昨日のことは完全に俺が悪かったし、つーか馬鹿で愚かだったよね。それが原因で俺が火祭を避けていたと思われたのならそれまた俺が悪い。だから火祭が気にすることは全くないよ」
「で、でも……」
「はい! 謝るのはこれにておしまい。閉店ガラガラといきましょうよ。俺としては未だに火祭がそんな懸念を持つ方が殴られるより辛いよ」
俺は絶対に火祭を恐がらない。今では人気者の火祭だが、まだ何人かは過去のイメージを持った奴もいる。そうだ、完全に火祭の悪い嘘のイメージが払拭されたわけではない。まだ火祭を恐れる奴はいる。火祭に対して不快な視線を送る奴だっている。そんな奴らから火祭を守り、そのイメージを変えるのが俺の役目だ。
「たとえ俺と火祭以外の全人類が火祭を恐れ忌み嫌おうと俺はぜーったいに火祭を恐がらない。いつまでも傍にいるからさ!」
「まー君……」
「だからそんな申し訳なさそうな顔しないでよ。これまた何度も言ってきたけど、謝られるより感謝の言葉が欲しいんだって。火祭にずっと笑顔でいてほしいからさ」
もう火祭に寂しい思いをさせない。ずっと笑っていてほしいから。
「……うん、そうだね。まー君………ありがとう」
あぁ、この笑顔だよ。火祭は笑顔の方が断然お似合いだ。うん、笑顔が一番!
「えへへ……やっぱりまー君はまー君だね。出会った時から何も変わってないよ」
「そう?」
「優しくて周りにすごく気が遣えて自分より誰かのことを心配する……少し無鉄砲なところもあるし、とっても鈍感さん。だけど、いつも一生懸命で自分の意思を真っすぐ貫き、嘘偽りなく全力で思いをぶつけてくれる。頼りがいがあってピンチには駆けつけてくれて、不格好でも無様でも必死になって守ってくれる。明るくて楽しくて笑顔が眩しい。そんな太陽のようなまー君に私は救われたんだよ。……本当にありがとう」
っ、う!? い、いや~………そう改まって言われると……うっ? な、なんだか照れるというか恥ずかしいというか………むず痒いっ! べ、別に俺自身はそんなつもりはないけど、火祭はそう捉えているのか……むず痒いっ!