第103話 幻の花を探そう
昨日の肉体的ダメージと今朝の精神的ダメージ、さらには土下座ダメージで早くも体力は底を尽きようとしているが、ここは踏ん張りどころ。水川達も一応は許してくれたし、今日もまた遊びまくるぜいとテンションは自然と上がっちゃうわけで。
「全員いるかい?」
現在、金田先輩を先頭に別荘の裏側へと向かっている。つまりは島の反対側、中心部。立派にそびえ立つ荘厳なる山に生い茂る森林樹木。ジャングルみたいだな……大丈夫か?
「ま、将也ぁ」
急に米太郎が脇腹にしがみついてきた。びっくりするわ。
「なんだよ」
「水川達が無視する……」
そっちかよ。森とか関係ないし。
「いつものことじゃないか」
「普段とは違うんだよ。何言ってもノーリアクションで、何言っても無視するんだ。すごい徹底ぶりに俺もう泣きそうだよ……うええぇん」
つーか泣いてるし。涙がポタポタ落ちてるぞ。どうやら水川達は米太郎……いや覗き魔Aに対しては完全無視というある意味一番残酷な態度を取っているようだ。
「ぐすっ、俺はどうしたら……」
「反省して誠意を見せるしかあるまい。俺も一発芸を十連発させられたんだ。お互いに傷は深い。頑張っていこうぜ」
俺は昨日決意したんだ。酒と覗きはもうしない。これ絶対。
米太郎と慰め合っているうちに気づけは森の入口。奥はほの暗く、何か恐ろしげな雰囲気を感じる。
「ここで探険ですか~?」
水川の問いかけに金田先輩は微笑み返し、森の奥を見つめる。
「ここの島は特別な場所でね。森の奥にはこの島でしか見ることのできない花があるんだ。その名も、日摘み花」
な、なんすか急に。
「光の届かない森の奥深く、唯一陽の光が差し込む場所に日摘み花は咲くといわれている。その咲く姿はまるで薄暗い森の中で光を得るために天を登るような姿をしていると……。故に日摘み花と呼ばれている。その花を見た者は誰もいない。まさに幻の花だ」
「で、それを探しに行こうと?」
「つまりは探険ですね~」
いきなりのファンタジー的展開。誰も見たことのない花。森の最深部、光が届くたった一箇所に咲く花と言われる幻の花。それを見つけようと? ははっ……無理じゃね!?
「マジで言ってるんですか。そんなの見つかりませんって。誰も見たことないってことは花の存在も不確かなんでしょ?」
「いや、確かにあるはずだ。遥か昔ここに流れ着いた旅人が森をさ迷い、力尽きようとした時なんと光り輝く一輪の日摘み花を見つけ命を救われたという言い伝えが……」
「ついには言い伝えが出ちゃいましたか! もう胡散臭さ爆発なんですけど」
さすがにそれはないでしょ。そんなあやふやな言い伝えを頼りに幻の花を探しに行くなんて馬鹿げてるよ。
「面白そうじゃん~。行ってみようよ」
なぜかノリノリの水川。おいおい、良い顔してるよ。冒険ワクワクするなぁみたいな顔してるよぉ!
「なんか俺もやる気出てきたぞ。その日摘み花を手に入れてやるぜ!」
水川につられて米太郎もヒートアップ。場の空気が出発ムードなんですが……え、行くの!?
「将也、ここで男らしいところをアピールして俺達の信頼を取り戻すしかないぞ」
ああ、まあそれもあるか。ここで俺だけが行かないとか言ったら、それこそ俺が無視の対象になってしまう。嫌だ。それは絶対嫌だ。寂しいもん!
「つーわけでチーム水川、幻の日摘み花目指して出発っ!」
「おーっ」
「あ、その前に」
リュックからごそごそと何やら取り出した金田先輩。一人一人に渡されたのはどっしりとした黒色の筒らしき物とライター。先端に導火線がついているけど、これは……?
「これに火をつければ狼煙が上がる。森の中で迷ったらこれを使ってくれ。すぐに助けを向かわせるから」
……マジじゃん。これマジのやつじゃん! えええぇ!? これってガチでヤバイやつ……マジでガチでマジガチのヤバイやつ。もっとこうコミカルにお花見つけようみたいな感じじゃないの? こ、こんな軍隊が使うようなごっつい狼煙渡されても……ちょ、怖くなってきた!
「では気をつけて。僕は勉強するから皆だけで行ってくれ。良い知らせを待っている」
そして言い出しっぺの金田先輩は別荘へと戻っていくし……もうなんなのさ。俺行かないからね!
「将也ー、置いてくぞ。早く来い」
そして何の躊躇いもなく森に突入する水川チーム。え、あれ? み、皆やる気満々かよ。俺だけ置いてきぼり? ………うぅ!?
「ちょ……待ってぇ!」
森に入って数十分。静かな森を俺達は進む。奥に進めば進むほど辺りは暗くなっていき、地面もじわじわと湿っぽくなってきた。木々と葉で直射日光は遮られてはいるが、森の中は蒸し暑く額にじんわりと汗が滲む。
「う~ん、見つかんないね」
そんな簡単に見つからないでしょ。というか見つかるとは思えない。まずここにしか咲かないという時点で怪しいだろ。孤島一つ一つに幻の花があるならこの世界は未知で溢れるわ。毎日が摩訶不思議アドベンチャーですよ。つ、か、もう、ぜ!
「本当にあるのかな?」
おっしゃる通りです火祭。
「あるに決まってるさ。金田先輩が言ってたじゃないか、この島は特別だって」
それも訳分からん言い伝えを信じての発言だろうよ。俺から言わせてみれば、幻の花なんかないわ! と今すぐにでも狼煙を上げてさっさと別荘に戻りたいんですが。
「なあ水川、今どの辺だ?」
「……」
「将也ぁ……水川が無視する」
「しょうがないって。耐えろ」
未だに米太郎無視は続いているみたい。やり過ぎだろと言いたいが昨日の覗きのことを言い返されたらぐうの音も出ない。俺達が悪いのだし、それはもうしょうがないこと。だから米太郎、大人しく無視を受け入れないと。
「……兎月」
「ん? ぐおっ」
後ろから春日が俺のリュックを引っ張ってきた。ぐっ、重い!
「なんだよ急に。コダマでも見つけたか? それはな、森が豊かな証さ」
「うるさい」
出ましたローキック! 右足に衝撃が走り、体のバランスを崩してしまい地面に片膝をついてしまう。い、痛い……。
「理不尽だ……」
「兎月」
「はいはい?」
「………疲れた」
疲れたって……うん、まあ数十分もこの気温の高い中歩いたら疲れるよね。うん。……うん?
「そ、そうだな」
「……疲れた」
うんそれ聞いた。で、だから何? 俺にどうしろと……。
「疲れた」
「それ聞いた」
「……疲れた」
気づいたら無限ループ。疲れたとしか言わないロボット春日。ど、どう対処したらいいか分からないよ。
「将也、回復魔法だ」
米太郎の素早い耳打ち。よし、
「ベホイミ!」
「……」
ぐ、ぐふっ!? 躊躇なく蹴ってきやがった。俺に62のダメージ! 無表情で蹴りを入れてくるなんて悪魔かよ。いや、ゾーマかよ。いや、デスピサロかよ!
「おい米太郎、違ったぞ」
つーか俺も安易に実行したけど絶対違うよな。春日にそんなノリは通用しないんだから。
「そうだなー、ベホマだったら」
「MPが足りません!」
「疲れた」
まーた始まった春日のぼやき。疲れたとしか言わない。ノムさんを見習え、あの人のぼやきのバリエーション半端ないからな。マー君、神の子、不思議な子とか。……あれ? マー君って俺のこと? まあ普通に違うけど。
「そんな疲れたのか?」
「……疲れた」
お嬢様の春日に慣れない森の探索はしんどかったか。文句なら金田先輩に言えと言いたいが、言いたい本人がいないから言いたいことも言えないわけで。
「背中押そうか?」
「嫌だ」
即答。ちょっと傷つく……人の厚意を踏みにじりやがって。しかしまあ、疲れた疲れたと連呼する春日だが実際その表情には疲労の色が濃く出ている。本当にキツイなら無理させるわけにはいかない。ここでギブアップ、引き返すべきだよな。
「引き返すか。残念ながら幻の花、日摘み花を納品せよ! のクエストは失敗ってこと痛いっ!」
「……」
こ、今度は殴ってきたがった。なんでだよ、あなたが疲れたって言うから私は戻ろうと配慮ある意見を提示しただけなのに……それすらも気に食わないってか? 上等だオラァ!
「ど、どうしたの。何か不満なことがあるの?」
しかし俺はヘタレ。そんな春日に喧嘩を売るような真似はできない。腰を低くして春日のご機嫌を伺うしかないのだ。
「ここ急な斜面になってるから気をつけてねー」
水川は元気満々に奥へと進んでいく。俺と春日は置いていかれそうだ。おいおいリーダー、チームがばらばらになってるよ。今すぐ戻ってきてぇ。
「疲れた」
はぁ、そればっか。もう聞き飽きたわ。
「だから戻ろうぜ」
「うるさい」
理不尽にもほどがある。一体俺にどうしろと。俺にはもうどうしようもありません!
「疲れた」
「うぬあぁっ!? なら、おんぶでもしましょうか!」
あなた絶対嫌がると思うけどね! マジで言ってるわけではない。ちょっとしたジョークだって。
「……」
あ、れ、え? 黙っちゃった……い、いや無視だろこれは。待て、無言は肯定の表れという俺のルールに従えばこれは……つまり………おんぶしろ、と…………えっ、マジで? いやいや、それはさすがにないよ。無言は肯定だと考えてきたが、これはないよ。それにただ無視しただけってこともあるし。
「……」
なんかこっち見てくるけど……え、えぇ?
「な、なーんて冗談だよ。ウフフッ?」
「うるさい」
がっ!? また蹴ってきやがって……ちょ、これマジでおんぶする感じ? いやいや! 無理だって。前に一度だけ春日をおんぶしたことあったけど、さすがにこんなところでしたら水川に冷やかされてしまう。
「……疲れた」
またループに戻ってきた。おいおい……本気ですか春日さん、本当の本当におんぶを所望されているんですか? 今度は俺が嫌だ。だ、だって恥ずかしいじゃん。水川達が見てるところでそんなこと出来ません!
「……疲れた」
でも春日は本当に疲れているみたいだし……う、うううぅ? な、なら俺がすべきことはもう決定しているようなもの。
「ぬあー! はいはい分かりましたよ」
こうなりゃ覚悟を決めるしかない。恥ずかしいがそれは春日も同じはず。あのプライドの高い春日が恥を惜しんで申し込んでいるのだ。よほど疲れているに違いない。なら俺がやるべきことは、
「……あ~………っと、じゃあ……俺がおぶりま」
「まー君!」
おぶりまー君? 新しいあだ名ですか。
リュックサックを下ろし、しゃがみこむ俺。その後ろに立つ春日。そしてその間に入りこもうとする火祭。はい? 急にどうしたのさ火祭。すごい勢いで戻ってきた火祭は何やら春日に言いたいようだ。混乱する場。春日は春日で暴れるし、なぜか米太郎は叫ぶし、場はカオス状態。
「恵ずるいよ!」
「ず、ずるいって何が?」
「……疲れた」
「相変わらずそればっかりだなおい」
「ま、将也危ない!」
「うるせー、今それどころじゃないんだよ」
「兎月達危ない!」
「マジか水川サンキュー!」
「俺のときと態度違うじゃねーかー!」
ギャーギャー騒ぐ皆。い、いや、それより水川の言う通り、ここ斜面が急だし危ない、し!?
「うおっ!?」
ガクンと足が崩れた。ずるずると落ちる体。は、はらああぁっ!? え…………俺ってば今現在落下中? 地面が崩れ、て……落ちてるうぅっ!
「ま、まー君! 手を!」
間一髪、森の斜面へと落ちかけた俺の手を火祭が掴んでくれた。た、助かった。ありがとう火祭。つーかマジで危ない。なんだここ、普通に危険だわ。見下ろせばどこまでも続く森の斜面。ここで足を滑らせて落ちようものなら間違いなく迷子になってしまう。うお、危ないって。足場が崩れるなんて予期もしないこと。火祭がいなかったら俺はもう……
「た、助かったよ火祭………って、火祭も落ちてるくね?」
「え……き、きゃああぁっ!」
身を乗り出し過ぎたのか、火祭の体もずるずると倒れて、重力のいたずらにより俺と二人仲良く奈落の底へとおぉぉ!? うわああああ、滑り落ちるぅ!
「将也!?」
「桜!?」
「疲れ」
「それはもう聞いた、ってそれどころじゃねー!」