ツインアーチ
中部国際空港セントレアでは、イベントの真っ最中だった。
そうか、今日は日曜日だったと、皆は思い、空港内の人の多さに辟易した。
どこかで聞いた歌だった。
それは、アニメ界の巨匠、宮崎芳志の娘が映画の歌を歌っていた。
多くの人が携帯のカメラを構えていたが、それに対して、サングラスの男どもが、やめろと言わんばかりに、威嚇し、せっかくの歌も台無しになっていた。
イベントには賛否両論あった。
それは、空港の駐車場が、ただ単に遊びに来るやからに占められ、本当に飛行機に乗るためのものを除外しているのではないかとクレームがあったからだ。
空港内のホテルは、割高であったが、そこは、お忍びの最たるものだった。
チェックインは、蛍がしているはずだったのだが、フロントは、パソコンをたたいて怪訝な顔をした。
「黒澤様の予約はないですが・・・」
そこで谷田が言った。
「では、皆伐では?」
「お待ちください」と、フロントの女は言い、すぐに、「ありました」と言った。
カードキーを渡され、一同はエレベーターに乗った。
八階に止まり、エレベーターを降り、部屋のドアにカードキーをかざした。
蛍がいるかと思っていた花は、その部屋は暗く、楠木がカードキーを入れ、電気を付けたのだが、誰もいなかった。
ベッドはツインだった。
意外にも古い装飾の内装だった部屋を、めずらしそうに楠木はバスルームのドアを開けた。
そこで、緊急速報のような音が、全員の携帯になって、黒澤を始めとする四人は携帯を止めた。
ノックの音は、皆伐だった。
「とんだことじゃけ、じゃがまずは、夕食じゃけ」
皆伐の言葉に、「空港内で食べるじゃけ?」と、谷田は言い、ホテルの前で待ち合わせた。
「お久じゃけ」と言う蛍は、薄手のTシャツにジーンズのパンタロンを履いていた。
花が思わず、「どうしたじゃけ?」と聞くと、蛍は、「これか?」と、パンタロンをつまんで見せ、「労働者じゃない今後はジーンズは、お洒落になるじゃけ」と言った。
少し薄暗い中部国際空港は、二千五年の二月十七日に開港した。
名古屋空港が、軍機のみとするために開発された埋立地である。
エスカレーターの上にある食堂街ののれんをくぐり、テーブル席を二つ予約していたうちの奥のテーブルに、黒澤と花と皆伐が、もう一つの真ん中あたりのテーブル席には、楠木と谷田と蛍が座った。
店員に、皆伐が生姜焼きを頼み、行こうとした店員に、「あ、ビールも」と皆伐が言った。
「陽菜って女の正体は、岐阜城辺りをうろちょろしている間に、奴隷馬車に乗って危なく群馬行きじゃったところで、小林っちゅう宿を作っていた皇族の黒揚羽の一味が、別件で宮崎芳志から言い使った事件を探っていた。隠密で奴隷で一旗揚げてやろうと、バカらしいことにじゃ、これも皇族の別派なんじゃけど、まんまと引っかかって、橋の前で御用となったじゃけ」
「橋?」
皆伐の言葉に、黒澤が言った。
「橋と言っても、ツインアーチのところじゃけ」
「ツインアーチ?」
今度は、花が聞いた。
そこでさっきからイヤホンで会話を聞いていた楠木が立ちあがって来て、「ビール!ここに!」と、店員に向かって言った。
「あの女のヒールじゃが、くさびが打ってあった」
楠木が皆伐の横に座った。
花が、蛍の方を見ると、蛍はビールを飲み干し、ご飯をきれいにたいらげたところだった。
店員が、ビールを持って来た。
皆伐が花に、「冷たい方をお飲み」と言った。
「その小林っちゅう男じゃが、この女と結婚しようとしたんじゃが、それは、自分の首根っこを抑えるためじゃと見抜いた女が断った、じゃがしかし、早々に後悔した女が岐阜に入ろうとして待ったがかかった」
皆伐の話が続く中、花は、冷たいビールを一口二口飲んだ。ちらっと横の黒澤を見ると、すでに頬を赤くしていた。
「おそらくじゃが・・・」と、楠木が言った。
「あの女、妊娠しとる」
楠木が言うと、店員の「いらっしゃいませ」という声が聞こえた。
見ると、スーツを着た体格のいい男が二人と、その後ろから、背の低い男が入って来た。三人は座敷の方に上がっている。
そこで楠木が、「おあいそ」と言った。
蛍がそれを聞いて、慌てて二杯目のビールを飲み干した。
「だいぶ残してたじゃけ?」
蛍が歩きながら花に言った。
「ちょっと、飲みすぎたじゃけ」
花が言うと、蛍がいきなり爆笑し始めた。
「さ、最初のビールが三分の一くらいで、に、二杯目の、ビールは、ほ・・・」
蛍がそこでさらに爆笑してたので、花は、「ほ?」と聞き返した。
蛍が、「も、もう無理じゃけ」と、腹をおさえ始めたので、前を歩いていた谷田が、「静かに!」と、くちびるに人さし指を立てた。
それでも蛍は、ヒーヒー言いながら、笑い声をおさえていた。
ホテルの中に入ると、谷田が何も言わず、コーヒーメーカーの方に行き、紙コップを二枚重ねた。
「俺は、モカじゃな」と、谷田がその紙コップにコーヒーを入れた。
花も真似をして、モカを選んだ。
横では蛍が紙コップを二枚ずつ重ね両方の手に持っている。
蛍の後ろには、黒澤がいたので、黒澤の分かなと花が思っていると、蛍は何も言わず、二杯注いで手に持った。どうやら二杯とも自分が飲む様子だ。
楠木がフロントから戻って来ると、「大部屋が空いた」と言うので、皆はエレベーターの最上階まで上った。
名古屋で結川将暉の舞台挨拶のあと、映画館のボスと待ち合わせ、その後、皇室の晃と会う予定だった。
晃は、花と同じく十二才の頃に京都御所から河原町に来た。
言うなれば、花の幼馴染であった。
「生かしてよかった?」と、谷田が言った。
谷田は以前、公安部隊で、しっぽを丸々残して行ったカナダ人にしてやられた苦い経験がある。
「その確率は、フィフティフィフティ」
楠木がタブレットを見ながら言った。
蛍がお手洗いから出てくるのと、黒澤がシャワーから出てくるのがかち合いそうになって、慌てて出てきた。
今回は、ベッドが六人分ある。
眠くなってきた花は、立ち上がり、一番壁側のベッドを取ろうとすると、黒澤が「こっちじゃけ」と、真ん中のベッドに座った。
花が、その隣のベッドに行こうとすると、楠木が、「花」と言った。
仕方がないので花は、黒澤と同じベッドに入った。
大きな穴をあけたことで、みながイラついていたが、黒澤は特に苛立っていた。
花にキスする黒澤の口からは、コーヒーの味がした。
それといつもの黒澤の香水のオードパルファムの匂いがしていた。




