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【11・人は誰だって罠にはめるのが好き】

 受付に案内され、地下への階段を降りるベルダネウスとルーラ。

「地下に商談用の部屋があるんですか? 地下というと、倉庫か金庫ぐらいしかないと思いますが」

「先日の騒ぎで建物のあちこちにヒビなどが入りまして。やむなく急場凌ぎとして地下室を使っています」

 その返事にベルダネウスもルーラも周囲への注意をより強くする。確かに先日の騒ぎで壊れたとは言え、無事な部屋も多い。客を招くならまだそちらの方がマシのはずだ。相手を地下に招くメリットは何か? 2人が真っ先に思い浮かんだのは「逃げられない」ことだった。

 地下に降りると、そこはいくつもの部屋に区切られた倉庫だった。台車が交えるだけの幅のある通路の左右に、プレートの貼られた扉がいくつも並んでいる。壁や天井には先ほどの言葉を裏付けるように小さいもののハッキリとした亀裂が走っている。

「商品などは避難させなくていいんですか? 天井が崩れたら在庫が全滅ですよ」

「詳しいことは私にはわかりません」

 受付の返事は素っ気ない。

「そんなところで商談するって変じゃない? サークラー教会の部屋を借りるとかじゃダメなのかな」

 ルーラがそっとベルダネウスの裏帳簿につぶやくと、わかっているというように彼は微笑み

「そう言うな。こちらもいろいろ苦しいんだろう。それぐらい腹でわかれ」

 真面目な顔でルーラは頷き、そっとベルトのバックルに手を置いた。このバックルは精霊の槍の穂先同様精霊石で出来ている。いくら精霊使いの証と言っても精霊の槍は武器である。場所や状況によっては手放さなければいけない時もある。そんな時のためにバックルに加工した精霊石を彼女は身につけている。これなら精霊の槍なしでも精霊と交流し、力を借りられる。

 2人はそのまま一番奥の部屋に通された。

(やっぱり変だ)

 ルーラの顔が引き締まる。この手の倉庫、管理の部屋は在庫の出入りをチェックするため、出入り口の一番近くの部屋にする。奥では逆だ。

 部屋に入ると、そこは明らかに荷物をどかして簡単なテーブルと椅子だけを置いてとりあえず事務作業をする体裁を整えただけの部屋だ。

 そこにブランが数人の部下と共に待っていた。

 見回したルーラが入り口脇に立つ女性を見て、とっさに驚きを隠す。サーフィだった。いきなり暴れて逃げ出したくなったが、ベルダネウスの落ちついた様子に何とか堪える。

「ベルダネウスさん。わざわざご足労ありがとうございます。私はここの経理を任されているブラン・ケットと申します」

 ブランと握手をしながらベルダネウスは

「こちらには何度もお世話になっています。わざわざ経理の責任者が私に何の用でしょうか。正直、心当たりがなくて戸惑っています」

「立ち話も何です。おかけになってください。サーフィ、ベルダネウスさんのマントを」

 手を伸ばそうとするサーフィを制し

「無用です。用が済んだらすぐに帰りますので」

 空いた手をそっとマントの内側のポケットに入れ、愛用の鞭を握る。

 ルーラが精霊の槍を短く持ち直し、ベルダネウスの背後につきながら壁の男達を見回す。部屋の入り口には門番のようにスーツ姿の男が2人立っている。

「どのようなご用件で? 昼間衛士が来ました。先日、私が売った商品がマウス・ジーロに盗まれたとか。それと関係があるんですか?」

「おおありです」

 ブランは大げさに両手を広げ

「この事件を終わりにするためにはあなたたちが必要なのです?」

「どういう役割でですか?」

「この事件の犯人として」

 その言葉が終わらないうちにルーラとベルダネウスは動いた。

「ルーラ!」

 叫びと共にベルダネウスの鞭が入り口に立ち塞がる男の足に延びた、彼の鞭はヤツメクジラの髭を元に作られた拷問用の鞭を改造したものだ。ざらついた表面はこするとヤスリをかけたように男のズボンを擦り破り、相手の足を直接傷つける。

 派手な悲鳴と共に男が倒れた。鞭の傷はそれほど深手ではないが痛みが大きい。

 もう一人の男にルーラが短く持った槍を振るう。男はそれを受け止めたが、一瞬後に繰り出された彼女の蹴りを足に受け、体勢を崩したところを払うような槍の連打に倒れた。

 サーフィが動く。初手の蹴りを躱したルーラに追撃の拳と蹴りが交互に襲う。その拳を横から延びたベルダネウスの鞭が打つ!

 顔をしかめながらサーフィが間合いをとる。構えた左手の甲は大きな擦り傷があり、にじみ出た血で真っ赤になっていく。

「そこまでです。お二人さん」

 ブランが余裕の笑みを浮かべた。

 入り口では受付にいた男が、ジュリオネを後ろから抱えるようにして立っていた。男の右手には小剣が握られ、彼女の喉元にあてがわれている。

「この意味はわかりますね。俗っぽいセリフを言わせないでください」

「ちょっ、ちょっと。どうなっているのよ? 説明してよ⁉」

 腹が据わっているのか。震えもせずにジュリオネは声を上げた。ただし逃げ出そうとするそぶりはない。

「ブランさん。他人を人質にしても効果は薄いと思いませんか?」

「目の前で他人がどうなろうと知ったものかという人ならばね。あなた方はそういう人ですか? それに、全くの他人というわけでもないでしょう。少なくとも馬車に乗せてこの町をでていく手助けをするぐらいは」

「……まったく。面倒な人と約束したものだ」

 ベルダネウスは息をつくと、鞭を床に投げ捨てた。さらに

「今度は逃がさない」

 とサーフィがルーラの手から精霊の槍を奪い取る。


 ラウネ教会の鐘が鳴った。夜の10時を告げる鐘だ。

「遅い……」

 クロッツェルがパリック・ハウスに目を向けたままつぶやいた。

「中で酒でも飲んでいるんじゃないですか?」

 軽く柔軟体操をしながらエンディオが答える。

「ベルダネウスは酒が飲めない」

「仕事の話が弾んでいるとか」

「パリック・ハウスがあんな一介の自由商人にどんな仕事の話をしているんだ」

「こことは反対側から出たとか?」

「わざわざ壊れた建物の中を突っ切ってか? 自由商人と言ってもわざわざそんな無礼なことをするとは思えない」

 クロッツェルが立ち上がった。

「やはり何かあるんだ。中を調べてくる。30分して出てこなかったら本部に連絡して突入しろ」

「突入って、そんな乱暴な」

「衛士が中に入ったまま出てこない。突入には十分な理由だ」

「ちょっ、ちょっと、クロッツェルさん!」

 止めようとする声を無視してクロッツェルは部屋を駆け出す。困り顔のエンディオの耳に、彼が階段を駆け下りる音が届いた。

 ビルを出、建物を回るようにパリック・ハウスに近づくと、クロッツェルは壊れた壁から中に入り込む。すでに調査の名目でここには何度も出入りしており、簡単な構造、部屋の配置は頭に入っている。

 上下に続く怪談を前にしたクロッツェルは、一瞬だけ迷い、地下へと降りていった。

 そのすぐ後ろを、左目が2つある鼠が追いかけた。



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