第7話 量産機とワンオフ機
「よし、ホームルームは終わりだ。...全員、第1格納庫へ移動しろ」
オットー教官の号令と共に、僕たちA組の生徒はぞろぞろと教室を出た。 向かう先は、学園の敷地内にある巨大なドーム――第1機動格納庫だ。
長い連絡通路を抜け、分厚い隔壁が開いた瞬間。
「おおぉぉ!!」
クラスメイトたちから、どよめきが漏れた。 そこは、天井高50メートルを超える巨大な空間だった。 整備用のクレーンが行き交い、火花が散り、ジェット燃料とオイルの匂いが充満している。
その中央に整然と並んでいたのは、24機の輝く機体だった。
「あれが...学園採用の最新鋭機、『アストライア・カスタム』か」
メカニックに詳しいアーサーが感心したように呟く。 白を基調とした流線型のフォルム。可変後退翼を持ち、大気圏内外を問わず高機動を発揮する傑作戦闘機だ。
「見事な整備だ。量産機とは思えないオーラがあるな」
「当然だ。誰が整備してると思ってる」
アーサーの独り言に答えるように、凜とした声が響いた。 機体の影から現れたのは、油まみれのつなぎを着た小柄な少女。 赤毛を無造作に束ね、分厚い眼鏡をかけた彼女の後ろには、数十人の屈強な整備兵たちが整列していた。
「紹介しよう」
オットー教官が少女を手で示した。
「彼女はニナ・テスラ。この学園が誇る『特別技術班)』のチーフだ」
ニナは眼鏡の位置を直し、不敵に笑った。
「あんたたちが劇薬どもか。...いいか、よく聞け。ここに並んでいるアストライアはただの量産機じゃない。私のチームが極限までチューニングを施したカスタム機だ」
彼女が指を鳴らすと、後ろの整備兵たちが一斉に工具を掲げた。
「私たちはプロだ。量産機だろうが、あんたたちが国から持ち込んだ専用機だろうが、どんな構造の機体でも完璧に整備してみせる。...だから安心しな、乗り手の腕が悪くても、機体のせいで負けることはない」
挑発的だが、圧倒的な自信。 彼らはただの整備兵ではない。各国の最新技術にも精通した、技術屋のエリート集団なのだ。
「ふん、口だけは達者ね」
カチューシャが不満げに声を上げた。
「でも教官! 授業ではこのアストライアに乗るってこと? あたしたちには専用機があるのよ? なんでわざわざ量産機に...」
「愚問だな」
オットー教官は冷ややかに切り捨てた。
「授業とは基礎を学ぶ場だ。性能の違う専用機で訓練を行えば、正確な技術評価ができん。それに、機体性能に頼った勝利など、実戦では何の役にも立たんぞ」
「むぅ...」
「ただし...決闘は別だ」
オットー教官がニヤリと笑った。
「ランキングを賭けた公式戦、および学外での特別任務においては、自身の専用機の使用を許可する。」
「そこでは機体の性能差も実力のうちだ。金、コネ、技術、全てを使って勝ち上がれ」
その言葉に、クラスの空気が一気に熱くなる。 普段は牙を隠し、ここぞという時に「切り札」を切れるということだ。
「よし、アストライアの調整だ。...その前に、各自持ち込んだ専用機の搬入状況を確認しておけ。ニナ、案内しろ」
「了解。ついてきな、お坊ちゃんお嬢ちゃんたち」
ニナの先導で、僕たちは奥の第2区画へと向かった。 そこには、色とりどりの戦闘機が駐機されていた。
「これが僕の専用機、『キャメロット』だよ」
アーサーの機体は、白銀に輝く優雅な騎士のような機体。 カチューシャの『ヴォルク・クリムゾン』は、ミサイルを満載した真紅の空飛ぶ要塞。 雪乃の『白雪』は、鋭利な氷柱のようなフォルム。
どれもが一級品だ。ニナ率いる整備班も、「ほう、いいシールド発生装置だ」「この装甲材質はレアメタルか?」と興味深そうに観察している。
「...で、1位。あんたの機体はどれよ?」
カチューシャが、意地悪そうな笑みで振り返った。
「まさか、専用機を持ってないなんて言わないわよね?」
「いえ、ありますよ。...あそこです」
僕は、ハンガーの片隅にある黒いシートを指差した。 カチューシャが近づき、シートを勢いよくめくる。
バサァッ!
現れたのは――全てを飲み込むような「漆黒」の機体だった。
「...っ」
その場の全員が息を呑んだ。 そこに在ったのは、極限まで空気抵抗を削ぎ落とした超流線型の戦闘機。 翼は鋭利なナイフのように薄く、機体表面は光を吸い込むようなマットブラック。まるで夜の闇そのものを切り取ったかのような、不気味なほどの美しさがあった。
「へぇ...。見た目は悪くないじゃない」
カチューシャが強がって鼻を鳴らす。
「でも、なんか古臭い形ね。装飾もないし、ただ黒いだけ。...カラスみたい」
「ええ。その通りですよ」
僕は愛機『レイヴン』の機首を優しく撫でた。
「速く飛ぶこと以外、何もいらない。そういう設計ですから」
「ふーん。まあ、整備班に見てもらえば性能も分かるでしょ」
ニナが興味なさそうに近づき、機体後部のエンジンハッチを開けた。 そして中を覗き込んだ瞬間――彼女の動きが止まった。
「は...?」
カラン、と手にした端末が床に落ちる。 ニナは震える手で眼鏡の位置を直し、叫んだ。
「お、おい! なんだこれは!?」
「どうしたのよ、そんな大声出して」
ニナは戦慄した表情で僕を振り返った。
「ツイン・ドライブ...双発エンジンだ! この細い機体に、戦艦クラスの超高出力エンジンを無理やり2基も詰め込んでやがる! 」
「いかれてるのか!機体が自壊するぞ!」
「大丈夫ですよ。フレームの内側に『結晶体』を埋め込んで補強してますから」
「結晶体だって!?」
ニナがさらに驚愕し、隙間から見える内部フレームを確認する。そこには、青白く脈打つ高純度のエネルギー結晶が、まるで血管のように張り巡らされていた。
「嘘だろ...。これ、衝撃吸収材じゃない。感応増幅材だ。」
「パイロットの思考をダイレクトに機体に伝えるための...禁制ギリギリの代物じゃないか!」
ニナの叫びに、アーサーや雪乃たちの顔色が変わる。 この機体は、ただ速いだけじゃない。パイロットの神経と機体を直結させるような危険なシステムを組んでいるのだ。
「ちょっと待って」
カチューシャが首を傾げた。
「エンジンが異常なのは分かったわ。でも...武器は?」
「え?」
「ミサイルポッドも、機関砲のマウントもなにも見当たらないじゃない。丸腰で飛ぶ気?」
全員が注目する中、僕はニッコリと笑い、機体の側面を指でなぞった。
「これですよ」
そこには、機体の側面に走る、そこには細い一本の銀色のラインがあった。
「は? これが武器?」
「そうです。『フォトン・ライン』と言い、ここから高出力の光子ブレードを展開して、すれ違いざまに斬るんです」
「...斬る?」
「ええ。それに、出力を調整すれば光子銃としても使えます。ライン上の好きな位置から撃てるので便利ですよ」
僕は言いながら、視線を機首の先端と、背面のブースターの隙間へ向けた。そこにも肉眼では見えないほどの微細な射出口が隠されている。
「弾切れもありませんし、死角もない。一番合理的でしょう?」
ハンガーの空気が凍りついた。 見た目は美しい流線型の黒き鳥。だがその中身は、乗り手の命すら燃料にする、正真正銘の「怪物」だった。
「名前は?」
「レイです」
「レイか、覚えておく。」
「『特別技術班』の長として命令する。私のチーム以外に、この機体を触らせるな!他の奴がいじったら、街が一つ吹き飛ぶぞ」
ニナが顔を紅潮させ、鼻息も荒く宣言する。 だが、僕は首を横に振った。
「いや、お気遣いなく。僕はこの機体をずっと、故郷の馴染みのメカニックと一緒にいじってきたんです。構造も整備方法も頭に入ってますから、自分でやりますよ」
「あ?」
「変に他人が触るとバランスが崩れるんで。それじゃ」
僕が踵を返そうとした、その時だ。
「うるせぇぇぇぇッ!! 待てコラァァッ!!」
ハンガー中に響く怒号。 ニナが僕の制服の襟をガシッと掴み、鬼のような形相で詰め寄ってきた。
「グエェ」
襟を引っ張られた僕は思わずカエルのような声が出てしまった。
「わ、分かった風な口を利くんじゃないよ! こんな...こんなデタラメで、見たこともないような美しい構造が目の前にあるんだぞ!?」
「はぁ?」
「整備士にお預けを食らわせる気か!? 触らせろ! 分解させろ! 中身を全部スキャンさせやがれ! じゃないと私が爆発する!!」
理屈もへったくれもない、純粋なる技術者の狂気だった。 さらに、彼女の後ろにいた「凄腕」と評された整備班の面々も、目を血走らせてにじり寄ってきた。
「チッ...。隊長だけズルイっすよ!」
「俺にもあのエンジン拝ませてください!」
「あぁん、あの配線の取り回し...エロすぎる...」
彼らもまた、ただの変態だった。
「...はぁ」
僕は深く、長く、ため息をついた。 どうやら、この学園にはまともな人間が一人もいないらしい。
「分かりましたよ。...好きにしてください」
「言質は取ったぞ! 野郎ども、隅々まで調べ上げるぞ!!」
「「「うおぉぉぉぉぉッ!!!」」」
ニナの号令と共に、エリート整備班が餓えた獣のようにレイヴンに群がっていく。僕はその光景を遠い目で見つめながら、これから始まる学園生活の多難さを予感していた。




