第6話 魔境のホームルーム
翌朝。 ふかふかのベッドから目覚め、僕は真新しい制服に袖を通した。 隣の部屋のアーサーも準備万端で、二人並んで寮を出る。
「よく眠れたかい? レイ」
「ああ、最高だったよ。空調が静かすぎて、逆に落ち着かないくらいだった」
そんな他愛ない会話をしながら校舎へ向かう。 途中でアーサーが「少し寄るところがある」と別れたため、僕は一人で教室を目指すことになった。
ピロリン♪ 端末で改めて教室の場所を確認する。
【教室:中央棟 3階 第1講義室(1-A)】
「(A組...エリートたちの集う場所か)」
期待に胸が膨らむ。 昨日のアーサーを見る限り、少し世間知らずなところはあるが、基本的には紳士的で優秀な人間ばかりのはずだ。 きっと教室では、みんな静かに予習をしたり、高尚な議論を交わしたりしているに違いない。
僕は「1-A」のプレートが掛かった重厚な扉の前に立ち、身だしなみを整えてからノブを回した。
「失礼します――」
ガラッ。 扉を開けた瞬間。
「VIVA!! サンバァァァッ!!」 「U! S! A!! U! S! A!!」 「あぁん!? やんのかコラ駄犬!」 「五月蝿いわね、凍らせるわよ」
爆音。怒号。熱気。 爆風のような騒音が、顔面に吹き付けてきた。
「...はい?」
僕はその場で硬直した。 教室の中は、戦場よりも騒がしかった。
教卓の上では、サングラスの男が腰をくねらせて踊っている。 教室の中央では、筋肉の塊のような男たちが、机をへし折りそうな勢いで腕相撲をして咆哮している。 窓際では、雪乃とカチューシャが、互いの席の境界線を巡って氷と炎の殺気をぶつけ合っていた。
バタン。 僕は真顔で、静かに扉を閉めた。
「(...教室間違えたかな?)」
危ないところだ。うっかり動物園の飼育小屋か、あるいは演劇部の部室に入ってしまったらしい。 僕はもう一度、扉の上のプレートを確認する。
『1年 A組』
「(...合ってる)」
嘘だろう。 僕は天を仰ぎ、深いため息をついた。これから毎日、この騒音の中で過ごすのか。
「レイ? どうしたんだい?そんなところで立ち止まって」
後ろから、優雅な声が掛かった。 用事を済ませたアーサーが追いついてきたのだ。
「あ、アーサー。おはよう」
「おはよう。...入らないのかい?」
「いや、その。教室を間違えたかと思って」
僕は親指で扉の向こうを指差した。
「中が...なんていうか、カーニバル会場みたいで...」
「カーニバル? まさか。ここは神聖な学び舎だよ?」
アーサーが不思議そうに微笑み、自ら扉を開ける。 ドッ!! と溢れ出す狂乱の騒ぎ。
アーサーの美しい顔が、一瞬で引きつった。
「...あはは。なるほど、賑やか...だね」
彼は力なく笑い、諦めたように肩をすくめた。 僕たちは顔を見合わせ、覚悟を決めてその「魔境」へと足を踏み入れた。
「(目立たないように、一番後ろの席へ行こう)」
僕は騒ぎに関わらないよう、気配を殺して移動する。 入り口の床で枕を抱いて爆睡している少年を跨ぎ、踊り狂うの汗を紙一重でかわし、なんとか教室の奥、窓際の一番後ろの席を確保した。 ここなら、静かに授業を受けられるはずだ。
そう思って、カバンを置いた瞬間だった。
「あ!! 1位サーン!!」
元気すぎる大声が、教室中に響き渡った。 ビクッとして顔を上げると、お団子頭の少女――ランキング3位のメイリンが、肉まんを片手に満面の笑みで手を振っていた。
「おはよー!! 同じクラスで嬉しいヨ! 今日も元気そうでなによりアル!」
その声は、あまりにもよく通った。 一瞬で、教室内の狂乱が止まる。 サンバも、喧嘩も、腕相撲も停止し、全員の視線が一点――僕へと集中した。
「ほう?あいつが例の...」 「99機撃墜の...」 「噂の幽霊か...」
突き刺さるような好奇と、警戒の視線。 カチューシャが睨みつけ、雪乃が冷たく観察し、サングラスの男が値踏みするように鼻を鳴らす。 目立たないようにするという計画は、開始数秒で崩壊した。
「(...メイリンさん、声がデカいです)」
僕が引きつった笑顔で会釈を返そうとした、その時だ。
ダァァァァァン!!
教室の入り口が、勢いよく開かれた。 一瞬で静まり返る教室。 そこに立っていたのは、顔に深い皺を刻んだ強面の男――オットー・ワグナー教官だった。
「...席につけ、お前たち」
地を這うような低い声。 オットー教官は教壇まで歩くと、出席簿を「ダン!」と置き、おもむろにポケットから胃薬の瓶を取り出した。
そして、錠剤を水なしでボリボリと噛み砕き、鋭い眼光で教室を見渡した。廊下まで響いていた騒ぎのせいで、今朝もすでに胃が痛んでいるらしい。
「私がこのA組の担任を務める、オットーだ」
教官は教卓に両手をつき、ゆっくりと口を開いた。
「お前たちは入学試験において、最も優れた成績を収めた24名だ。その事実は誇っていい。お前らの実力は本物だ」
その言葉に、カチューシャやアーサーたちが少しだけ胸を張る。 だが、オットーの声はすぐさま冷たく、厳格なものに変わった。
「...だが、私の授業において特別扱いは一切しない。甘やかすつもりも毛頭ない。この学園の門をくぐったからには、貴様らもただの『生徒』の一人だ。これまでの地位も名誉も、ここには持ち込めないと思え」
本物の軍人が放つプレッシャーに、教室の空気がピンと張り詰める。
「さて、入学式を前に、この『聖アストライア学園』の絶対的なルールを説明しておく。...この学園は完全な実力至上主義だ。この学園のことはすべては『学内ランキング』の順位で決まる」
オットーが背後の黒板を操作すると、巨大な文字が浮かび上がった。
「現在、お前たちの順位は『入学試験の成績』を元にした仮のものだ。今日から、お前たちは以下の4つの方法でポイントを稼ぎ、自らのランキングを上げていくことになる」
【学内ランキングを上げる4つの方法】
① 優秀な成績を収める: 定期テストや実技演習で上位に入り、真っ当にポイントを稼ぐ。
② 学校や社会に貢献する: 特異な功績、学園の防衛、あるいは外部ミッションでの活躍などによる特別加点。
③ 先生の手伝い・サポートをする: 教官からの依頼をこなし、感謝の気持ちとしてポイントを譲り受ける。
④ 上位の生徒に『決闘』を申し込む: 自分よりランキングが上の生徒に公式戦を挑み、勝利することで相手のポイントと順位を奪い取る。
「...以上だ。真面目に勉学に励むもよし、教官の雑用をこなして堅実に稼ぐもよし。あるいは――」
オットーの視線が、クラスの最後列に座る僕へと向けられた。
「『決闘』で、自分より上の者の首を直接狙うもよし、だ」
その瞬間。 教室中の視線が、再び僕に集中した。
カチューシャが好戦的な笑みを浮かべる。 雪乃が冷たく目を細める。 腕相撲をしていた二人が拳を鳴らす。 隣の席のアーサーすら、少し楽しそうにこちらを見ていた。
「(...あ、なるほど)」
僕は、自分の置かれた状況をようやく正確に理解した。 僕は現在、新入生ランキングの1位だ。 つまり、この血の気の多いクラスメイト全員にとって、僕は「最も手っ取り早くポイントを稼げる、極上の獲物」なのだ。
「...質問はあるか?」
オットー教官の問いに、誰も手を挙げない。 全員の意識はすでに、「いつ、どうやって1位を引きずり下ろすか」に向いていた。
「(...とほほ。大人しく過ごす計画が、初日で終わってしまった)」
僕は小さくため息をつきながらも、頭の中ではすでに『教官の手伝い(雑用)でいかに効率よくポイントを稼ぐか』という、極めて地味で堅実な計算を始めていた。
こうして、僕の波乱に満ちた学園生活が幕を開けたのだった。




