閑話 驚愕と戦慄
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「...おい、嘘だろ。本当にあのエリートを倒したのか...?」
安全宙域まで撤退し、母艦へと帰還したB組とC組の生徒たちは、共有ラウンジの巨大モニターの前で言葉を失っていた。
そこに映し出されているのは、各セクターに随伴していた護衛艦から送られてきた、F小隊の戦闘データ映像だ。
「しかも、たった一機だぞ!? 後ろの奴は完全にスリップストリームに乗ってついてきてるだけだし、他の二機に至っては...」
「おい見ろ、通信の傍受記録! この遠距離支援の二機、戦闘中に『マカロン』がどうとか言ってねえか!?」
「マジだ...しかも途中で支援をやめて、コックピットでお菓子食ってやがる...化け物を相手にしてるのに、どんな神経してんだ!?」
彼らにとって、エリート個体とは遭遇した瞬間に死を覚悟する「災害」だ。
だが、映像の中の黒い機体――レイヴンは、その災害が放つ弾幕を紙一重でかわし、あまつさえ機体そのものを巨大な光の刃へと変えて一刀両断してしまったのだ。
「あいつら、A組の『F小隊』だろ? なんだよ、あのデタラメな強さは」
「同じ学生だぞ!? A組ってのは、どんだけ化け物揃いなんだよ」
B組、C組の生徒たちは、次元の違う戦いを見せつけられ、ただただ畏敬の念を抱くことしかできなかった。
一方、A組のアーサーは、自室のモニターで送られてきた戦闘記録を食い入るように見つめていた。
彼の背後には、同じA組の生徒たちが集まり、誰もが青ざめた顔で沈黙している。
「すごい...。なんて無駄がなく、美しい機動なんだ」
アーサーは端正な顔立ちに驚愕の色を浮かべながらも、その青い瞳には純粋な感嘆の光を宿していた。
「アーサー...俺たち、逃げて正解だったのか?」
十字編隊を組んでいたセオドアが、ポツリとこぼした。
「俺たちも同じA組のエリートだ。それなのに、あのF小隊が残って化け物を倒した。俺たちはただ、尻尾を巻いて逃げただけじゃないか...」
ひどく落ち込むセオドアの肩に、アーサーは優しく手を置いた。
「自分を卑下するな、セオドア。プロの軍人が乗る護衛艦でさえ手に負えない相手だったんだ。全員を生きて帰還させるための撤退判断は、指揮官である僕の責任であり、間違っていなかったと今でも思っている」
アーサーは爽やかな、しかしどこか熱を帯びた笑顔でモニターのレイヴンを指差した。
「ただ、彼...レイが、僕たちの想像を遥かに超えていたんだ。見てくれ、このデタラメに見えて極限まで計算し尽くされた回避ルートを。機体の性能じゃない、彼の異常なまでの空間把握能力が、あの巨大な光の刃を生み出しているんだ」
「アーサー。あんた、悔しくないわけ?」
不意に、通信モニター越しにカチューシャが声をかけてきた。彼女もまた、金髪を揺らしながら信じられないといった様子で映像を見ている。
「武装は光子ラインの応用だけ。エネルギー制御に依存しきったピーキーな機体で、1個師団クラスの化け物を真っ二つにするなんて...物理法則を無視してるわ。私たちが必死にスコアを競い合ってたのが馬鹿みたいじゃない」
「悔しいさ。でも、それ以上に感動しているんだ」
向上心の塊である好青年のアーサーは、手元の端末を操作し、学園のデータベースを開いた。
「レイ...彼から学べることは山ほどあるはずだ。彼がこれまでどんな環境で、どんな訓練を積んできたのか。それを知れば、僕たちももっと高みへ行けるかもしれない」
そう言って、アーサーは『レイ』のプロフィールを検索した。
だが、検索結果を見たアーサーとA組の生徒たちは、一様に息を呑んだ。
『対象データ:レイ』
『経歴:【軍事機密(レベル9)によりアクセス不可】』
「軍事機密...それもレベル9だと...?」
「ちょっと、レベル9って...国家の最高幹部クラスしか閲覧できない秘匿情報じゃない! 彼、一般受験で入ってきた一般の生徒じゃなかったの!?」
カチューシャの声が裏返る。
アーサーは画面を見つめたまま、ごくりと喉を鳴らした。
「...レイ。君は一体、どれほど過酷な世界で戦ってきたんだ」
嫉妬など欠片もない。ただ純粋に、得体の知れない強者に対する尊敬と、追いつきたいという熱い向上心が、アーサーの胸の中で静かに燃え上がっていた。
そして、教官のオットーと、護衛艦の艦長たちもまた、冷や汗を拭いながら通信を繋いでいた。
『オットー教官。あの学生は一体何者だ。ウチの部隊のベテランどもが、あの変態的な回避機動を見て自信を喪失し、すっかり落ち込んでしまっているんだが』
護衛艦の艦長からのクレーム...というより愚痴に、オットーは頭を抱えた。
「俺が知るか。上層部から『実戦経験のある編入生だ』とだけ聞かされてるが...」
『報告書はどうする。学生が命令無視で突撃し、正規軍の護衛艦3隻が指をくわえて見ている前で、エリート個体を光の剣で真っ二つにしました、とでも書くのか? 査問委員会に頭を疑われるぞ!』
オットーは、モニターに映る超巨大な紫色の結晶体と、その横を旋回するレイヴンの映像を見つめて深い溜息をついた。
「あのF小隊の常識外れの実力は、この平和ボケしたセレスタ学園のパワーバランスを、根底からぶっ壊すことになるぞ...」
そんな外野の深刻な騒ぎなど露知らず。
広域通信のチャンネルからは、レイの弾んだ声が呑気に響き渡っていた。
『あー、オットー教官? 討伐完了した。この特大の結晶体をワイヤーで牽引して帰るけど、換金の手続きってどこでやればいい? 早くしないと、明日のスイーツの材料の買い出しに間に合わないんだが。残高増えるのが楽しみだぜ!』
オットーは無言で胃薬を水なしで飲み込み、重い手つきで通信のスイッチを入れた




