第15話 エースによる胃袋掌握
翌日の放課後。第1格納庫。
僕ら第F小隊は、再びレイヴンの翼の下に集まっていた。
相変わらずロレンツォは空の段ボール箱でマイ枕を抱きしめ、「あと5分...」と寝息を立てている。
金髪のアルテミスと銀髪のソフィアも昨日と同じだ。整備台の上に並んで座り、市販のクッキーを開けている。
アルテミスがだらんと寝そべって口を開け、ソフィアが甲斐甲斐しくクッキーを運び、口の周りをハンカチで丁寧に拭いてやる。
完璧な二人の世界。だが、今日の僕には最強の切り札がある。
「ミーティングを始める。...と言っても、難しい話はしない」
僕はエプロン姿のまま不敵な笑みを浮かべ、昨晩焼き上げた戦利品――タッパーを取り出した。
「今日は俺の『秘密兵器』を持ってきた」
パカッ。
タッパーのフタを開けた瞬間、上質なバターと甘い小麦の香りが格納庫にふわりと広がった。
ピタッ。
アルテミスとソフィアの動きが止まる。
二人は音もなく立ち上がると、無重力空間を滑るような速度で僕の目の前に迫り、タッパーの中身を無言で凝視した。
「俺の手作り特製クッキーだ。そこらの市販品より旨い自信はある。...食べるか?」
コクンッ!
見事なシンクロ率で力強く頷く二人。
僕が自信満々にクッキーを差し出すと、ソフィアが素早く受け取り、口を開けて待っているアルテミスに食べさせた。
サクッ。
小気味よい音が響く。
直後、アルテミスの瞳孔がカッと開いた。
無表情な彼女の顔に、明らかな驚愕と歓喜が浮かんでいる。ソフィアも自分の分を一口かじり、パァッと花が咲いたように顔を輝かせた。
アルテミスの口の端にクッキーの欠片がつくと、ソフィアはすかさずハンカチを取り出し、キュッキュッと丁寧に拭き取る。
そして、二人はキラキラとした尊敬の眼差しで僕を見上げた。
「...なにこれ。すっごく、美味しい」
「...うん。こんなの、食べたことない」
驚いた。
これまで徹底して無言を貫いていた二人が、はっきりと声を出して感想を口にしたのだ。
「ふっ...当然の反応だな。俺を舐めるなよ?」
僕がドヤ顔で腕を組むと、アルテミスがコクコクと頷きながら僕を指差した。
「あなた...名前、なんだっけ」
「レイだ」
「ん。じゃあ、お菓子の人」
「お菓子の人、すごい」
ソフィアも真顔で同調する。
「いや、今レイって言っただろ...。まぁいい、美味いなら何よりだ」
完全にお菓子をくれる便利な人扱いだが、胃袋を掴んだ今ならいける。僕はすかさず本題に入った。
「アルテミス。お前、自分で機体を操縦して飛び回るのは面倒くさいだろ?」
「...うん。動くの、嫌い」
「本番では、俺が前衛で突っ込んで敵のヘイトを全部集める。お前は一番安全な後方から、俺の作ったお菓子でも食べながら遠隔武装を飛ばして支援してくれ」
自分が動かなくていいうえに極上の菓子が食えるという最高の条件。
アルテミスはクッキーを咀嚼しながら、力強く頷いた。
「お菓子の人がそう言うなら、いいよ。...ねえ、これ明日も作ってきて。もっといっぱい」
「ソフィア。お前はアルテミスの護衛兼、後方火力だ。基本的にはアルテミスに近づく敵がいたらそいつを倒すだけでいい。ただ、厄介な大型がいたら、ソフィアのレールガンを頼るかもしれない。その時は頼んだ」
「...わかった。でも、レールガンは頭使うから、甘いものがいっぱい必要。...だから、明日もお菓子作ってね、お菓子の人」
「お前ら、すっかり俺を専属のパティシエ扱いだな。...まぁいい、作戦が終わったら、いくらでも美味い菓子を作ってやる」
「...約束ね、お菓子の人」
ソフィアはコクリと頷き、僕の袖を引いた。
そしてポケットから個包装のキャンディを一つ取り出し、僕の手のひらにそっと乗せた。
「...よろしくね、お菓子の人」
控えめだが、それは確かな信頼とおねだりの合図だった。
これでフォーメーションは完成した。
高度な作戦会議など一切ない。
だが、俺の手作りお菓子と静かな睡眠という実益だけで繋がったこのF小隊は、それぞれの尖った個性が奇跡的に噛み合っていた。
(...案外、良い小隊になったかもしれないな)
僕はソフィアからもらったキャンディの包み紙を開けながら、自信に満ちた笑みをこぼす。
連携不可能とハブられた、寄せ集めの余り物たち。
僕らがエリート揃いのA組に一泡吹かせる日。2週間後の演習が、僕はたまらなく楽しみになっていた。




