第14話 最強エースのお菓子作り
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放課後の第1格納庫。 オイルとオゾンの匂いが漂う薄暗い空間で、僕はホワイトボードを用意した。
「えー、それじゃあ2週間後の演習に向けて、第F小隊の連携ミーティングを始めたいと思う」
だが、返事はない。 細身で低身長のロレンツォは、空の段ボール箱にすっぽりと収まり、マイ枕を抱きしめて完全に熟睡していた。
「おい、ロレンツォ。起きろ」
僕が肩を揺すろうと手を伸ばす。
「あと5分...」
彼は寝言を言いながら、無重力空間に漂う塵のようにスッと上体を逸らし、僕の手を完璧に躱した。完全に寝ているのに、無意識で回避している。
(回避特化の天才か...)
無理に起こすのは諦めた。
「演習中も寝てていいから、俺の後ろだけついてこい」
「...ん。ついていくから...好きにして...すやぁ...」
ロレンツォはそれだけ言うと、再び深い眠りに落ちた。とりあえず彼とはこれで話がついた。
問題は、残りの二人だ。 金髪のアルテミスと銀髪のソフィアは、整備台の上に並んで座り、市販のクッキーの袋を開けていた。 だらんと寝そべるアルテミスが口を開ける。
「あーん」
隣のソフィアが甲斐甲斐しくクッキーを口に運んでいる。ポロポロとこぼれる欠片や、アルテミスの口の周りについた食べカスを、ソフィアは自分のハンカチですかさず、かつ丁寧に拭き取ってあげていた。
「...あの、聞いてるかー?」
僕が手を振っても、反応はゼロ。二人は完全に自分たちの世界に入り込み、僕の存在など空気と同義だった。
(...こりゃあ、言葉でのコミュニケーションは不可能だな)
僕は早々にホワイトボードを片付けた。 軍事惑星という地獄で育った僕は知っている。言葉が通じない相手を動かすには実益を提示するしかない。
僕の視線は、ソフィアからアルテミスの口へと運ばれているクッキーに向いた。二人とも、相当な甘党らしい。
「よし、今日のミーティングはここまで! 解散!」
僕が宣言すると、二人はサッと立ち上がり、格納庫から撤収していった。 僕は彼女たちの背中を見送りながら、一つの作戦を思いついていた。
その日の夜。男子学生寮の共有キッチン。 僕はエプロンをしっかりと身につけ、オーブンの前で腕を組んでいた。
なぜ軍事惑星出身の僕が、こんな特技を持っているのかって? あの過酷な環境で、ずぼらな上司の身の回りの世話を一身に引き受け、同年代の少年兵たちから毎日のようにねだられ続けていたからだ。
「飯を作ってくれ」
「甘い菓子が食いたい」
乏しい配給品をやり繰りして彼らの胃袋をなだめ透かしているうちに、僕はなぜか家事スキルの方向でカンストしてしまっていたのである。 星翼の操縦と同じくらい、いや、それ以上に、僕はこの腕に絶対の自信を持っている。
「小麦粉とバターの配合は完璧。オーブンの温度管理も秒単位で掌握している。ふっ...我ながら完璧な仕事だ」
甘い香りがキッチンに漂い始めた、その時だった。
「クンクン...なんだこの素晴らしい匂いは!」
ひょっこりと顔を出したのは、同室のアーサーだった。その後ろには、いつも彼と行動を共にしている同郷の親友、セオドアの姿もある。
「レイ、何を作っているんだい?」
「ああ、ちょっと演習に向けた作戦準備さ。俺の特製クッキーだ。そこらの店より美味い自信はある。食べるか?」
「食べる!」
アーサーが目を輝かせる。だが、その後ろからセオドアが優雅な手つきで制止した。
「待て、アーサー。いくらレイの実力を認めているとはいえ、軍事惑星の粗野な環境で育った者の作った得体の知れない菓子など、君の口に合うはずが――」
セオドアは傲慢な口調で言い放ったが、その鼻先を、焼きたてのクッキーの芳醇なバターの香りがくすぐった。ピタッ、と彼の言葉が止まる。
「まぁ、一口食ってみろよセオドア。俺が料理の神髄の一端を教えてやる」
「...まぁ、毒見として、僕が一口だけ食べて判定してあげよう」
「あ、ずるいぞセオドア! 僕もいただく!」
ちょうどそこへ、共有スペースの巡回をしていた歩くマニュアル人間のフリッツと、天才肌のラフールも通りかかった。
「おい! 寮規則第14条、夜間の共有キッチンの使用は許可制だぞ! ...む、この香りは...」
「おや。とても心地よい香りがしますね。神経の疲れを癒やす、計算された糖分の気配だ」
フリッツが小言を言いかけ、ラフールが穏やかに微笑む。人が増えてしまったが、僕の腕を披露するにはちょうどいい。
「試作品の味見役を探してたんだ。お前らもどうだ?」
僕が自信満々に焼きたてのクッキーをお皿に盛って差し出すと、4人はそれぞれ一口ずつ口に運んだ。 そして――。
「こ、これはッ!?」
セオドアが目を見開いた。
「外はサクッと、中はほろりと崩れる絶妙な食感...! それにこの甘さ、しつこくないのに深い! レイ、君は一流のパティシエなのか!?」
「...ゴホンッ。ま、まぁ、素人が作ったにしては、なかなか悪くない味だ。僕が認めてあげよう!」
セオドアは傲慢な態度を取り繕いながらも、その手は止まらず2枚目のクッキーに伸びていた。素直じゃないが、根は優しい奴だ。
「消灯時間前の間食は推奨されていない! が、このクッキーの味は素晴らしい! 寮の特別メニューとしてマニュアルに追記すべきレベルだな!」
フリッツが眼鏡をくいっと押し上げながら、ものすごい勢いでクッキーを頬張る。
「見事ですね。小麦粉と糖度の配合係数、そして焼き加減の温度管理が完璧に計算されています。とても安らぐ味です」
常に瞑想しているような穏やかな天才・ラフールが、ニコリと微笑んだ。彼は周囲をよく見ている男だ。僕の顔をじっと見て、静かに付け加えた。
「なるほど。あなたの小隊のアルテミスとソフィア...彼女たちがお菓子を好むから、これを? レイ、あなたはとても周りが見える、優しい人だ」
「ふっ、当然だ。俺のカンストした家事スキルを舐めるなよ。口の利けない問題児たちを振り向かせるには、最高の一皿が必要だからな」
僕が胸を張って笑うと、口いっぱいにクッキーを頬張っていたアーサーが、幸せそうな顔で言った。
「レイ、最高だよ! ...あー、これに合う美味しい紅茶も欲しいなぁ」
アーサーが紅茶を欲しそうにこちらをチラチラ見てきた
「ふっ...素人どもめ。極上の菓子の後に、それにふさわしい茶を用意していないとでも思ったか?」
僕はあらかじめ淹れておいた、完璧な温度と抽出時間の紅茶を、人数分のカップに注いでスッと差し出した。
「「「「完璧すぎる...」」」」
4人の男子たちが、クッキーと紅茶の完璧なマリアージュに完全にノックアウトされ、ふにゃふにゃとした顔でテーブルに突っ伏した。
(...よし。この反応なら、間違いない)
エリート揃いのA組男子たちを、たった一口でここまで骨抜きにしてしまう僕のカンスト家事スキル。これなら、あのお菓子好きでマイペースなアルテミスとソフィアにも、間違いなく絶大な効果を発揮するはずだ。
「待ってろよ、アルテミス、ソフィア。明日は最高のクッキーで、完璧なフォーメーションを作ってやる」
僕は彼らの笑顔を見ながら、エプロンの紐を締め直し、明日のミーティングに向けて静かに闘志を燃やすのだった。




