第11話 星を喰らうもの、星を砕く石
翌日の座学。 教室の照明が落とされ、オットー教官がいつになく重々しい口調で語り始めた。
「さて、今日はお前たちが扱っている力の歴史について話そう。...かつて、人類がまだ敵を知らなかった頃の話だ」
オットー教官がホログラムを起動する。 映し出されたのは、無数の星々へと船団が進んでいく、かつての人類の繁栄の図だった。
「当初、人類は外宇宙に進出し、様々な星を制圧していた。我々の科学力は圧倒的で、外敵など存在しなかったからだ。銀河は我々の庭だった」
生徒たちが息を呑む。 今では考えられない、人類の黄金時代。
「だが、そんな人類の前に、初めて理解不能な他者が現れた。...地球外生命体との接触だ」
画面が切り替わり、漆黒の宇宙空間に浮かぶ、不気味な影が映し出される。
「『アドヴァサリー』。人類は彼らに対し、友好的なコンタクトを試みた。対話を求め、信号を送った。...だが」
オットー教官の声が低くなる。
「彼らは物も言わず、警告もなく、即座に敵対行動に出た。対話など最初から存在しなかったんだ。そうして起こった泥沼の殺し合い...歴史書にはこう記されている。第一次接触戦争とな」
教官はそこで言葉を区切り、ホログラムの映像を、燃え盛る都市の光景に変えた。
「だがお前らはこっちの呼び名の方が聴きなじみがあるんじゃないか?最初の嵐と」
教室の空気が張り詰める。
「それは戦争などという生易しいものではなかった。ただ一方的に吹き荒れる、死と破壊の暴風だったからだ。人類の兵器は当初、確かに通用した。ミサイルやレーザーで敵を撃ち落とし、我々は嵐を凌げると確信していた。...だが、ある事実を知った瞬間、人類は真の絶望を味わうことになる」
教官が指を鳴らすと、戦場の記録映像が再生された。 激しい攻撃を受け、瀕死になったアドヴァサリーが映る。
「見ろ。一定以上のダメージを受けると、奴らは体を丸め、光り輝く結晶体へと変貌する」
映像の中で、怪物が美しい宝石のような姿に変わる。 兵士たちがその結晶に一斉射撃を浴びせるが、傷一つ付かない。
「これが自己再生形態:コクーンだ。奴らは傷を癒やすために殻に閉じこもり、外部からの干渉を完全に遮断する。当時の人類はこれを破壊しようとしたが、できなかった。核を使おうが、惑星破壊爆弾を使おうが、その表面に傷一つつけることはできなかったんだ」
教室が静まり返る。 倒したはずの敵が、無敵の盾に籠もる。これほどの理不尽はない。
「そこで、当時の軍部は考えた。『破壊できないなら持ち帰って研究しよう』と。当たり前だな、人類を脅かす存在が倒せないと人類はいつまでたっても負け続けることになる。だが...それが悪夢の始まりだった」
オットー教官が苦々しげに続ける。
「数年後、研究所に保管されていた結晶が突如として脈動を始めた。体力の回復を終えた奴らが、再び元の姿に戻ったんだ。結果、研究所は内側から食い破られ、研究所があった都市は壊滅した」
生徒たちが戦慄する。 無敵の時限爆弾を、自ら懐に招き入れてしまったのだ。
「だが...その惨劇の中で、ある一人の狂った科学者が仮説を立てた。『奴らが回復しているということは、内部に膨大なエネルギーを溜め込んでいるはずだ』と」
教官は黒板に図を描いた。 結晶体をガラスの箱に入れ、中身だけを吸い出す図だ。
「『破壊できないなら、吸い尽くせばいい』。その科学者は、結晶化した敵に対し、物理的な打撃ではなく、エネルギーの抽出を試みた」
映像が変わる。 実験装置に入った結晶体。科学者がボタンを押すと上のポンプに青く光ったものが通って吸い出されていく。 すると輝きを失った結晶が、音を立てて粉々に砕け散った。
「成功だ。エネルギーを吸い尽くされた結晶は維持できずに崩壊し、中のアドヴァサリーも消滅した。...これ以来、人類は敵を殺すのではなく、資源として利用する術を手に入れた」
オットー教官が両手を広げる。
「都市の電気も、お前たちの乗る星翼の動力も、すべては奴らから吸い上げた命そのものだ。敵を倒せば倒すほど、我々の生活は豊かになる。画期的なリサイクルシステムだろ?」
「うわぁ...なんかえげつない話ね」
カチューシャが顔をしかめつつも、納得したように頷いた。
「でも、理屈は分かったわ。で? 強い敵ほど、たくさんエネルギーを持ってるってこと?」
「その通りだ」
教官が肯定する。
「下位個体からは微々たる量しか取れんが、特殊個体「エリート」、ましてや母体級「マザー」ともなれば、国家予算レベルのエネルギーが取れる。...当然、それを動力に使えば機体性能も跳ね上がる」
そこでカチューシャが、ニヤリと笑って後ろを振り返った。
「ねぇ、レイ。...あんたのレイヴン、昨日の試合ですっごい出力出してたわよね?」
ギクリ。 クラス全員の視線が僕に集中する。
「ミサイルを弾くバリアも、あの非常識なスピードも。...あんたの機体、とんでもない大物の結晶を使ってるんじゃない? どこで手に入れたのよ」
鋭い。鋭すぎる。 確かに僕の機体には、「マザー級」や「エリート級」の結晶が馬鹿みたいに使われている。だが、それを言えば大騒ぎになる。
「さあ、どうだろうね」
僕は曖昧に苦笑してごまかした。
「たまたま相性が良かっただけだよ。それに、僕の機体はエンジンが2つあるから...」
「嘘ね。エンジンを増やしただけで、あの雪女の弾幕を完封できるわけないわ。...隠してないで出しなさいよ」
カチューシャが詰め寄ろうとした時、教室のドアがバーン! と開いた。
「そこまでだ、素人ども!」
油まみれのつなぎを着たニナ・テスラが、不機嫌そうに入ってきた。 彼女は僕の机にデータパッドを叩きつけると、呆れたように言った。
「こいつの機体が速い理由は、結晶の質だけじゃない。...使い方が狂ってるんだよ」
ニナは黒板の図を指差した。
「普通の機体は、回収した結晶体をタンクに入れて、少しずつエネルギーを抽出して使う。戦闘では安定した出力が求められるからだ。...だが、こいつは違う」
ニナが、レイヴンの内部構造図を表示させる。 そこには、心臓部であるエンジン周りに、異常なほど高密度の結晶反応が集中していた。
「こいつは、結晶体をタンクじゃなく、全部エンジンに直入れしてやがる」
教室がざわめく。
「エンジンに...直入れ?」
「ああ。安全装置を通さず、推進器の中で常に結晶からエネルギーを無理やり引きずり出してるんだ。」
「一歩間違えれば機体が爆発する。間違えなくてもエネルギーを吸い取りすぎて機体がエネルギー切れを起こす。」
「だが結晶がなくならないなら...エネルギーを一度にどれだけ抽出しても、機体がエネルギー切れを起こすことなく常に最大火力で戦える」
ニナの説明に、アーサーが目を見開いた。
「つまり...出力制限がないということかい?」
「そういうことだ。普通の機体なら出力ダウンするような長時間戦闘でも、こいつの機体はフルパワーで飛び続けられる。命知らずの自殺志願者にしかできない設計だ。」
ニナは「信じられない」と首を振った。 カチューシャたちは唖然とし、雪乃は「...変態」と小さく呟いた。
「(...ふぅ、上手く誤魔化してくれたな)」
僕は心の中で安堵した。 確かにエンジンに結晶を直結しているのは事実だ。 だが、その結晶がどんな化け物を狩って手に入れたものなのか...それだけは、まだ伏せておいた方がいい。
「まあ、そういうわけだ」
オットー教官がパンと手を叩き、空気を戻した。
「レイの機体は極端な例だが、アドヴァサリーと結晶の特性を理解することは勝利への鍵だ。敵を倒し、その力を奪い、さらに強くなる。...それがこの学園の、そして人類の鉄則だ。以上、解散!」
号令と共に、生徒たちが席を立つ。 僕はカバンを手に取りながら、窓の外に広がる空を見上げた。
かつて最初の嵐となって人類を絶望させた不死身の怪物たち。 今、僕たちはその命を燃やして空を飛んでいる。
「(...次は、どんな大物が待っているかな)」




