第10話 魔境への歓迎
キィィィィン。 レイヴンが、第1格納庫の滑走路に静かに着陸した。 キャノピーを開け、ヘルメットを脱ぐと、整備班の怒号のような歓声が飛んできた。
「データだ! 今の機動データ全部抜けェッ!!」
「排熱処理が限界ギリギリだ! 美しい!」
「おい1位! お前最高にイカれてるな!!」
ニナ・テスラ率いる整備班が、よだれを垂らしそうな顔で機体に群がってくる。 僕は苦笑しながらタラップを降りた。 地面に足をついた、その瞬間だった。
「ちょっと待ったぁぁぁッ!!」
ドスドスと床を揺らして走ってきたのは、真紅のパイロットスーツに身を包んだカチューシャだった。 彼女は僕の目の前で仁王立ちし、ビシッと指を突きつけた。
「次はあたしよ! 雪女があんな無様な負け方したままじゃ、A組のメンツが立たないわ!」
「えぇ...」
「今すぐヴォルク・クリムゾンを出すわ! あんたのそのスピード、あたしの重火力で粉砕してあげる!」
やる気満々だ。 確かに彼女の重装甲機なら、ミサイルだけでなく実弾やレーザーの雨を降らせて「面」で制圧してくるだろう。正直、今の疲れた状態で相手にするのは骨が折れる。
「やめとけ、オルロワ」
低い声が水を差した。 オットー教官だ。彼は相変わらず胃薬の瓶を片手に、呆れたようにカチューシャを見下ろしていた。
「あいつは今、スメラギとの高機動戦闘を終えたばかりだ。集中力も消耗しているし、機体の冷却も必要だ」
「むっ、それは...」
「そんな手負いの相手に勝って、お前のプライドは満たされるのか? 『あのカチューシャ・オルロワは、疲れた相手を狙って勝った』...そんな噂が立ってもいいのか?」
その言葉は、プライドの高いカチューシャに効果てきめんだった。 彼女は「うっ」と言葉を詰まらせ、悔しそうに唸った。
「っ...わ、分かってるわよ! 冗談よ冗談!」
彼女はバッと顔を背け、腕を組んだ。
「ハンデなんていらないわ。万全の状態のあんたを叩き潰さなきゃ意味がないもの。...今日のところは見逃してあげる!」
どうやら助かったらしい。 僕はホッと息をついた。
「おい、1位」
ふと、背後から声をかけられた。 振り返ると、そこにはA組のクラスメイトたちが勢揃いしていた。 教室ではサンバを踊っていたり、喧嘩をしていた「問題児」たちだ。彼らの表情からは、最初の頃のような侮りや敵意は消えていた。
「やっぱすげぇな、お前」
ニカッと笑いかけ、僕の背中をバシッと叩いたのは、巨漢の男だ。
「あのミサイル弾幕、全部避けるとかマジかよ! 俺はジャックだ。よろしくな、スピード狂!」
「俺はガルシアだ! アミーゴ! 空でのダンス、情熱的だったぜ! 今度俺のサンバのリズムに合わせて飛んでくれよな!」
マラカスを持った陽気な男がウインクを飛ばす。
「ふん。美学はないが、機能美としては悪くなかった」
ナルシストのピエールが髪をかき上げる。
「あら、私は好きよ? 怪我したらすぐに解剖させてね」
マリアがうっとりと僕の体を見つめる(怖い)。
次々と差し出される握手、称賛の声。 どうやら、あの無茶苦茶な戦い方が、逆にこの「個性派集団」にはウケたらしい。
「1位さーん! お腹空いたでしょ! 肉まんあるヨ!」
どこからともなく現れたメイリンが、ホカホカの肉まんを差し出してくる。
「ありがとう。...あ、美味い」
「でしょー! 戦いの後はエネルギー補給が一番アル!」
和やかな空気の中、人垣が割れた。 そこから歩いてきたのは、先ほどの敗者――雪乃・スメラギだった。 彼女は悔しそうに唇を噛んでいたが、その瞳に陰りはなかった。
「...勘違いしないでちょうだい」
雪乃は僕を睨みつけた。
「今回は負けたわ。私の予測を超える無茶苦茶な機動だったもの。...でも、次は負けない」
「ああ。いい勝負だったよ」
「ふんっ。こっちの攻撃は一度も食らわなかった癖に...」
「まぁいいわ。これ、あげるわ」
彼女は「スポーツドリンク」を僕に投げ渡した。
「脱水症状で倒れられたら、リベンジできないから」
ツンケンしているが、どうやら彼女なりの「負けを認める挨拶」らしい。 カチューシャが「あー! 雪女がデレたー!」と茶化し、雪乃が「凍らせるわよ駄犬!」と怒鳴り返す。 いつもの喧騒が戻ってきた。
「やれやれ。...人気者は辛いね、レイ」
アーサーが隣で微笑んでいる。
「でも、これで君もA組の一員と認められたね」
「...そうみたいだな」
僕はクラスメイトたちの顔を見渡した。 戦闘狂、サンバ、ナルシスト、守銭奴、筋肉バカ...。 どいつもこいつも変人ばかりだが、実力だけは本物で、裏表のない連中だ。
「(...ま、悪くないか)」
僕はメイリンから貰った肉まんを頬張りながら、この騒がしくも心地よい「魔境」での生活を、少しだけ楽しみ始めていた。
こうして、波乱の入学初日と最初の決闘が終わった。 だが、これはまだ序章に過ぎない。 僕たちの前には、さらなる強敵と、学園の外に広がる広大な世界が待っているのだから。魔境の歓迎会




