第8話 ランチタイムと宣戦布告
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教室でのことだ。 担任のオットー教官が、連絡事項を終えて締めくくろうとした時、凛とした声が響いた。
「教官。質問があります」
手を挙げたのは、銀髪の少女――ランキング4位の雪乃・スメラギだ。
「なんだ、スメラギ」
「決闘についてです。あれは、いつ申し込んでも良いのですか?」
「あぁ、構わんぞ。お前たちに配布した携帯端末(PDA)があるだろう? そこの決闘申請フォームから相手を指定して送信すれば、即座に受理される」
オットー教官が胃薬をボリボリと噛み砕きながら答える。 すると、雪乃は氷のような瞳で、教室の後ろ――僕の方を振り返った。
「そう。...なら、ずっと気になってたのよ」
彼女は僕を指差した。
「1位。あなたと戦いたいわ」
その一言が、導火線に火をつけた。
「あぁん!? ちょっと待ちなさいよ雪女! 抜け駆けはずるいわよ!」
「そうだぜ! 俺だってあの99機撃墜が本当か確かめてぇんだ!」
「フフ、僕の芸術の最初の贄は彼だと決めている」
カチューシャが吠え、ジャックが机を叩き、ピエールが髪をかき上げる。 教室中が「俺がやる!」「いや私よ!」と、誰が一番最初に1位の首を取るかで大騒ぎになり始めた。
「(...うるさいな)」
僕は腕時計を見た。時刻は12時00分。
「(昼休みだ)」
僕は静かに席を立ち、喧騒の渦中にある教室の裏口から、そっと抜け出した。 彼らが誰と戦うかで揉めている間に、僕はもっと重要なミッション――「無料のランチ」を確保しなければならない。
廊下に出ると、他のクラスの生徒たちが休み時間を過ごしていた。 A組の教室から出てきた僕を見て、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
「おい、あいつA組から出てきたぞ」
「ってことは、あいつがA組の生徒か?」
「いやいや、まさか。あんなパッとしない奴が?」
「だよな。強そうなオーラもないし、ひょろっとしてるし」
「間違いねぇ、あいつは下位の補欠合格者だろ。俺でも勝てそうじゃん」
遠慮のない陰口が突き刺さる。 どうやら僕は、彼らの「エリート像」からは程遠いらしい。
「(...静かな場所はないのか)」
まあいい。目立たないのは好都合だ。 僕は雑音を無視して、食堂への道を急ごうとした。
「おや? レイじゃないか」
背後から、よく通る爽やかな声がした。
「一緒に食堂に行くだろう? 僕もご一緒していいかい?」
追いついてきたのは、金髪の貴公子――ランキング2位のアーサーだ。 その瞬間、廊下の空気が凍りついた。
「おい...今の聞いたか?」 「レイって呼んだぞ...」
「レイって、まさか...あの?」 「新入生ランキング1位の...」 「実技試験で99機撃墜した、あの化け物か...!?」
周囲の視線が、侮蔑から驚愕、そして恐怖へと一瞬で変わる。 「俺でも勝てそう」と言っていた生徒は、顔面蒼白で震え上がっていた。
「? どうかしたのかい? みんな静かになったけど」
「いや、なんでもない。行こう、アーサー」
僕は天然な友人を連れて、足早にその場を去った。
学園の大食堂。 ここは全校生徒が利用できる巨大なフードコートだ。もちろん、A組の特権ですべて無料である。 僕は大盛りの日替わりランチ(ハンバーグ定食)を確保し、アーサーと向かい合って席についた。
「ん...美味い」
「ふふ、君の食べっぷりは見ていて気持ちいいね」
平和な昼食。 しかし、その安らぎは唐突に破られた。
「ちょっと! あんた勝手にどこ行ってんのよ!」
「探したわよ! この逃亡者!」
ドカドカと足音を立てて現れたのは、雪乃とカチューシャだった。 二人は僕たちのテーブルの前に立ち、仁王立ちで睨みつけてくる。
「え? いや、お昼の時間だし、ご飯食べようと思って...」
「はぁ!?」
カチューシャが信じられないものを見る目で僕を見た。
「私たちが誰から決闘するかを真剣に決めてたのに、当の本人は優雅にランチですか。いいご身分ね!」
「...なんで僕が責められてるんだ」
理不尽だ。あまりに理不尽で泣きそうになる。 昼休みに昼飯を食って怒られるなんて、ブラック企業の社員でももう少し人権があるはずだ。
「まあまあ、二人とも。レイ君はお腹が空いていただけだよ。座りたまえ」
アーサーが優雅に椅子を勧めるが、雪乃はそれを無視して、冷徹に告げた。
「決闘する順番を決めたわ」
「順番?」
「ええ。話していても決まらないから、ランキングの上位から順に決闘していくことにしたの」
なるほど。合理的だ。 僕はハンバーグを飲み込み、水を一口飲んでから尋ねた。
「上からってことは...最初はアーサーか?」
「え?」
アーサーがきょとんとする。
「僕はパスだよ」
「パス?」
「ああ。せっかくだし、みんなが戦い終わってからでいいかな。僕は君たちの戦いをゆっくり見学させてもらうよ」
「(...こいつ、さては高みの見物を決め込む気だな)」
ニコニコしているが、食えない男だ。 となると、次は3位のメイリンだが...。
「メイリンさんは?」
「あの子なら、話してる間にどっか行ったわよ」
カチューシャが呆れたように肩をすくめた。
「『いい匂いがするネ!』って言って窓から飛び出していったわ。今頃どこかの屋台でも襲撃してるんじゃない?」
「...なるほど」
野生児すぎる。 つまり、2位はパス。3位は行方不明。 となると、順番は必然的に――。
「そういうことよ」
雪乃が、テーブルに両手をつき、至近距離で僕を覗き込んだ。 銀色の髪がサラリと揺れ、氷のような瞳が僕を射抜く。
「最初の相手は、ランキング4位。私、雪乃・スメラギよ」
彼女は懐からPDAを取り出すと、画面を操作し、僕の方へ向けた。
【決闘申請:雪乃・スメラギ vs レイ】 【日時:本日 放課後】 【場所:第3演習場】
「逃げないわよね? 1位さん」
「...食事中なんだけどな」
僕はため息交じりに端末を取り出し、承認ボタンを押した。
「分かった。お手並み拝見といこうか」
僕が答えると、雪乃は満足げに薄く笑った。
「後悔させてあげる。...大和の力、その身に刻みなさい」
宣戦布告。 周囲の生徒たちが固唾を呑んで見守る中、僕の学園生活初となる「決闘」の幕が上がった。




