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軽装歩兵アランシリーズ

新訳 軽装歩兵アランワールド トワイライトアンダーシェル

作者: ideafactory

 『ナチュレ』

 1000年以上前、多様な獣人族・人魚族が存在した。

 彼ら彼女らは、人類に異端者として迫害され、多くの獣人・人魚たちは地下や密林地帯の不法占拠バラックに身を寄せ合って過ごしていた。

 『ナチュレ』の多くはフランス・英国などヨーロッパ方面に集約され、それぞれの国で独自の地下経済を営み、彼ら彼女らは地上に出ることはなかった。

 1778年、産業革命期は蒸気機関の発達、自由市場経済システムや哲学思想が進化した年であり、まさに地球文明における産業と文化の変革期である。

 フランス・ソンムの地下、この時『ナチュレ』において2つの思想が誕生した。

 ゴリラの怪人ブルムバッハが主張した貴族による徹底した管理地下経済体制を維持する『貴族主義型管理経済』、ネコの怪人シオンが提唱した地上経済統合政策『シェルフリープラン』の2つである。

 『貴族主義型管理経済』は簡単に言うと、貴族が生産計画を立て、平民が食料や衣料などを貢ぐ前近代的なシステムであり、特徴としては「強欲の象徴」として貨幣の軽視と現物取引を主軸にした地下経済システムが特徴である。

 レッセフェール(自由放任主義)や重農主義(国の富は農業生産によってのみ生み出されるという思想)をガンであると断じて、徹底的に排除しているほか、『ナチュレ』平民の私有財産の保有を禁じ、人類への親密な交流・交易に関しても厳しく制限されるシステムで違反した場合には極刑に処される。

 さらに人類にとって理解に苦しむシステムの1つに「人類が密造酒を製造していた場合、3日以内ならその人類を殺害しても罪に問われない」という極めて暴力的な思想が掟として正当化されており、貴族の人類への蔑視と怨念、さらには貴族史上主義を極めた思想は『ナチュレ』貴族こそが絶対的な存在と知らしめるシステムであった。

 一方のシオンはこの思想を危険視し、地下経済の廃止という大胆な改革を推し進めた。

 地下経済の継続、貴族による絶対的支配の確立、人類との対立の長期化は『ナチュレ』を滅ぼすとして、彼は地上で得た知見に基づき『シェルフリープラン』を提唱し、平民からの高い支持を得た。

 『シェルフリープラン』は次の通りである。

 アダム・スミス氏のレッセフェール型市場経済モデルを通じた『ナチュレ』の富の追求、地下政府の廃止と地下経済の停止、任意による地上の移住推進と人類社会への統合を主張した。

 彼は人類との和解、『ナチュレ』の地下居住区から各国の司法に基づく移住を促進し、現物取引経済から貨幣経済への移行や『ナチュレ』平民の財産・資産に関する制限を固く禁止することを主張した。

 シオンは貴族制度の存在は『ナチュレ』の貧困化を誘発し、格差を生み出すとし、貴族制度の廃止を主張し貴族が独占している美術品を美術館での展示・競売にかけることを主張したほか、酒類に関しても段階的に自由化を主張するなどの大胆な改革案を提案した。

 『ナチュレ最高評議会』は紛糾した。

 特に貴族からの『シェルフリープラン』への反発はすさまじく、シオンは「蛮族の味方」や「我ら民族の敵」と非難される。

 「私は『ナチュレ』の民が一日でも永続できる社会を人類と創る必要がある。それは我々と彼らの共通の責務なのです!貴族の論理によって『ナチュレ』の富を管理する時代と決別し、誰もが健康で文化的な生活を過ごせる環境に移り住む。その第一歩が『シェルフリープラン』なのです!」

 このシオンの演説に平民のコミュニティのリーダーは賛同し、『貴族主義型管理経済』提唱者であるブルムバッハの取り巻きの貴族からは批判が飛び交うことになった。

 この時、ブルムバッハは笑みを浮かべながらシオンに持論を述べた。

 「シオン、貴族は長らく『ナチュレ』のコミュニティを支えた言わば柱、その貴族の解体を主張するのは逆賊とみなされても仕方ないですな。貴族たちは血気盛んでしてな。逆賊は掣肘せねばならないという大義があるのです。その大義を否定すれば、『ナチュレ』に禍根を残すことになりますな」

 「では地下経済を維持するのですか?」

 「貴族が地下経済を統べてこそ、平民の統治はうまくいくのです。貴族こそが経済であり『ナチュレ』そのもの、それを否定するのは逆賊の思想と受け取られても仕方ありませんな」

 「しかし貨幣を取りやめ現物取引を続け、平民には自給自足を強要し、非効率な生産計画を続けていれば、『ナチュレ』の富はいつか枯れることになるでしょう」

 「それは予測の範囲でしかありませんな。多少の供給が滞っても、各地で適当に食料を調達すれば、コミュニティは維持できる」

 「しかしそんな曖昧な予想で需要と供給の管理は・・・・・・」

 「そこを何とかするのが平民の仕事でしょう?」

 シオンは怒りを露わにした。

 「平民は貴族の道具ではないのですよ!我々を生きた屍にするシステムを運営して、それを批判したら逆賊呼ばわりとは何事ですか!」

 ブルムバッハは冷静に笑い、「あくまで一般論を述べたまでです。これを誹謗と受け取られては困りますな」と非難した。

 「我々は、軟弱な市場経済システムを徹底的に排除せねばなりません。市場におびただしい物資が入れば、我々の生活は大きな混乱をもたらし、『ナチュレ』の伝統を破壊するに違いありません。そうなれば『ナチュレ』の貴族が守り抜いた『ナチュレ』の伝統も歴史も否定されてしまう。それは貴族たちが最も忌避することなのです。人類がどんな新技術を持っていようと、我々は我々の道を行く。そして・・・・・・」

 ブルムバッハは30分に渡って弁舌を展開した。

 しかしシオンと平民のコミュニティの長たちにとってはブルムバッハの思想が適当な予測の範囲でしか語られていないことに薄々気づいていた。

 生産・管理計画が無責任なら運用も無責任なものであった。

 シオンは何を言っても無駄であるとし、『シェルフリープラン』をめぐる具体的な議論はブルムバッハの弁舌にさえぎられる形でやめた。


ー評議会閉幕後ー


 人魚族コミュニティの1つ『エリア・グリーンオーシャン』のシトレは評議会閉幕後、密室にシオンを呼び出した。

 シトレは頭を抱えた。

 「最早、『ナチュレ』は機能不全になってしまっている。これは子供たちにとっても不幸なことだ」

 シトレの暗い表情からあきらめの感情が露わになっていた。

 「あまり言いたくはないが、もし貴族たちがコミュニティを徹底的に管理するようになれば、我々は餓死者を大量に出すだけでなく、人類にいつか滅ぼされるだろう。本音を言えば、主戦派貴族たちが早く退場してほしいところだ」

 「シトレ代表、希望を捨てないで」

 シオンは落ち込むシトレを励ます。

 「ありがとうシオン、だが彼らの躍進を許せばどうなる?主戦派はつけあがり、いずれ暴走し、すべての『ナチュレ』コミュニティを谷底に転落させることになるぞ」

 「それでも、僕たちはこの地下経済に区切りをつけなければ、このままではじり貧は確定です」

 「そうだな、君の言う通りだ。だが最大の壁はブルムバッハ、彼はいかん」

 「ええ、ブルムバッハは『ナチュレ』の富を長期的に棄損する最悪の思想を受け継いでいます」

 シトレは苦笑いを浮かべ、「最強の対抗軸がいるからね」と返す。

 「対抗軸?」

 「君のことだ。君はそう思ってなくても、ブルムバッハは君の思想と権力の喪失を恐れている。彼は富と権力の独占のため弁舌をもって自らの論理を正当化し、反対派を逆賊と呼び、自分ら貴族をえらく見せようとしているが、彼らには『ナチュレ』の富を管理する才能はない」

 シオンは笑いながら「人類も含め、富を完全に管理する才能は誰にもありませんよ」と返す。

 「君らしいな。君は権力と武力を蔑視している。それが君の良心でもるが」

 「私は自分もその周りをじり貧にしたくないだけです。ブルムバッハよりもっと大きいものと闘わなければ」

 「かなりきついぞ。君も聞いているが、ブルムバッハは人類報復のため『自走蒸気機関』の製造を急いでいるとの話もある。我々の技術を絶対的正義と謳っていたが、それが軍事に優先的に回されるとはね・・・・・・」

 シオンは表情を険しくして「僕は自分のできることをします」と宣言する。

 「気をつけろ。ブルムバッハら貴族は君を裁判にかける気はないぞ」

 「ええ」

 シオンは嫌な予感を感じていた。

 それはシトレも同じであろう。


ー評議会開催から2日後ー


 『ナチュレ』に衝撃のニュースが飛び込んできた。

 シオンは死亡した。

 下級貴族フォークによってマスケット銃で殺害されてしまう事件が起きた。

 懸命の救急医療もむなしく、彼はこの世を去ってしまった。

 これ以降、シオンの『シェルフリープラン』支持派は急速に勢いをなくし、ブルムバッハら貴族コミュニティを躍進させてしまう最悪の事態へと流転した。

 そしてシオンの死から間もなくしてブルムバッハは『ナチュレ』のリーダーになった。

 ブルムバッハの演説に誰もが恐怖した。

 「我々は、平民の過激思想を掣肘することに成功した。英雄フォークが正義の鉄槌を下したのだ。もはや、彼の『シェルフリープラン』と呼ばれる軟弱な思想は形骸となり、その周りの支持者も形骸となっていった。あえていうなら、もはやカスであると!ついに『ナチュレ』は軟弱な自由経済思想から脱却し、我ら貴族が『ナチュレ』の伝統を守ることになる!より強力で、より人類のクズどもを超越した存在になるのだ!この母なる大地に自由市場主義者と人類の居場所がないことを今度こそ思い知らせてやるのだ!」

 『ナチュレ』貴族のコミュニティの弾圧、フランス・英国を中心とした爆破テロや要人暗殺、これは『ナチュレ』平民と人類に暗い影を落とした。

 ブルムバッハは恐怖の神となった。

 人類への迎合を画策するコミュニティを武力で弾圧し、協力した人類を地下に拉致し公開処刑するという鬼畜の所業に人類は恐れ、『ナチュレ』への干渉を取りやめた。

 極秘裏にブルムバッハのコミュニティから独立しようとする集落に食料や医薬品を極秘裏に提供し、ブルムバッハへの反発を誘発するよう英国・フランス政府も動いたがブルムバッハ側は物資を徹底的に破壊し、協力した人類を公開処刑してしまう他、反発した集落を毒ガスで弾圧・虐殺してしまう。

 ブルムバッハの論理が、人類と『ナチュレ』平民に暗い影を落とした。

 苦く、先の見えない夜明け、『ナチュレ』貴族支配という隷属の終焉は、いつ訪れるかはわからない。


キャラクター


シオン


 『ナチュレ』獣人族のコミュニティ『カウォン』の長。

 人類との和解・経済統合政策『シェルフリープラン』の立案者。


ブルムバッハ


 『ナチュレ』貴族で『貴族主義型管理経済』の提唱者。

 人類を蔑視している貴族。

 ゴリラの怪人、アルスバッハの先祖にあたる。


シトレ


 人魚族のグループ『グリーンオーシャン』の長。

 穏健派の人魚。

 人魚の怪人、プリアの先祖にあたる。


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― 新着の感想 ―
差別され地下で暮らす獣人族・人魚族のナチュレという設定から彼らがどのような社会を築いているのか興味を惹かれました。ブルムバッハの貴族主義型管理経済とシオンのシェルフリープランという対照的な思想の衝突が…
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