第8話:動き出す真実
照明が落ちた体育館に、静寂が降りる。
観客たちは息を呑み、スクリーンの暗闇を見つめていた。
ザザ……という微かなノイズとともに、ゆっくりと画面が明るさを取り戻す。
映し出されたのは、無人の夜の校舎だった。
その瞬間、映像の上に言葉が浮かび上がる。
『これは、記録であり、警告である。 映像の中で起きていることは、すでに現実で進行している。』
映し出されたのは加瀬 柚葉。
「これは録画です。この映像はもし、私がいなくなった時のために残しておく」
彼女の表情はこわばり、手にはスマホが握られている。
「私の父は先日の銀行強盗事件で犯人に怪我を負わされて、その時犯人も怪我をしたみたい。……その頃から自宅周辺に不審者が現れて、一ノ瀬くんになんとかするって言われて、いまここの校舎にきてる。でもあのあと一ノ瀬くんは消えてしまったし――あ、藤井くん!こっちこっち。ここであってるよね」
画面に藤井が入ってくる。「なんだ、録画撮ってるのか?」
「うん、何かあった時のためにね」
柚葉の言葉に、藤井は真顔になる。
「……見ろ、これ。時限装置だ」
「それ、なに?」
「さっきいくつか解除してきた。でも……まだ、全部じゃない」
「じゃあ……まだ校舎に爆弾が!?」
そのとき、背後に影が映る。
柚葉の悲鳴とともに、画面が途切れる。
映像は切り替わる。
今度は東照宮 茜。
「私の机にいたずらをしたやつ、捕まえてやる……」
夜の校舎。彼女はスマホのライトを手に、人気のない廊下を進んでいた。
そのとき、足音。慌ててライトを消し、茜は柱の陰に身を潜める。
机が軋む。誰かが、それをゆっくりと運んでいる。
(……ここは映画部の前?)
不意にそんな考えがよぎるが、次の瞬間――背後から忍び寄る影。
映像は、そこまでだった。
そして、画面が再び光を取り戻す。
狭く無機質な部屋。
茜は汗をにじませ、ベッドの端に座っていた。
「夢なら、醒めてよ……早く……」
額を押さえながら、彼女は壁を見つめる。
一枚のポスター。利府町の観光名所『馬の背』だ。そこに違和感を感じ、手を伸ばす。
ポスターの裏には鍵が貼りつけられていた。指先が触れた瞬間、小さな音とともに外れる。
カチリ。
震える手でその鍵を差し込むと、錆びたドアが軋みながらゆっくりと開いていく。
その先に広がっていたのは、満月の光を受けて揺れる――夜の海だった。
波の音が、現実を静かに叩くように響いていた。
カメラが引く。
船上に倒れている一ノ瀬。
その手には、赤く点滅する装置。
『17:45』
『警告:文化祭当日 17:45 校舎に近づかせるな』
その警告と同時に、体育館の照明が完全に落ちる。
重い沈黙。
そして、ステージ上。
スクリーンが上がった暗闇の中から、――『あの机』が姿を現す。しばらくの沈黙。
次の瞬間、爆発音が響いた。
閃光、煙、悲鳴。誰かが叫び、誰かが座席から転げ落ちる。
「全員、落ち着いて!速やかに避難を!」
「出口は体育館の後方と側面、先生の指示に従って!」
教師たちの怒号と誘導の声が、混乱の中に響き渡る。
誰かが泣き叫び、誰かが立ち上がれずにうずくまっている。
だが、その混沌の中でも、秩序を取り戻そうとする人々の姿があった。
体育館の隅、街のPR企画担当である男性が呆然と立ち尽くしていた。
「おかしいな……旅客船の甲板から花火が打ち上がって、『動く机』のネタバラシになるはずだったのに……」
隣の教師が青ざめた顔で問いかける。
「……これ、本当に文化祭の演出なんですか?」
その混乱の中で、伊達 悠真はただ一人、目を細めてスクリーンと舞台を交互に見つめていた。
(……あの夜の海、どこかで……。)
脳裏に浮かぶ、塩釜の港。
マリンゲート。
(あれは、今起きてる出来事だ……!)
時刻は、17時30分。
立ち上がり、椅子を蹴るようにして通路へ走り出す。
煙が漂う中、彼は扉を突き抜けた。
自転車に飛び乗り、マリンゲートへ向けて走り出す。
まるで時間が止まったかのように、必死にペダルを踏み込む。
そのとき――遠くから、爆発音。
振り返れば、校舎から煙が上がっていた。
時刻は、17時45分。すでに、避難は終わっていた。
物語は、次の幕へと進む。