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第6話:潮風と謎の断片

 潮風が、心地よく吹き抜ける。


 伊達 悠真は、マリンゲート塩釜のデッキにある小さなカフェのテラス席に腰を下ろしていた。

 目の前には、透明なグラスに注がれたアイスコーヒー。陽に照らされ、氷の表面がかすかに溶けていた。


 遠くから、観光船の汽笛が鳴る。

 誰かが笑う声、カモメの鳴き声、潮の香り。それらすべてが、日常の風景の一部として、穏やかに流れていく。


 だが、その静けさの中で、伊達の脳裏はざわつき続けていた。


(……整理しよう)


 テーブルの上には開いたノートとボールペン。

 スマホのメモ帳には、いくつもの短い行が並んでいる。『動く机』と、その周囲で起きた失踪事件に関する断片的な記録だ。


(まず、最初にいなくなったのは一ノ瀬だ。月曜日の放課後。誰も目撃してない。ただ、翌朝の机のズレに気づいた先生が騒ぎ始めた)


(次に、柚葉と藤井。目撃証言あり。火曜日の夜、図書館前で机を動かしていた。そのあと、旧校舎の方へ――以降、音信不通)


(そして、水曜日の朝。茜。……あいつも、急に姿を消した)


 コーヒーをひと口。喉を通る冷たさが、思考を引き締める。


 目を閉じて、脳内で失踪者たちの顔を順に思い浮かべる。


(一ノ瀬。常に冷静で、言葉を選ぶやつ。何かを抱えてるとは思ってた)


 口調も、態度も。いつだって一歩引いた位置から物事を見ているような雰囲気があった。だが今思えば、それは『俯瞰していた』のではなく、『背負っていた』のかもしれない。


(柚葉。見た目はおっとりだけど、芯が強そうな感じ……藤井とは、接点がなさそうに見えたのに)


 ふたりは演劇部の裏方。普段、目立たない。けれど、同じタイミングで姿を消した以上、何らかのつながりがあるはずだ。


(そして……茜。まさか、あいつまで巻き込まれてるなんて)


 文化祭実行委員。頼れる存在で、正面から物事に向き合うタイプだった。

 彼女まで消えたことで、伊達の中の『これは偶然じゃない』という直感が確信に変わった。


 そのとき。

 隣の席で新聞をめくる音がした。


 伊達はなんとなく視線を横に向ける。

 風に揺れた紙面の見出しが、ちらりと目に入る。


『逃走中の銀行強盗犯、依然未確保』

『先日の宮城県内での事件。対応にあたった警察官の一人が重傷を負い……加瀬巡査部長(42)が入院中』


(……加瀬?)


 一瞬で、脳裏に浮かぶ名前があった。

 加瀬 柚葉。


 見間違いではない。彼女の苗字と一致している。


 伊達はノートの隅に、その名前を改めて書き出した。


『加瀬 柚葉』『加瀬 巡査部長』


 指先がぴたりと止まる。胸の奥が、じわりとざわついた。


(まさか……)


 記憶を掘り返す。出席番号、名札、委員会の名簿……確かに、彼女の名前は『加瀬』だった。

 警察関係者との血縁。兄か、父か、それとも──


(偶然……か?)


 だが、心の奥で何かが告げていた。

 これは偶然じゃない、と。


 視界の端で、カフェの旗が風に煽られてバサリと大きく揺れた。


(もし、『加瀬』という苗字に意味があるとしたら……)


(柚葉の家族が、銀行強盗事件に関わっている?)


 その仮説が事実だとしたら、すべてが変わる。

 一ノ瀬は、そのことを知っていたのか?

 知ったうえで、柚葉と藤井を巻き込んだのか?

 それとも──守ろうとしていたのか?


(……わからない。でも)


 伊達は、グラスを静かにテーブルへ戻した。


 もう『学校の謎』では済まない。

 文化祭、机、失踪、生徒たち。

 それらの背後に、もっと大きな『何か』が潜んでいる。


 自分のすぐそばで。


 港の風が一層強く吹いた。

 空には、薄い雲がゆっくりと流れていた。


 伊達は立ち上がり、スマートフォンを手に取る。

 指が自然と『連絡先』の項目を開く。


(……確かめる必要がある。柚葉の『加瀬』という苗字。あの警察官との関係を)


(そして、一ノ瀬が――なぜ、あんな行動に出たのか)


 スマホの画面が陽光を反射して一瞬白く光った。

 伊達はそれを見つめながら、決意のようなものを胸の奥で結んだ。


 ふと、ある名前が目に入った。

 『西川 千晶』――柚葉の親友で、同じクラスの女子。


(……何か知ってるかもしれない)


 伊達は、迷いなく通話アイコンをタップした。

 数回のコールののち、呼び出し音が静かに響く。


(頼む、出てくれ……)


 潮風に吹かれながら、伊達は画面を見つめ続けた。



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