第4話:導かれる鍵
翌日。
伊達 悠真は、生徒会室にひとり残っていた。
他の委員たちは、教室で文化祭の準備に追われている時間だ。
静まり返った室内で、彼は広げた書類とにらめっこしていた。
──姿を消したのは、一ノ瀬だけじゃない。
伊達が気にしていたのは、一ノ瀬の失踪だけじゃなかった。
(あの二人……たしか、演劇部の照明と音響担当だったはず)
文化祭の進行管理を任されていた伊達にとって、各部活動の人員配置はすでに頭に入っている。
だが、連絡が取れなくなった名前が二つ、彼の記憶に引っかかっていた。
『加瀬 柚葉』と『藤井 達也』──。
どちらも演劇部の三年生で、文化祭では裏方に徹していた。
照明と音響。決して目立つポジションではないが、舞台の成否を左右する重要な役割だ。
だからこそ、すぐには不在に気づかれなかった。
(裏方だからって、誰にも知られず消えていいわけじゃない)
伊達は手元の資料に目を落とす。
生徒会が管理する出席簿と、各部から提出された文化祭の担当表。
淡々とページをめくる指先が、ある記述でぴたりと止まる。
──最後に確認されたのは、三日前の放課後。
──翌朝には『体調不良で欠席』と担任から報告。
──以降、音信不通。家庭からの連絡も詳細は不明。
(親が隠してる? いや、『言えない』状況ってことか)
彼らが消えた日。
同じ頃、一ノ瀬が目撃した『スーツ姿の男』の存在。
もしその人物と彼らが接触していたとしたら──。
『東照宮 茜』の名前が、ふと脳裏をよぎる。
文化祭実行委員。全体の進行を担っていたはずの彼女も、突然の失踪を遂げていた。
理由は不明。しかし、加瀬と藤井が消えた時期と一致している。
(この三人に共通点があるとしたら? そして、一ノ瀬はなぜ彼らと共に姿を消した?)
伊達はポケットからスマートフォンを取り出し、誰にも共有していないメモアプリを開いた。
画面に表示されたのは、彼が整理していた『消失者リスト』。
【消失者リスト】
・東照宮 茜(文化祭実行委員)
・加瀬 柚葉(演劇部)
・藤井 達也(演劇部)
・一ノ瀬 圭(映画部部長)
共通点:
・三年生
・文化祭の中核を担っていた
・失踪前に放課後活動があった
・『外部の人物』と接触した可能性あり
(偶然じゃない。これは……明確な『行動』だ)
一ノ瀬に関しては、本人の意思で動いている気配がある。
けれど、加瀬と藤井は? 東照宮の失踪も、偶然とは思えない。
(全員が自発的に姿を消したのか? それとも、誘われた……?)
伊達は立ち上がり、静かにジャケットを羽織る。
目指すは、校舎裏の備品倉庫。
──一ノ瀬が最後に『何かを見つけた』とされる場所。
ドアノブに手をかけた瞬間、胸ポケットの重みに気づいた。
そっと指を差し入れると、小さな金属の鍵が指先に触れる。
──文化祭用備品倉庫の鍵。
(なぜ……俺が持ってる? 入れた覚えなんて……)
記憶にはない。だが、確かにそこにある。
しかも今、まさにこのドアを開けるために必要な鍵だ。
(タイミングが良すぎる……)
それは偶然のようでいて、どこか意図を感じさせる違和感だった。
まるで『進め』と背中を押す、誰かの意思。
伊達は一度だけ深呼吸し、ドアを開けた。
ひんやりとした空気が頬をなでる。
普段は滅多に入らない空間に、わずかに埃の匂いが立ち込めている。
彼の足は自然と奥へ向かっていた。
あの机に、再び辿り着くために。
静まり返った校舎の片隅で、音もなく、何かが動き出そうとしていた。
そしてそれは、伊達の中でも同じだった。
(……行くしかない)
この謎を解くことができるのなら。
あの四人を──失踪した友人たちを見つけ出せるのなら。
それだけが、今の自分にできる唯一のことだった。