リズ・ライト
リズ・ライトはその紅色の髪の毛を途中までかきあげ、諦めたように手を離した。
鏡に映る自分を見つめながら、未練がましく指先に毛を巻き付けてみるも、やはりしっくりこない。
凡庸で地味な女。それが自分だ。
こちらを見つめている薄紫色の瞳を覗き込めば、純真で真面目だけど、それ以上に気が弱く優柔不断な性格がありありと顔に現れていて、リズはすぐに自分から目をそらした。
見たくないものは、見ないふりをする。
それが24年間の人生で得てきた学びだ。
夢想の時間の終わりを告げるように、ぞろぞろと女性研究員達が化粧室に入ってくる。楽しそうな笑い声をあげ、リズとは住む世界が違うのだと知らしめるようにキラキラと輝いていた。
その内の一人、栗色の髪の毛を輪郭になぞって柔らかくカーブさせた女が、リズの姿をみとめゆっくりと近付いてくる。緊張で固まったリズの全身を上から下まで眺め、怯えた猫をなだめるように優しく声をかけた。
「リズさん。昨晩の報告書がまだ提出されていないって、室長が言っていたけれど……?」
全身に冷や水を浴びせられたかのように、リズは血の気が引いていくのがわかった。
「あ、あの、すみません……まだ書き終わっていなくて……」
「私に謝る必要はないわ。ただ早く提出しないと、室長が困るかと思って」
「はい…その通りです……」
これ以上ないほどに縮こまって俯くリズを可哀相に思ったのか、高いヒールを履いていた彼女は腰をかがめ、リズと視線を合わせてにっこりと微笑んだ。
「ジンには私から言っておくから、大丈夫よ」
どんな悪魔でさえも一瞬で虜にしてしまいそうな魅力を目の当たりにし、リズは真っ赤になりながら頷いた。
──こんな人が恋のライバルだなんて、絶対に勝てっこない。