第7話 錬金術
食事から戻って一時間後、約束通りクララが迎えに来てくれた。私達は中広間へと案内を受け向かう。部屋に入ると、エレノーラがすでに準備を整え待ってくれている。
「おお、来ましたねタクト。待っていましたよ。こちらへ」
私達に気付いたエレノーラが手招きする。広い石造りの部屋。クララは一礼して部屋を出ていく。私はエレノーラのもとへと向かった。
これから魔法を教わると思うとワクワクしてくる。
「では、始めましょう」
「はい。よろしくお願いします」
「それではまず、魔法と錬金術、どちらから教えましょうか?」
「では錬金術をお願いします」
私にはある思いがあり希望を決めていた。
「そうですか。わかりました」
エレノーラの講義が始まる。
「錬金術とは端的に言えば『望むものを作り出す』技術です。術を発動する方法は二つあります。一つは触媒となるものを用意しそこから作り出す方法。もう一つは無から有を生み出す方法です」
「無から、ですか?」
「そうです。ただしそれには高度な技術が必要となります。たゆまぬ鍛錬と試行錯誤の末に習得できるのです」
「なるほど」
だが習得できればかなり様々なことができそうだ。思っている物も作れるようになる。
「ご指導お願いします」
「わかりました。それでは原理から……」
エレノーラは原理から丁寧に説明してくれた。その内容は想像を絶するものだったが、不思議と頭の中に定着していった。
「これは……すごいな」
初めて知る知識ばかりなのに、頭の中ですべてがつながり理解されていくのを感じた。講義が一通り終わり、私は実践することになった。
「まずはこの簡単なものからやってみましょう」
エレノーラは用意した素材をもとに術の見本を見せてくれる。素材から見事なティーカップが出現する。
「おお! こんな事ができるのか」
「これをやってもらいますね」
「え? 無理ですよ」
「先ほど教えた通りにやってみてください」
私はエレノーラから教わった通り、目の前の素材に集中した。しばらくすると、素材が動き出し形を成していく。やがて無地の白いコーヒーカップが出現する。
「おお! これはお見事ですわ」
エレノーラの叫びに思わず目を開けた私は、目の前に現れているカップを見て驚く。
「できたのか!?」
「ええ、素晴らしいですわ! こんな早くできてしまうなんて。天才ですわ」
エレノーラの称賛に少し照れながらも、術が発動したことが信じられなかった。
「本当に私がやったのか……」
「間違いありませんわ。私が見ておりましたので。なかなか筋があるようです」
これで色々な可能性が広がってきた。なぜできたのかはわからないが、今はそれを考える時ではない。
その後も様々な触媒を通して望む物を生成できた。
「触媒の方はこれだけできれば問題ないでしょう。では、無からの錬金に移りましょうか」
いよいよ待望の無からの錬金。きっと大変だろうが、習得すればやりたい事ができるようになる。
「よろしくお願いします」
エレノーラが術の構えを取る。
「この術は難度が高いです。私も大したものは出せませんが、やってみますね」
エレノーラはそう前置きすると集中して術を発動する。少しすると前に光が現れ、小型の木のテーブルが数個出現する。
「すごい! 本当にできるなんて。しかもこんなにたくさん」
「私は正式な術者ではありませんので、このくらいのものしかできませんね」
いや、それにしてもすごすぎる。私は疑問に思ったことがあり、質問してみる。
「これってどこか現実にあるものを呼び寄せたのではないのですか?」
「いえ、違いますね。それは別の魔法がありますから。現象としては似ていますが、原理がまったく異なります」
その後エレノーラは詳細に説明してくれた。私はより理解を深めることができた。その後昼食と休憩をはさみ午後の講義に臨む。
「さあ、理論はここまでにして、実際にやってみましょうか」
「わかりました」
私はエレノーラから教わった通りに術の発動を試みる。だが今回はすぐには発動しなかった。まあ無理もない。集中して何度も発動を試みる。そのうち体中にコツのようなものが流れてくるのを感じた。
私はさらに具体的にイメージを深める。二十分以上試行錯誤を繰り返していたが、脳内に術のイメージがあふれ出し、ついに術が発動する!
手の先から光が現れ、エレノーラが出したテーブルに薄茶色の粉が出現する。
「おお! 発現しましたね。この粉は一体?」
私も術の発動を確信して目を開け、不思議そうに見ているエレノーラに説明する。
「これは岩塩の結晶です」
私はそう言うと、粉を少し手に取り舐めてみる。程よい塩辛さとミネラル成分が口の中に広がる。
「間違いありません。舐めてみてください」
エレノーラは粉を指でつまみ口に含む。表情がパッと明るくなる。
「確かに塩ですね! しかも美味です。こんな味初めてですわ」
「ええ。イメージ通りの物を出すことができました」
まさしく錬金術だった。私は成功したのだ。
「この短時間で成功させるなんて、素晴らしいです! こんなに早く習得したのはタクト以外にいませんでしたわ」
「そうなんですか。エレノーラさんの教えがよかったからですよ。これで色々できそうですね」
一度コツを覚えると占めたもので、その後も砂糖やコショウなどの調味料を出したり、鉄製のふたとガラス製の小瓶を出したりしてみた。
「すごいですねタクト。今度は何を出したのですか?」
エレノーラはずっと目をキラキラ輝かせながら私の訓練に付き合ってくれた。
「このような貴重なものをいくつも出すことができるなんて、筋がよすぎですわ! それになんという発想力。素敵です」
彼女は私の所作をべた褒めしてくれる。出すものすべて新鮮なのだろう。
「これで料理の味を変えてみたいと思っているのですが、まだ大量に出すことは出来ないですね」
「ああ、それでしたら……」
私の悩みにエレノーラは量の調節について、懇切丁寧に説明してくれた。とても分かりやすく、程なくして私は大量の調味料を樽に貯蔵することに成功していた。
こうして私は前の世界で普通に使っていた調味料を十数種類出現させた。食事の料理に使ってもらうようエレノーラに託す。
「こんなにたくさんのものを感謝します。私が責任をもって料理長に届けておきますね」
「よろしくお願いします」
これで明日から料理の味が変わるはずだ。楽しみに待つとしよう。
「錬金術に関しては今日はここまでとしましょう。明日からも続けて時間を取りますわ」
「わかりました」
錬金術、かなりの収穫だった。気が抜けたのか、ここにきて急に疲労感が出てくる。気づけばもうすぐ日が暮れそうだ。
「慣れない術をここまで駆使して、さぞお疲れでしょう。休憩してくださいね」
「ありがとうございます、エレノーラさん」
休みが取れることに私は安堵した。
「そうですねぇ…… 夕食が済んでから魔法の講義にしましょう。覚えてもらうことが山ほどありますからね」
エレノーラはにっこり微笑んで答える。その何気ない反応に、私は何故か背筋が凍る感覚を覚える。
その時はまだ、私は知る由もなかった。その違和感の正体を。
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