第61話 戦友との別れ、そして魔王軍討伐への始まり……
翌日の朝、私はミレーヌと落ち合い、勇ましき翼の会合へと向かった。他のメンバーはすでに冒険者ギルドに集合しており、私達が最後だった。
「ミレーヌ、ちゃんと紹介するから安心して」
「ありがとう。よろしく頼むわ」
私達は少し重い木製の扉を開けて、部屋の中へ入っていった。
そうして冒険者ギルド二階の奥に予約した勇ましき翼の作戦部屋に、一日ぶりに私達は揃った。
会合の冒頭、私は昨日王城で決まった結果をみんなに説明した。各々が信じられないという表情に変わり、重々しい空気が流れる。
「……本当に行くつもりなの? 本当に?」
最初に口を開いたのはカーラだった。眉をひそめ、短い青灰色の髪をかき上げながら、じっと私のことを睨んでくる。
「……ああ。国王陛下の勅命だ。誰も拒めなかった」
言葉にするたびに、胸の奥が軋んだ。だがカーラは、私の決意を飲み込めないままだった。
「国王だろうが何だろうが関係ないじゃない! タクトがいなくなったら、私、どうすればいいのよ!」
カーラの声が震える。
「あの時ギルドのテーブルで落ち込んでいた私に声をかけてくれて……タクトがいたから、私はここまで来られたんだよ――」
カーラの目にうっすらと涙が滲む。
「私だってずっとみんなと一緒に戦っていたかった……今もその思いは変わらな……」
「ふざけないでよ!」
私の言葉を遮ってカーラは机を拳で叩いた。
「そんなの認めない。認めないんだから!」
カーラの怒りが部屋中を満たし、しばし時間が止まるような感覚に包まれる。
だがそんな重い空気を切ったのはアーノルドだった。
「タクトの役目だ。俺達が止めても、無駄だろう……」
低い声で、しかし静かに諭すように言った。
「……俺も悔しいが、どうしようもないな」
グレッグも短く続ける。
「だが、お前の穴を埋める奴を連れてきたんだろう? その女性か?」
「ああ」
俺は隣のミレーヌに目を向けた。
「――紹介するよ。彼女はミレーヌ。勇者パーティーでイグノールさん達と一緒に戦ってきたハイヒーラーだ。腕も覚悟も確かだ。何より――信頼できる仲間だ」
「えっ!?」
アーノルドがピクリと反応する。
重い空気の中、ミレーヌが一歩前に出る。
「ミレーヌです。未熟なところもありますが……。タクトさんから引き継いだことは、必ずここで活かします」
カーラが涙を隠すように目をそらし、ちらりとミレーヌを睨んだ。
「……勇者パーティーから来たからって、こっちでもやっていける保証はないわよ」
ミレーヌは一瞬だけ息を呑んだが、すぐにまっすぐカーラを見返した。
「覚悟はできています。あなたたちを、必ず支えます」
カーラが口を尖らせ、ふっと鼻でせせら笑った。
「……生意気な顔しちゃって。気に入らないわね……。あんたなんかにタクトの代わりなんて無理なんだから!」
カーラが全身を震わせ激高する。
「もうやめないか、カーラ! いい加減にするんだ!」
「!!」
彼女を制止したのは意外にもアーノルドだった。
「貴女があのミレーヌ=サフラージ様ですか? ……いや、確かに間違いなさそうですね。なぜこんな弱小パーティーに貴女ほどの方が?」
アーノルドは少し興奮気味に尋ねる。
「私の事を知っているの?」
「ずっとあなたのファンでした……。まさかこのような日が来るなんて……」
先ほどとは違いアーノルドの声が上ずっている。
「おいおいアーノルド……」
アーノルドの肩に触れ落ち着かせると、グレッグがゆっくりミレーヌに近づく。
「俺も構わないぜ。こんな美しい人が加入するなら、大歓迎さ!」
アーノルドの表情が普段の女好きの時に戻っている。
「そ、それはどうも……」
ミレーヌは彼らの態度に困惑気味のようだ。
「何よ二人共! ……まあいいわ。それでも許せないのはタクト、あなたなのよ!」
カーラが再び私の前に立つ。私の両腕を掴んで声を張り上げる。
「……帰ってくるのよ。ちゃんと。勇者パーティーなんかに食い潰されて帰って来れないなんて、許さないんだから……!」
彼女の必死の懇願に私は言葉に詰まり、必死に頭の中で紡ぎ出す。
「カ、カーラ……ああ。必ず帰る。必要なら連絡してくれれば分身体をそちらによこすよ」
アーノルドがこちらへ歩み寄って私の肩を軽く叩き微笑む。それを見てグレッグが短く頷き声を上げる。
「――行け、タクト。このグレッグ=ランデールが親友として、今日限りで【勇ましき翼】脱退を認める。だからここは心配するな」
それを聞いてミレーヌが小さく頭を下げた。
「タクトさん……私、必ず勇ましき翼の一員として、皆さんを守ります。ここで改めて誓います」
さっきまでの自信のなかったミレーヌの目に確かな光が宿っている。
「……頼んだよ」
「ええ。……昨日からここまで色々ありがとう。イグノール達のこと、よろしくね」
「ああ……」
私は何とか言葉を絞り出した。
「みんな、こんな形で出て行くことになって済まない。……本当に申し訳ない」
深々と腰を折り頭を下げる。それ以上はもう何も言えなかった。
頭を上げるとくるりと向きを変え、振り払うように扉へと向かった。
扉の前で頭だけ振り返ると、赤く潤んだカーラの目だけがじっとこちらを見ていた。
◇ ◇ ◇
思えば――
あの日の別れが、静かに私の心を軋ませていた。
その痛みが、私に戦場に立つ理由と覚悟をくれた。
私はもう迷わない。
皆の思いを胸に、この身で魔王軍に挑む。
『冴えない社畜、異世界で最凶聖女に地獄指導されて魔王軍に挑む』――完
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最後までお読みいただきありがとうございます!
本作は一旦、日比谷拓人の異世界転移物語としての【第一部】として完結いたします。
この後、少しお時間を頂いた後、第二部として新連載をスタートさせる予定です。
その時はぜひ、お読みいただければと切に願っております。
本作でやり残したことは次回作でやり遂げる予定ですので、ぜひその目で確認してくださいね。
ここまでお付き合いいただけたこと、本当にうれしく思っております。誠にありがとうございました。




