第60話 勇者パーティーとの対面
イグノールの転移魔法で、私たちは瞬く間に立派な木造三階建ての家の前に降り立った。陽光を受けて光る漆喰の白壁と、重厚な木の梁が遠目にも立派さを物語っている。
門の脇には小さな庭があり、色とりどりの花が風に揺れているのが目に入った。
「ここが我が家だ。活動拠点は別にあるが……今日は特別だから、皆をここで待たせている」
「そうなんですね。それにしても……立派な家です! 本当に壮観です」
思わず感嘆の声が漏れると、イグノールは少し得意気に笑った。澄んだ青空を背に、その笑顔がよく映える。
「ハハハ、勇者特権というやつだよ。国から支給されたんだ。気に入ってくれたなら嬉しいね」
玄関扉は分厚い木でできており、重厚な真鍮の取っ手が鈍く光っている。私とエレノーラ様はイグノールに導かれ、靴音を軋ませながら中へと足を踏み入れた。
「失礼します……」
通されたのは、天井が高く広々とした大部屋だった。壁には暖炉が据えられ、床には分厚い絨毯が敷かれている。窓から差し込む光が、大きなテーブルの上に置かれたティーセットを照らしていた。
そこに勇者パーティーの面々が勢ぞろいしていた。救出の時以来の顔ぶれ――空気に張り詰めた緊張感が漂う。
「みんな、待たせたな」
イグノールが一歩進み、私とエレノーラ様を紹介する。
「こちらがタクト殿と聖女エレノーラ様だ。タクト殿は国王陛下のご承認をいただき、我々の新たな仲間として加わってくれる事となった」
「おおっ……!」
集まった面々の視線が一斉に私に注がれた。私は胸の奥が熱くなるのを感じながら、深く頭を下げた。
「タクト=ヒビヤです。今日からお世話になります。どうぞ、よろしくお願いします」
「……エレノーラです。救出の時以来ですね。こうしてまた顔を合わせられて、何よりです」
エレノーラ様の声が柔らかく部屋に響くと、イグノールは即座に深く頭を下げた。
「エレノーラ様、あの時のご尽力……我々一同、改めて深く感謝いたします」
他の仲間達も揃って頭を下げる。すると、一人の女性が我慢できないようにエレノーラ様へ駆け寄った。
「エレノーラ様……!」
彼女は涙ぐみながらエレノーラ様に抱きつき、ブロンドの髪に頬を埋めた。
「本当にありがとうございました……! お陰で、こうして……こうして、もう一度……生きていられます……!」
エレノーラ様の穏やかな表情と全身から漂う清らかなオーラが、彼女の小さな嗚咽を優しく包む。
「ミレーヌさん……。私も貴女を救えたことを、聖女として心から誇りに思っていますわ」
皆が二人の姿を温かく見守った。ふと目が合った大柄な男が、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。
「バルドス=グレシウスだ。……俺達は君を歓迎する。ずっと会える日を楽しみにしていた」
差し出された大きな手は、鍛え上げられた分厚い指が頼もしさを物語っている。私はしっかりと握り返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
次に近づいてきたのは、背筋をピンと伸ばした金髪の女性だった。きらめく鎧の隙間から見える鍛えられた腕に、近衛騎士の誇りが滲んでいる。
「クローディア=アイデウスだ。元近衛騎士団長だ。頼りにしている」
「はい、こちらこそ……!」
握った手はごつごつと硬いが、意外に温かかった。
「メリエラ=シルウス。魔法攻撃担当。よろしく」
翡翠色の髪の小柄な女性が、無表情のまま小さな手を差し出した。触れた瞬間、その手は意外なほど強い力で私の手を握りしめる。
「え?」
「……あなた、魔法が使えるって噂は本当?」
覗き込む瞳が、石のように冷たかったのが、じわりと好奇心の光に変わっていく。
「え、ええ。一応……大賢者ですので……」
「大賢者!? すごい……!」
メリエラの瞳が子供のようにきらきらと輝いた。思わず小さく笑ってしまう。どうやら研究対象として気に入られてしまったらしい。
そして最後に、涙を拭ったミレーヌがイグノールに付き添われ、改めて私の前に立つ。
「どうも……ミレーヌ=サフラージです。タクトさん、これから……みんなのことを、よろしくお願いします」
差し出された右手が、ほんの僅かに震えている。私はそっとその手を握る。
「え? どういうことですか?」
ミレーヌの隣に立つイグノールが肩越しに答える。
「タクト君、君の代わりとしてミレーヌを【勇ましき翼】に加入させるつもりだ。問題ないだろう?」
一瞬、息が詰まった。だがこれは、まさに願ってもない話だ。
「それは……本当にありがたいことです! 勇者を支えた方が来てくれるなら……これ以上心強いことはありません。本当にいいのですか?」
「もう彼女にも話はつけてある。君の仲間達になら、彼女は大きな力になるはずだ」
ミレーヌは俯いたまま、小さく首を振った。
「ですが……私なんかで……本当に、大丈夫なんでしょうか……」
俯いた肩がかすかかに震えているのを見て、私はゆっくりと握った手に力を込めた。
「もちろんです。ミレーヌさんが彼らと共にいてくれるなら、とても心強い限りです。ありがとう――後で、しっかり引き継ぎをさせてください」
小さな瞳がほんのわずかに上がり、弱々しくも笑みが浮かんだ。
「……はい……お願いします……」
イグノールはそんな私達を見て、小さく息を吐いてから笑みを浮かべた。
場が落ち着いた頃、エレノーラ様が前に出て穏やかに告げる。
「では皆様。国王陛下にも進言した通り、タクトは一週間、午後には私の元に戻します。まだ一人前にはなっていませんので。よろしいですか?」
「もちろんです。我々の強化についても……後日ご指南を」
「ええ。その前に、今ここで資質を確認しておきますわ」
エレノーラ様の瞳に柔らかな光が宿ると、部屋の空気がほんのり温かく感じられた。
「イグノール=リュシアス、雷・火・風の適正、問題なし。勇者としての資質はまだ伸びしろがありそうね。
クローディア=アイデウス、剣技特化、魔剣適正、申し分なし。剣裁きの速度と質はまだ突き詰める余地があります。
バルドス=グレシウス、防御適正高く、隊列維持に最適。剣技は申し分なし。盾の扱いは大いに伸びしろがありますね。
メリエラ=シルウス、魔力は膨大、属性制御も優秀。魔法の知識もございます。多属性を扱う資質はまだ伸びそうですわね。
……そしてミレーヌ=サフラージ――回復と支援の適正、申し分ありませんわ。全体を見る目も備わっています。自信をお持ちなさい」
その言葉に、一同が驚愕する。そしてミレーヌの表情が少しほころんだように見えた。
「……さすが勇者一行の皆様ですね。私の言葉は必要ではありません。現状はこのまま力を高めていってください」
イグノールは深く頭を下げ、礼を述べた。短い協議を終えると、エレノーラはタクトの肩に手を置く。
「タクト、私はこれで失礼します。皆さんとうまくおやりなさい」
「わかりました。夕方までには戻ります」
「そうですか、では夕食の時にでも経過を聞かせてくださいね」
「了解です、師匠」
エレノーラ様は私の返事に微笑んでから、イグノール達の方に向き直る。
「では皆様、今後ともタクトの事、よろしくお願いしますね」
「はい! 今日はありがとうございました!」
「それでは皆様、ごきげんよう」
エレノーラ様はテレポートを使用し、帰っていった。見送った後にイグノールが私に語りかける。
「ではタクト君、今後の打合せは明日でもいいだろう。今日は帰ってもらっても構わないが、引き継ぎは今から進めるかい?」
「はい。ぜひ、ミレーヌさんと今日から整理させてください」
「奥の部屋を使ってくれ。お茶でも飲みながらゆっくりやるといい。それと、今から俺達に敬語は必要ない。よろしくな、タクト」
「ありがとう、じゃあ今後はイグノールで呼ばせてもらうよ」
私はイグノールに頭を下げ、ミレーヌに向き直る。
「ではミレーヌ、引き継ぎしよう」
「……ええ。よろしくね」
奥の部屋へと続く廊下は陽が差し込み、ほんのり木の香りが漂っていた。ミレーヌの小さな背中を追いながら、私は胸の奥で小さく誓った。
――この引継ぎを絶対に成功させる。彼女を、そして今後の【勇ましき翼】を必ずうまくいくよう導いてみせる。
部屋は綺麗に片付いており、中央にちょうどいい大きさのテーブルがある。私はミレーヌを先に席に着かせ、インベントリから一冊のノートを取り出して隣の席に着く。
「それでは始めよう。お互いにとっていい引き継ぎにしよう」
小さく頷くミレーヌに微笑みかける。窓からはまだまぶしい午後の陽光が降り注いでいる。
それから三十分後――
「ちょ、ちょっと待って! そんなところまでフォローって……!」
白熱した私の引継ぎ内容に、ついにミレーヌが小さく両手を上げて制止する。今はみんなへの強化魔法、耐性魔法の重ね掛けについておさらいしていたところだ。
「え? 何かおかしかったかな?」
「おかしいというか……! 十種類もバフを重ねるなんて聞いたことない……! そこまでしなくてもいいんじゃ……」
ミレーヌはノートの端を握りしめ、困惑と苦笑が混ざったような表情を私に向ける。
「そうかな? 一応引き継ぎだし、やりたくなければその時の判断で構わない。後から“聞いてなかった”という方が、よほど困るから」
「……そ、そうね……引き継ぐって決めたんだものね……。……いいわ。続きを教えて」
ミレーヌの頬がほんのり赤くなる。戸惑いながらも、やり切ろうとする気持ちが見えた。
「ああ。このノートはミレーヌに上げるから、とりあえず最後まで聞いてほしい」
正直なところ、全部を一人で完璧にやってほしいなんて思っていない。彼女は、何よりイグノール達をずっと支えてきた経験豊富なハイヒーラーだ。必要な形で、必要なだけ力を尽くしてくれればそれで十分だ。
窓の外では陽がゆっくりと傾き、廊下からは人の話し声が時折かすかに漏れてくる。それでも私達の声は止まらない。
ミレーヌは私の話をとてもよく理解し、呑み込みが早かった。優しくまめな人柄がとても感じられた。
こうして、ノートを行き来させながら私たちのやり取りは続いた。
「ありがとう。もっと君に早くに会いたかったよ。それだけが残念だ」
「そう? お上手ね。私も楽しかった。イグノール達のこと、頼んだわよ」
気がつけば外の空はすっかり茜色に染まり、終わった時には二時間以上が過ぎていたのだった。
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ここまでお読みいただきありがとうございます!
勇者パーティーの面々との顔合わせが終わり、残すは勇ましき翼のメンバーとの別れ。
タクトにとって心のオアシスとして定着しかけていたところでの急展開に、どう向き合うのか……。
次回、最終回のクライマックス展開となります! お楽しみに。