第6話 初めての食事
食堂に通された私は、この世界の料理を初めて見ることになった。給仕たちが整然とテーブルに料理を並べている。大所帯でざっと見たところ修道士、神官や付き人、給仕などの食事場のようだ。すでに食事を始めている者も多数いる。
私は一番奥の席に座していたエレノーラを見つけた。全身からオーラが出ているのですぐにわかった。彼女も私に気付いたようで、軽くアイコンタクトする。
「皆さん、食事中ですが少しお時間をください」
エレノーラが立ち上がって皆に伝える。
「今日から皆さんと一緒に生活することになった方を紹介します。タクト様、こちらへ」
私はエレノーラの隣りへと歩み寄る。彼女が私を紹介する。
「タクト=ヒビヤ様です。彼は昨日私の召喚に応え、異世界から来てくれました。この世界にとって大切な人です。皆さん、よくしてあげてください」
食堂中に拍手がわき起こる。皆が温かく迎え入れてくれる。私は少し照れ臭い気持ちになる。
「今日からお世話になりますタクト=ヒビヤです。よろしくお願いします」
一礼し向き直ると、皆が好奇のまなざしで私を見ている。異世界から新参者が来たのだ。当然の反応だろう。
私は自己紹介を終え、エレノーラの隣りの席に座った。すでに食事は用意されている。カップにスープ、艶のないパンと見たことのない魚料理、そして豆類が皿に載っている。
「では、食前のお祈りをいたしましょう」
エレノーラが両手を前に組み、私に手本を示す。
「この世の生きとし生けるもの、あまねく自然の恵みに、そして神に感謝いたします。いただきます」
私もエレノーラの言葉を復唱し、いただきますの祈りを神にささげる。
まずはパンを手に取り口に運んでみる。少し固めでほとんど味がない。ほんのり小麦の香りがするだけだ。よく噛んでみたがそれでも味は出てこなかった。
続いてスープを木製スプーンですくい、口に運ぶ。わずかに野菜のだしの味がするが、ほとんど無味。魚料理も豆類も同じだった。
ここが中世ヨーロッパの世界ならばきっと質素な味付けだったろうし、ゲームの世界ならばきっと味のデータそのものがないのだろう。
これからしばらくはこの生活が続く。一つ言えるのはこの食事を拒めば空腹にあえぐという事。受け入れるしかない。だが不思議と不満感はなかった。
「エレノーラさん、いくつか質問いいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「昨日お聞きした魔法と錬金術、私にも使えるようになるのでしょうか」
私の問いににっこり微笑んで答える。
「はい。貴方には素質があることは分かっております。私が教えますので心配なさらなくて結構ですよ」
彼女の答えに私は安心した。ならば様々な問題は解決できるはずだ。
「もう一つ、実はこれを見てもらいたいのですが」
私はインベントリの件を聞いてみようと目の前に表示を出現させる。
「どれですか? 私には見えていませんが」
「半透明の青い表示が見えませんか?」
「ええ、何の事でしょう?」
私は出現させた表示のことを説明した。エレノーラは少し思案し、感知の魔法を発動する。
「なるほど。これですか」
「見えましたか!」
私の問いにエレノーラは軽くうなずくが、少し当惑した表情になる。
「ええ。ですが、この世界にはないものですね。初めて見ました」
「そうなんですか……」
私はこの表示について分かった事をエレノーラに話し、実演して見せた。魔法を知る彼女もこれには驚いていたが、一定の理解を示してくれた。
「なるほど。今はタクトの持ち物しか出てこないということですね」
「そうなんですよ。もっと自分のステータスとかスキルが出てくれれば便利になるんですけどね」
「ああ、それでしたら鑑定してもらえばよろしいですね」
「鑑定?」
「はい。冒険者ギルドに加盟すれば鑑定してもらえますよ。簡易的でよければ私がやりましょうか?」
「エレノーラさん、できるのですか?」
「はい。これでも聖女ですから」
エレノーラは満面の笑みで答える。
「職業についてはもう判明しています。大賢者といったところですね」
「おお、それはすごいですね」
「異世界からの来訪者は過去に二人しかいませんでしたから。それだけに能力も稀有なのでしょう」
「そうなのか……」
私のほかにも異世界から来た人がいたのか。興味深い話だ。
だがインベントリについては、この世界のシステムという線は無くなった。今のところ原因不明、神のみぞ知るというところだ。
「ありがとうございます。それで指導はいつからでしょう?」
食事をほぼ終えているエレノーラが少し考えて答える。
「そうですねぇ…… では一時間後くらいから始めましょうか。時間になったらクララを部屋に向かわせますので」
「わかりました。ありがとうございます」
私は残りの料理を全てたいらげ食事を終えた。
「エレノーラ様、もう一つお願いがありまして……」
「何でしょう」
「食事は部屋で摂ってもよろしいですか? どうも人がたくさんいる場所が苦手で……」
私の発言にエレノーラは一瞬きょとんとした表情を見せるが、
「そうですか…… わかりました。次からはクララに運ばせますね」
と理解を示してもらえた。よかった、これで精神的負担がぐっと減る。そしてこの料理問題も何とかできるかもしれないと感じた。
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
食事を終え、食器を返却して部屋に戻った。これが私にとってこの世界での初めての食事だった。
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