第56話 タナーリとの激闘③
「あとはお前だけだな。十二本木の支配者ゴア・セピュルチャー」
『奴と同じように行くと思うな! 儂はこの地の支配者だ』
ゴア・セピュルチャーは八メートルほどの巨大な大木の姿をした巨人だ。【混沌吸転の術】の影響で今は五メートルと少し縮んでいるようだ。ゴアは全身から瘴気を発散し、混沌を再び生み出そうとしている。
やがて元の大きさに戻り、力を取り戻す。ゴアは唸り声を上げ始めると、共に周囲の霊気が渦巻き、死者の呻き声が響く。
「その手の攻撃は効かない」
やはりこの層の魔物は恐怖で相手を縛る敵が多いのか。だが出現する死霊達がゴアの力を増幅させる。
『ならば捕まえて直接恐怖を叩きこんでやるわ!』
ゴアの腕や背中から黒紫色の触手が生えだし、私に次々と襲いかかってくる。だがすべてをかわして空中に逃れる。
ブラッド・ドレッドの触手よりも数段早く数も多いが、超電の雷帝の速さで目や動きを慣らした私には全然脅威にならない。
『雷撃』
私は魔法を繰り出し、ゴアの触手を焼き払う。周囲の混沌を封じていてもゴア自身の魔力は相当にありそうだ。
地上に降り、距離を取ってゴアと再び対峙する。
『フフフフ。もう十分瘴気は満ち、空気は汚染されている。貴様ももう持たないだろう』
ゴアは得意げに私を挑発する。
「いいや、全然大丈夫だ。それより今度こそケリをつけさせてもらう」
私の発言にゴアは驚き、焦りの表情を見せる。私はエレノーラ様の指示を実行すべく魔法を繰り出す。
「聖、火、土、闇」
私は聖属性、火属性、土属性、闇属性の力を凝縮したオーラを作り出す。
「水、雷、氷」
次に水属性、雷属性、氷属性のオーラを槍の形にして作り出す。
「これでよし。詠唱を始める」
瘴気と混沌を増大させるゴアに対して私は呪文を唱え始める。
「光よ集え、秩序の冠を戴きて七つの刃となれ!」
そして右腕の少し横にそれぞれのオーラ槍の形をした光の粒子が集まり、段階的に七色の螺旋光となる。
「 我が槍、無明を穿て!『多属性極光槍』」
詠唱が終わると槍は一気にゴアの急所目がけて一直線に飛翔し、貫通する!
『グギャアアアアアア!!!』
ゴアの断末魔が響きわたる。ゴアの身体が眩しく光り輝き、槍の属性が瞬時に消滅させる。
「よし、やった!!」
勝負はついたかに見えた。だが次の瞬間、ゴアの身体が一気に再生、私の目の前に出現する。
「!!……何だと?」
『クククク。残念だったな。いい攻撃ではあったぞ』
まるで下手な手品を見ているかのようだ。だが私は気を取り直し、目の前の敵に対峙する。
『儂の身体にある再生核を潰さぬ限り、何度でも甦ることができるのだ』
「再生核……?」
『そうだ。しかも位置は常に変化しておる。狙って壊そうとしても無駄だ……』
「なるほど、そういうことか。だがどこにあろうが関係ないね」
『ふん、ハッタリを言いおって!』
私は納得し、ゴア・セピュルチャー根絶に向けて動き出す。
『重力空間』
魔法が発動し、ゴアの周囲を重力の力場が包み込む。再生したゴアの身体は圧し潰され、再生核だけが残る。
「なるほど。頑丈な核だな」
私は再び『秩序刻印』を唱え、再生核を封じる事に成功する。そして締めの聖属性魔法の呪文を唱え始める。
「秩序の御名において、混沌を断つ!」
空間が軋み、巨大な光輪や審判の秤が幻影として浮かび上がる。秤がゴアの罪を量っている。
「我が光よ、罪を暴き、影を討て――聖なる審判!」
魔法が発動し、ゴアの再生核を大きな聖なる光の柱が包み込む。すべての機能を停止させ、粉々に破壊し消滅させていく。
十二本木の支配者ゴア・セピュルチャーは完全に消滅した。同時に地面に二つのアイテムを残して――。
◆◆◆
戦闘が終了し、エレノーラ様を探すと上空で手を振っている。すでに敵との戦闘は終わっていたようだ。聖なるオーラで神々しく輝いておりまさに聖女といった姿だ。
「タクト。見事な戦いぶりでしたよ。上から見させていただいておりましたわ」
「師匠。思いのほか手間取ってしまいました……」
エレノーラ様がふわりと地上に着地する。そして何かに気づいた。
「おや、何か落ちていますね」
「ああ、ゴア・セピュルチャーを倒したドロップアイテムからもしれませんね」
二つのアイテムは異様なまでの瘴気を放っている。呪いがあるのは間違いなさそうだ。
「これは単に解呪してもいけなさそうですわね」
「私もそんな気がします」
アイテムは一見するとただの枝と花びらだ。だがどす黒い瘴気が異常さを醸し出している。エレノーラ様は少し考えてから私に語る。
「ではこうしましょう。見ておいてください」
エレノーラ様は聖杖ルミエール・クラリオンを出現させ、右手に握る。二つのアイテムを前に目を閉じ、呪文を紡ぐ。
「――理と秩序の御名において、汝ら罪深き穢れよ、ここに告ぐ。陽光を遮る腐樹の血を絶ち、闇を孕む瘴気の根を断ち、あらゆる混沌と腐敗を、聖なる光にて穿て――」
エレノーラ様の身体がまばゆく光り、二つのアイテムも共鳴を起こして光り出す。
「我が祈りは清浄の泉、我が言葉は聖なる刃。浄めの息吹は地を巡り、理の糧となりて輪廻を照らさん。封ぜられし穢れよ――今ここに、灰すら残さず、永劫の無へと還れ! 『大浄化』――!」
巨大な聖なる柱がたった二つのアイテムを包み込み、完全なる浄化で腐敗を失い、代わりに膨大な秩序と聖性を宿す。もう呪いの効果を二度と発揮する事はないだろう。
エレノーラ様が手を伸ばし、二つのアイテムを手に取ると、彼女の魔力に呼応して純白に輝きを増し、持つ者の意思で性質が変わる“祝福の印”となる。
禍々しかった枝は白銀の枝に変化し、”理の枝”として青白い封印紋が浮かんでいる。もう一つの花弁は深紅から虹色に透き通っている。周囲の瘴気を吸っては花弁が光り、まるで“命の灯”のように輝きを増していく。
「さすがは師匠、素晴らしいです!」
私は手放しにエレノーラ様を讃えて感謝する。私一人で触っていたらきっとよくない事が起きていただろう。
「次からこういう時はこの魔法を使うとよいですわ」
「は……はぁ」
満面の笑みで答えられる。さすがエレノーラ様、その鬼畜っぷりはいつも絶やさない。だが大変参考にはなった。
エレノーラ様からアイテムをお借りし、インベントリに収納する。【屍樹王の核枝】 と【根絶の花弁】して認識される。なるほど、理の枝は腐敗・瘴気を周囲から吸収し、魔力に転換するのに使え、花弁の命の灯は生腐敗系の呪い・精神汚染を解除するのに使えるようだ。
アイテムを再びエレノーラ様に渡し、落ち着いたところで私は疑問を投げかける。
「ところで師匠、相手されていた敵はどうなったのですか?」
「ごめんなさい。ついうっかり倒してしまいましたわ。ネフェルザヴォスとかいうお下品で大声でわめきたてるだけの不甲斐ないお相手でしたわ」
エレノーラ様は済まなさそうな顔をしつつもサラっと言ってのけられる。いや、少なくとも下で相手したどのタナーリよりも強い相手だったはずだ。私が相手したらそれなりに苦戦していたはずだ。やはりエレノーラ様だからだろう。恐るべし。
「何でも、私が先ほど【ディバインアーク】で出した箱舟が混沌の船を壊したことにお怒りだったようです」
ああ、確かにド派手に衝突させておられましたよね……。
「ほう、根に持たれて絡まれていたのですか?」
「ええ。そうなのです。ですがそんなの知った事ではありませんわ……」
魔法がすごすぎて箱舟も頑丈だったのですね……。
「何で怒ってたんですか?」
「あの者は船大工だそうです」
なるほど。それは怒るわけだ。しかし相手がエレノーラ様だったのは運が悪すぎたな。ご愁傷様です。
「さて、地上へ戻るとしましょうか」
「わかりました。すっかり悪魔達の気配はありませんね」
「ええ。このまま帰りますよ、タクト」
この十二階層に来た時は凄まじい瘴気と混沌に包まれていた。だが今は空は澄み渡り、悪魔達の気配も消え、瘴気どころか聖なる空気で満たされている。
「師匠、今回も派手にやっちゃいましたね」
「素晴らしいことですわ。タクトもよく頑張りました。今日は合格としましょう」
「あ、ありがとうございます!」
完膚なきまで浄化された世界など意に介することなく、エレノーラ様はグレーター・テレポートを唱える。一陣の聖なる風が吹き抜け、再びアビスは闇と混沌を作り出そうとするのだろう。
こうしてアビス二日目の修練は終わりを告げたのだった。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アビス十二階層、十二本木編はこれで終幕となります。ここまで長くなってしまうとは思っていませんでした。
次回はタクトによるこれまでの振り返りが行われます。初のステータス編といったところでしょうか。
公開も今まで通りのペースで行う予定です。お楽しみに。
【まめちしき】
【ゴア・セピュルチャー(Gore Sepulcher)】……高位タナーリ / 十二本木の支配者。外見:体は太く捻れた幹に似ており、人型だが胸部には巨大な空洞があり、内部には赤黒い霊魂が漂う。肩と背からは死体の手足のような枝が生え、絶えず呻き声を上げる。頭部はまるで彫像のような古木の仮面に覆われており、目の代わりに花弁が開閉する。十二本木に縛られた天使の絶叫を増幅し、儀式の核を守る。戦闘では胸の空洞に敵を引き込み、内部で霊魂と融合させて拷問する。
【屍樹王の核枝】 ……ゴア・セピュルチャーの【腐樹再生核】の一部が核枝として結晶化したもの。生命と死霊、瘴気を操る至高の魔法触媒。単なる解呪では瘴気をまき散らし、所有者の精神を蝕む。闇・瘴気・死霊魔法の威力を大幅に上昇。同時に持つ者の瘴気耐性、死霊耐性を高める。聖属性で浄化することで死霊封滅核へ進化し、聖属性魔法の触媒としても使える。
【根絶の花弁】……破滅花の最深部の花弁。周囲の魔素を吸い尽くし、生命力を奪う危険な素材。単なる解呪では所有者の精神を蝕む。極めて強力な毒薬・瘴気魔法の触媒。破滅花粉として爆発させると広域の腐敗効果を生む。聖水と混ぜることで逆に瘴気消滅薬が作れる。浄化後は死霊・不死・瘴気系モンスターに対して特効ダメージ、腐敗系の呪い・精神汚染を一度だけ完全解除できるなどの効果がある。
【混沌の船大工ネフェルザヴォス】……上位タナーリ。混沌の船の建造者。外見:六本の軟体状の腕と、鎧のように硬化した骨殻に覆われた体。頭部は巨大な鉄仮面で覆われ、その内側から溶けた血肉が零れ落ちている。腰の後ろからは【混沌の帆】と呼ばれる血肉の膜が広がり、船体の一部を己の身体から供給する。足はなく、船材の上や血溜りを浮遊滑走して移動する。十二本木の桟橋で、デーモンの血と生贄の魂を素材に、階層間を縦横無尽に漂流する【混沌の船】を作る。
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