第42話 勇者イグノール来訪
「失礼いたします」
扉が開き、クララが単身入室してくる。
「お! クララ、食事かな?」
「いいえ、エレノーラ様から呼んでくるように言われました。来客のようです」
「来客? わかった」
クララに先導され、エレノーラ様の部屋へと向かう。別れてからそんなに時間が経っていないので少し不思議な気がする。
「もう少しで食事のご用意ができますので、運んでおきますね」
「ああ、ありがとう」
エレノーラ様の部屋の前まで案内してくれると、クララは持ち場へ戻っていく。来客はが誰だろうと思いつつ、私は扉をノックする。
「どうぞ。お入りになって」
「失礼します」
扉を開けるとエレノーラ様と鎧姿の男が座っている。彼は私の方を向く。
「お疲れのところごめんなさいね。イグノール様が貴方に会いに来てくださったのですよ」
彼は立ち上がり私に一礼する。紛れもない勇者イグノールだ。私も深く頭を下げて一礼する。
「忙しいところを失礼させてもらった。イグノールだ。先日のお礼を兼ねてやって来た」
「ようこそ勇者様。もうお身体はよくなりましたか?」
「ああ。この通り完全に回復した。もう大丈夫だ」
「そうですか。それは何よりです」
私の反応をじっと見ながらイグノールが話し始める。
「タクト殿、改めて危ないところを助けてもらい、感謝する。あの時助けられていなければ、今ここにはいなかっただろう」
「はい……」
「感謝と共に、私からタクト殿にお願いがあるのだ」
「何でしょうか」
「私のパーティーに加入してはもらえないだろうか?」
それは唐突な依頼だった。
「は? 何で私が?」
「君の腕を見込んでのことだ。どうだろう?」
私は一瞬考えて答える。
「いえ、お断りします」
イグノールは驚いた表情をする。
「なぜだ? 私からの願いでもか?」
「貴方からの願いだからですよ」
イグノールは首を振り、納得いかないという表情をする。
「どういうことだ? 理由を聞かせてほしい」
私は目の前の勇者に今浮かんでいる理由を話す。
「まず、私は先日新しいパーティーに加入したばかりで、まだ一員として貢献できていないからです」
「ふむ」
「次に私はまだこの世界に来て日が浅く、実践経験に乏しいこと……」
「なるほど」
イグノールは顎に手を当て考えている。
「そしてもう一つ、私と組むには貴方達はまだ経験不足だということです」
「なっ!」
イグノールの顔が引きつる。
「先の二つはともかく、それは一体どういうことだ? 聞き捨てならぬ発言だ」
「ですよね。先日私は勇者メルキウスと一騎打ちをしました。彼は相当な実力者だったようですが、私は彼に何もさせずに勝利しました」
「……」
「イグノール殿は、メルキウスをどう評価していますか?」
「彼は歴戦の勇者だ。私とも交流があり、彼と剣を交えたこともある。私から見ても彼は強い」
「そうですか。ではそれが理由そのものです」
「だが、今の君のパーティーのメンバーは私より強くないのだろう?」
「ええ。彼らはエレノーラ様から紹介いただいたのです。そして私は攻撃には参加せずサポート役に徹しています。イグノール様もそれをお望みでしょうか?」
「いや、君の力をすべて発揮してもらいたいと思っているよ。そうか、残念だ……」
私は落胆する目の前の勇者に質問を投げかける。
「ところで、イグノール様は国王から魔王討伐の話を聞いておりますか?」
「魔王? ああ、聞いている。それがどうした?」
「実は私にも国王から話があり、いずれ討伐隊に参加する予定です。そのために今力をつけているところなのです」
「そうだったのか……」
「いずれ共に戦うため、今はお断りいたします」
「なるほど。だがそういうことなら尚更君をスカウトしたい。今日のところは引き下がるが、また日を改めて伺うことにするよ」
イグノールは残った紅茶を飲み干し、席を立つ。
「エレノーラ様、タクト殿、お時間を取っていただき感謝する」
「お役に立てず申し訳ございません。またのご来訪をお待ちしております」
イグノールは私達に一礼し、部屋を後にしていった。
「タクト、あれでよろしかったのですか?」
エレノーラ様が心配げに尋ねてくる。
「ええ。今はまだこのまま修練を積みたいのです。彼らとはいずれ会えるのです。焦ることはありませんよ」
「そうですか、わかりました」
熱意は十分に伝わってきたが、イグノールがどのような思いで私をスカウトしに来たのかはわからない。私としては、グレッグ達とのダンジョンでの経験からして単に迷惑をかけたくないという思いが強いだけだった。
今の私ではおそらく彼らの足を引っ張るだけだろう。現時点において私はまだ自分の力量をそう捉えていた。
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