第4話 私が私である理由
「はい、明日の営業の資料準備しておきましたので、読んでおいてくださいね」
「ああ、ありがとう。残業させてしまって申し訳ない」
「まったくです。今度食事おごってくださいね」
「あ、ああ。わかった」
また借りを作ってしまった。この女性は事務の関屋さん。同じ部署の後輩だ。
新商品の販売で上司からノルマを課されてしまい、困っているところを助けてもらった。これで何とかなるかもしれない……
◆◆◆
一週間後、私は上司から別室に呼び出されていた。結局契約できたのは一件だけだった。
「まったく、これで何度目なの! いい加減しっかりしてほしいわ」
「申し訳ありません……」
上司は腕を組んで私をにらみつける。私はなす術なく頭を下げまくる。
「ほかの社員は順調に件数を取っているのに、取れてないのは貴方だけよ。理解してる?」
彼女の説教はその後も途切れることなく約十分ほど続いた。さらに追加ノルマまで課されてしまう。
「はうっ!」
私は夢から覚めた。全身汗びっしょりだ。寝覚めの悪い夢だった。
まあ昨日までは前の世界で仕事していたし、仕方ないか。仕事の夢はしょっちゅう見る。
仕事にうだつが上がらないのは、自分に自信が持てないからだ。こうなってしまったのは過去のトラウマによるところが大きい。
中学の頃に受けた傷は深く、社会人となった今でも深く影を落としている。
人付き合いが苦手になり殻にこもっていたが、さすがに社会生活に響くと自覚し、そこだけは努力してどうにか最低限のレベルまで改善できた。
だが、今勤務する中小企業に入社した私は、事務として日々を過ごすはずだったが、ある日突然営業に異動。今の上司や同僚達と出会った。
慣れない業務に食い下がって社畜となり働いたが失敗の連続。そんな事が五年以上続いた。
ずっと自分に対して自信をもつ事ができず、一人称を”私”で通して生きてきた。
そんな中での今回の異世界転移に、私は不思議と嫌な気持ちはしなかった。この世界に今までの自分を知る者はいない。そう思うと今まで沸かなかったやる気が出てくるのを感じる。
それは久しく抱くことのなかった清々しい感情だった。