第33話 聖女の息抜き
疑問が解決したところで、私はエレノーラ様から今後についての手ほどきを受けることになる。
「では今後の修練内容についてお伝えしますね」
「よろしくお願いします、師匠」
エレノーラ様はニコニコしながら説明に入る。
「今後の修練ですが、明日から私と一緒に”アビス”という場所に行き、様々なクエストを解決していただきます」
「そうですか。師匠、アビスとはどんなところですか?」
私はこの時まったく意味を知らなかった。この世界の知識について学んだにもかかわらず、だ。
「一言でいうなら悪魔達の住処ですわ」
「へ?」
そんな場所に一体何の用があるというのか? 私は頭が真っ白になる。
「少し説明すると、この世界とは違う別の次元にある世界の一つです。悪魔や魔物達が誕生する巣窟です」
「国王がおっしゃっていた魔界とは別なのですか?」
「その通りです。アビスで生まれた悪魔が魔界へ渡るケースもかなりあります」
「そこには国王が倒したい魔王はいないのですね」
「ええ。ですが魔王に匹敵する力を持つ悪魔達がたくさんいますわ」
そんな厄介な存在がいるのか。なぜそこに行く必要があるんだ?
「師匠、なぜそんな危険な場所に行くのですか? 彼らが人間に危害を及ぼしたとか?」
「ええ」
エレノーラ様は不意にため息をついてから答える。
「彼らを駆除しに行くためです。タクトにとってもいい修練の場になりますわ。私の職務の一つですが、今では一番の息抜きなのです」
「え!? 今何と?」
私は耳を疑った。
「私の息抜き。ささやかな楽しみなのです」
「ど、どういう事ですか。もう少し説明してください」
エレノーラ様は少しはにかみながら話してくださった。
「私は聖女としてこの国のため、様々な職務をこなしてきました。ですが、聖女と言っても私も人です。退屈な会議や汚物処理の日々だと、心が萎えてしまうのです」
「はぁ……」
愚痴か? 言っていることは分からなくもないが、聖女が言うことではない気がする。まあとりあえず聞こう。
「二年前の事です。私は神官のトップである教皇様から、大司教様や司祭達と共にある場所の浄化依頼を受けました。そこは危険区域で、魔物の瘴気が常にあふれていました」
エレノーラ様は過去を振り返りながら続ける。
「浄化は成功しましたが、そこで私達は知ってしまったのです。アビスの存在を」
エレノーラ様の目が輝きだす。
「人間に対して非道なことを起こす悪魔達がいることは知っていたのですが、彼らはアビスから来ていたと判明したのです」
「なるほど」
「そこで改めて各国の機関は教皇様に浄化依頼をしました。ですがアビスの悪魔は強力で、数多くの聖職者に犠牲が出ました。教皇様は冒険者や勇者に依頼しましたが、彼らにも多くの犠牲を出してしまったのです」
「勇者でも太刀打ちできなかったと?」
「はい。勇者以上に強い敵もいたのです。そんな事もあり、次第に私達はアビスから手を引き、関わらないようになっていったのです。教皇様はアビスとつながる入り口を封印し、出入りできなくしました」
「では悪魔達は人間側に来られなくなったのですね」
「そうです。ですがたまに瘴気が漏れ出すことがあるので、聖職者で監視して浄化しているのです」
「事情は分かりました。で、それと師匠の息抜きとどう関係が?」
それがわからない。どういう事だ?
「私は教皇様と大司教様にお願いして、アビスでの駆除を続けさせてもらったのです。ただし極秘で死んでも一切関知しないという条件です」
「師匠、どうしてそこまで?」
「その時の浄化が楽しかったのです。ほかの皆は嫌がり恐れましたが、私は一切苦になりませんでした。悪魔達を天に召すことに生きがいさえ感じました」
「師匠……」
やはり恐るべしなお方だ。また目がキラキラ輝いている。
「ですがほかの職務が増え、悪魔も襲来しなくなった今、なかなか行くことができずにいたのですわ」
なるほど、そういうことだったのか。それで息抜きをしたいと。
「タクトが一緒に行ってくれると心強いのです。行ってくれますよね?」
「行くも何も、修練であれば行かない選択肢はありません。師匠についていきます」
「おお!」
私も前の世界の会社でかなりの苦行に耐え、社畜として頑張った自負がある。何より、この方に逆らってはいけない……。
「私にはまだ荷が重いかもしれませんが、師匠のご指導があれば何とかなると思っています。どうかよろしくお願いします」
私はエレノーラ様に深く頭を下げる。
「嬉しい! タクトありがとうございます! 貴方を弟子と認定してもいいくらいですわ!」
エレノーラ様が喜びを爆発させる。というか、まだ弟子とも思われてなかったのですね……。
「ああ、今から楽しみですわ!」
まるで子供のようなはしゃぎようだ。
「師匠、アビスでのプランを教えてもらえますか?」
「ああ、そうですね」
エレノーラ様は魔法で半透明のビジョンを出現させ、アビスの概要の説明を始める。
「アビスは私達の世界とは異なる次元に存在する世界です。いくつもの階層に分かれ、それぞれの悪魔達が支配しております。まずはその入り口となる階層にお連れしますので、そこで慣れていただきますね」
「わかりました」
「人間にとって害となる瘴気が濃い世界でもあります。まずはそこでどんなものか感じてもらいますね」
「了解です」
エレノーラ様が数冊の手製と思われる書物を出現させる。
「タクトにこれらの記録を見ていただきます」
手渡された書物を開くと、びっしりと綺麗な書体の文字で埋め尽くされている。中には地図やイラストが描かれている。
「これが、アビスですか?」
「はい。すべて覚えてくださいね」
「わかりました。ではお借りします」
私はインベントリを出現させて書物を収納していく。一通りデータ化が終わり、取り出して返却する。数多くの驚愕のデータが流れ込んでくる。
「これは、すごい情報ばかりですね!」
「どうです、理解出来そうですか?」
「ええ、大丈夫です。というか師匠、これってお一人で書かれたのですか?」
「そうですよ。私一人で行きましたから。何か変ですか?」
いや、そうじゃない。やっている事があまりにもエグ過ぎるのだ。これでは駆除というより……蹂躙。
「師匠って、本当に人間なのですか?」
「え? そうですよ。どうしてそんなことを聞くのですか?」
書かれていることが真実なら、どっちが悪魔かわからないからですよ。いや、神の所業というべきか。
「師匠はもしかして神様ですか? というか、そうとしか思えないのです」
「面白いことをおっしゃいますね。私は聖女ですが、ただの人間ですよ」
エレノーラ様は穏やかな表情で私の疑問に答えてくださる。
「そ、そうですか……」
絶対にただの人間ではない。教皇や大司祭といった上の職の人達はエレノーラ様のことを知っているのだろうか?
その後エレノーラ様は今後のアビス潜入プランを丁寧に教えてくださった。気がつけば夕食の時間が近づいていた。
「では今日はこれまでとしましょう。明日からはいよいよ実践ですので、予定時間までに私の部屋へ来てください」
「わかりました。明日からよろしくお願いします。師匠、今日もありがとうございました!」
エレノーラ様に深く一礼して部屋に戻る。こうして今日の修練は終わったのだが、明日からはとんでもなく大変になりそうだ。
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【まめちしき】
【アビス】…………混沌と悪が実体化した無限の階層を成す奈落界で、悪魔達が支配する次元界である。本作では地底世界である魔界のさらに地底奥深くに存在する深淵世界となっている。
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