第1話 見知らぬ世界へ
「ふぅ、今日も色々大変な一日だったな。時間の経つのは早いわ」
私は日比谷拓人。今日も社畜としての残業を終え帰宅途中だ。社屋を出て人気のないいつもの道を歩き始めようとしたその時だった。
「えっ?」
突然バリバリと静電気のような違和感を覚えたかと思うと、不意に青い半透明の球状の光が私の身体を包み込む。左手に持っているカバンがふわり浮いている。
「何だ一体!?」
青い光はどんどん濃さを増し何も見えなくなる。まとわりつく光とバチバチした音に対して抵抗できず、私の意識は遠のいていった……。
◆◆◆
「熱っ!!」
私は全身の焼けるような熱さで目を覚ました。体中から汗が噴き出している。
急いでネクタイを外し、ワイシャツのボタンを何とか外して脱ぎ捨てる。少しひんやりとした外気で体中の熱が放出される。
ハァ……、ハァ……
呼吸を整える事に集中すると、私の身体を襲っていた熱さが徐々に取れていった。
大した病気や事故をしたことがなかった私にとって、こんな事は今までの人生で初めての経験だ。
全身の汗が収まり、私は正常な意識を取り戻そうとしていた。視線の先の異変に気付いたのはまさにその時だった。
同時に意識を失う前の記憶を思い出す。明らかな違和感。そして導き出される答えは…… ここはいつもの世界ではない!
意識を取り戻すと、見知らぬ灰色のレンガに囲まれた大きな広間が視界に入ってくる。
「落ち着きましたか?」
透き通った艶のある女性の声が聞こえる。頭を上げるとそこには声の主、若く美しい女性が右手に長い錫杖を持って立っている。彼女は古風な西洋の神官衣装を身にまとっている。
「ようこそ私達の世界へ。私はエレノーラ=オーベルシュタイン。貴方を召喚した聖女です」
聖女? 何の冗談だ?
にわかには受け入れ難い状況。西洋人のようだが、なぜか日本語で聞こえる。どうやら言葉は通じそうだ。
「汗をかいているようですね。衣服をご用意しますね」
女性は上半身裸の私に錫杖を向ける。直後どこからともなく出現したフード付きの黒装束が私の身を包む。
「おお! 服を着たぞ。これは一体」
「裸のままでは寒いでしょう。もしお気に召さなければ、別の物をご用意しますが」
「いえ、これでいいです。ありがとうございます!」
「おお! 言葉が通じるようですね。よかったです」
絹のような上質な素材が肌に心地よい。いい服をもらえた。しかしこれは一体?
「お気に召したようで何よりです。では、貴方のお名前をお聞かせくださいまし」
彼女は好奇のまなざしで私に問いかけてくる。
「あ……、タクト…… タクト=ヒビヤ」
ここは洋式の名前で名乗ってみる。彼女は目を大きく見開く。
「タクト様。よいお名前ですね」
エレノーラは穏やかに微笑み、続けて私に語りかける。
「先日神のお告げがあり、先ほど貴方をこの世界に召喚しました。詳しい話は追ってじっくりと致します」
彼女はそう言うと、どこからともなく水晶のようなものを目の前に出した。
「これで貴方の現在の資質を測ります。手をかざしてください」
彼女の指示に従い手をかざすと、水晶は淡い光を発し始める。光はやがて緑色に染まる。
「おお、なるほど。そうですか……」
エレノーラは少し険しい表情で水晶を見つめながらつぶやく。私は特に変わったことはしていない。何かまずかったのだろうかと不安になってしまう。
「これは…… すごいですね」
「は?」
「いえ…… お気になさらず」
どういう事だ? 気にするなと言われても気になってしまう。
「貴方の資質、わかりました。勇者ではありませんが、膨大な魔力をお持ちですね」
「勇者? 何の事?」
「貴方にはこの国、ひいてはこの世界を救っていただきたいのです」
なるほど、私がこの場にいる理由がようやくわかった。魔力とか勇者とか、にわかには信じられないが。
「何も役に立てることはありませんよ。何が何だかさっぱりですし」
「ご心配には及びませんわ。私がすべてお教えしますので」
エレノーラは微笑んで私に答える。この女性に私の今後の運命が委ねられているということを直感的に感じた。
「この後国王陛下がお見えになります。私が報告しますので、挨拶だけお願いしますね」
「わかりました」
私は頭の中で状況を整理し、気持ちを落ち着かせる事に専念する。国王達が部屋に入室してきたのはその後しばらくしてからであった。
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