2.兄が死んだ?
私の名前は天城紗奈。どこにでもいる普通の女子高生。
普通じゃないことといえば兄が死んだらしいことくらいだ。
らしいというのも私の兄は今、行方不明だ。
昨日のこと、私は部活で普段通りギターの練習をしていた。
違和感はあった。学校の直ぐ側でサイレンが聞こえていたから。
ドタドタと人が走る音が聞こえ、部室の戸が開かれる。
息を切らしながら駆け込んできた先生が一言
「紗奈さん!お兄さんがトラックに轢かれたって!」
急いで兄が轢かれたという交差点に走ると、パトカーや救急車が来て人だかりができていた。
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
そう叫びながら人だかりをかき分けて進む。
中央に出て、フロントのへこんだトラックと兄の自転車が見えた。
だが、それだけだった。
兄の姿はどこにも見えなかった。
轢かれた瞬間を確かに見たという人がたくさんいたにもかかわらず、兄は消えた。
周囲を捜索した警察も、ついには兄を見つけることができなかった。
死んだと分かっているなら涙も出るだろうに、何もわからないとなると何も感じることができない。
何をするでもなく兄の部屋に入る。
ずれ落ちた布団、読みかけの本、持って行き忘れたであろう筆箱。
昨日までは確かに兄がそこにいたと感じさせる。
というか筆箱は忘れるなよ。
椅子に座って本棚を眺める。
そこには兄が集めた異世界物の第一巻のみが並んでいる。
よく、「一巻だけ読んで世界観を知るのが好きだ」と言っていた兄。
私は正直理解できないけど、兄はそう言ってお小遣いをもらうたびに本屋に走っていった。
その中から一冊取り、パラパラとめくってもとに戻す。
「案外、異世界にでも言ってるのかな」
そう呟いた、その瞬間
『スキル【魔術の王】を習得しました』
頭の中にそんな声が響いた。
それと同時に身体に現れる違和感。
テスト勉強でカフェインを過剰摂取して徹夜したときのようななんとも言えない不快感と万能感が混じり合ったような感覚。
「えっ!?何?」
急なことに驚いていると目の前が輝きはじめる。
「到着したのね!良かったわ」
何もない空間から突如として女の子が現れた。
体長は30cmくらい?人形のように可愛い
昔憧れた魔法少女みたいな服を着ている。
あたりをキョロキョロと見渡している。
「ええっと…どちら様?」
私の声に驚いた様子で振り返る。
「えっ?あなた誰?」
呆けた顔で私達は10秒ほど見つめ合っていた気がする。
「あなたは何者なの?」
驚きで混乱する頭を整理しながら最初に気になったことを質問する。
「アタシの名前はセファーよ。で、ここはどこかしら?」
セファーはあたりをキョロキョロと見渡している。
「何が起きたのかアタシにもさっぱりね。ちょっと確認するわ。スキル【記憶の書庫】発動。」
セファーがそう言うとセファーの身体の中から本のようなものが出てくる。
なるほどねと言いながらペラペラとページをめくっている。
ぱたんと本を閉じるセファー。
「大体の事情は分かったから説明するわ。あなたは知らないと思うけど、あなたのお兄ちゃんは異世界に行くことになったのよ。」
どうやら兄は本当に異世界に行ったらしい。
兄らしいと思い、苦笑が漏れる。
「まあ、それでアタシも着いていくことになったけど何故かこっちに来ちゃった。それだけのことよ。」
兄の筆箱の上にちょこんと座って私の方を見上げながら話している。
「でも、あなたのお兄ちゃんにはトゥプちゃんとスキル【魔術の王】があるからね。きっと大丈夫だと思うわ。」
【魔術の王】?どこかで聞いた気がする。
さっきの声が言ってたのも確かそんなのだった気がする。
「それ、私も習得したって言われたけど…?」
セファーの笑顔が固まる。
何?どうしたの?何か私まずいこと言ったかな?
「ちょっと何を言ってるのか理解できなかったわ。あなたの情報を見せてもらうわね。」
そう言うとセファーは私の身体に手をあてる。
私の身体から本が出てきて、それを読んだセファーはため息をついた。
「さっき言ったこと訂正するわ。あなたのお兄ちゃんかなり危ない状況よ。なぜかお兄ちゃんの能力をあなたが手に入れてしまっているようね。」
私は異世界物は読まないけどゲームはする。
だからなんとなく分かるがおそらく相当面倒なことになっているのだろう。
「どうにかお兄ちゃんを助けることはできないの?」
「一応、可能性がある方法もあるわ。一つ目はお爺ちゃん…あなた達の言う神様にスキルを移動させてもらう方法。こっちから呼び出すことはできないけどもし気づいてくれればできるかもしれないわ。2つ目の方法は、あなたがお兄ちゃんを召喚して助ける方法。あなたが手に入れたスキル【魔術の王】はあらゆる魔術を扱える能力。前例がないけど空間魔術を極めて異世界とつなぐことができればもしかすると…というところね。」
真剣な表情で私を見つめるセファー。
「2つ目をやるにはあなたが魔術を習得するのが必要条件。どうせアタシは戻れないんだしあなたに付きっきりで魔法を教えることにするわ!」
そう言うと、セファーはくるっと回ってニコッと笑った。
「何が起きてもポジティブに考えるのがアタシの長所なの。アタシがいれば魔術の習得なんてチョチョイのチョイよ。これからよろしくね紗奈!」
「ええ、よろしくね。セファー」
考える気力を無くした私はそう言って差し出された手と固い握手をした。
今後の人生から「平穏」の2文字が消えるとも知らずに。