初恋は突然に
黒板には真宵への罵詈雑言の数々が書かれ、自分のものだと思われる机の上には菊の花、椅子の上には針が大量にばら撒かれていた。
目眩を起こす真宵の反応を見て、クラスメイトがにやにやと笑っていた。
度が過ぎている。
人のすることではない。
ここにいるのは人の皮を被った、虫けら以下のゴミだ。
最早何も言うことはない。
このまま逃げてしまおう。
「お前ら、何をしとるんだ!」
踵を返すと、目の前から怒号が飛んできた。
思わず耳を塞ぎたくなる大音声で、声の主は怒りを露わにしている。
スーツを着た担任と思しき先生だった。
「星屑は……星屑はなァ……すごく辛い思いをしたんだぞ……それなのに、それなのにお前らときたら……! こんなの人のすることじゃねぇ! お前ら、それでも人間かぁ!」
近年稀に見る物凄く熱い先生だった。
それから数十分ほど立ちながら説教を聞かされた。
「星屑! お前もいじめなんかに負けるんじゃねぇぞ! 強く生きろ!」
力強く肩を掴まれ、否応なしに返事をさせられる。
有無を言わせぬ性質の人だ。
「よし! いい返事だ!」
とても大きい手に頭を鷲掴みされ、撫でられた。
あまりのことに呆けていると、クラスメイトたちの視線が集まっていた。
先ほどまでの空気は何処かに消え去った。
先生は気づいていない。
多分、これからも先生が怒った時だけ反省したふりをするのだろう。
真宵ががっかりしていると、その中に優しい眼差しが隠れていたことに気付く。
やはりみいこは自分のことを心配してくれていたのだ。
良い友達を持ったと感謝した。
それからあとは何事もなく過ごし、家路に着いた。
誤ったことは起きなかったが、視線は痛かった。
まるで呪詛をかけられているかのようだった。
明日から通うことになる。
今日みたいに嫌な思いをするかもしれない。
また先生にかばってもらえるだろうか。
いや、他人をあてにしてはならない。
自分のことは自分で守るべきだ。
他人に迷惑をかけてはならない。
そう自分に言い聞かせた。
秋田さんに会いたい、と思った。
「秋田さん……私、もう無理です……」
心で思っているのとは正反対に、弱音が口をついて漏れてくる。
自立しなければならないとわかっているのに、どうしてもあの人の優しい声で慰めて欲しい。
自分の心の拠り所。
これは親愛の情なのか、それとも……。
段々と芽生えてきた恋心に、真宵は次第に気づくようになっていった。
だがその相手は秋田ではない。
先生だった。
自分でも驚いた。
今までずっと懇意にしてくれていた秋田ではなく、最近優しくしてくれた熱血な先生だ。
どちらかというと苦手なタイプだったのだが、知らぬ間に心惹かれていた。
自分はああいう男らしい人が好きなのだということを自覚した。
秋田の優しさには甘えていただけなのかもしれない。
そのことを秋田に相談した。
それが秋田を悲しませることだとも知らずに。
「……真宵ちゃん、はっきり言わせてもらうけど……彼はやめといた方がいい。彼はきみが思うような人間ではないから」
「……どうしてそんなことが言えるんですか」