聖都ヴェリタにて
レオナルドと別れ、オルミナス王国の王都オルスに到着したフレイは、教会で盛大に迎えられた後、王城で開かれたパーティーに出席した。
そして翌日、オルスを出発し、道中何事もなく予定通りにエヴァンジュール神聖国へと帰還した。
ちなみに、神星騎士のルヴァンはパーティー出席後、別任務のため一足先にオルスを離れており、フレイを国まで送ったのはジークハルトと三人の教会騎士だ。
聖都ヴェリタの門前ではフレイを出迎えるため多くの教会騎士が待機していた。聖都ヴェリタは都市全体が白を基調としており、さらには壮麗な白亜の大聖堂が遠くからでもその存在感を示していて、現実とは思えない程の清浄な雰囲気を醸し出している。
教会騎士達と合流したフレイは式典用の馬車に乗り換えそのまま聖都内をパレードする。このパレードは大々的に事前告知されており、一目聖女を見ようと多くの国民が集まっていた。
そんな国民達にフレイは笑顔で手を振って応え続けるのだった。
パレード終了後、ジークハルトとシェリルがルミナスト邸までフレイを送り届けた。
「オルミナス王国からここまでお送りくださりありがとうございました、ジーク、シェリル。シェリルはオルミナス王国での護衛も本当にありがとうございました」
報告のため先に別れてしまったパーカーとロックスに対してしたのと同じようにフレイがお礼を伝える。
「いえ、任務ですのでそのような労いの言葉は不要です。それに教会騎士が三人もいて賊と相打ちになるなど護衛としてあってはならぬこと。彼らには処罰が下されるでしょう」
ジークハルトが返事をしている横ではシェリルが苦しげな表情を浮かべ頭を下げていた。
ちなみに、ジークハルトがルヴァンに報告した際に彼も同じことを言っているので、これが教会の一般的な考えなのだろう。
「教会騎士の皆様は懸命に守ってくださいましたわ。私は聖女として彼らの処罰は望みません。後ほど騎士団長には私からその旨お伝えさせていただきますわ」
ふんわりと笑いながらそんなことを言うフレイにジークハルトは頭が痛くなった。一方、シェリルは目を見開いて驚きを露わにしている。
「はぁ……。そんなことはお控えください。公平であるべき聖女のあなたがたった三人の教会騎士のために口を出すべきでないことはおわかりでしょう?…私から内々に伝えておきますから」
「あら、よろしいのですか?ありがとうございますわ、ジーク」
「……お気になさらず」
「そうですわ。二人ともお疲れでしょう?お茶を淹れますのでこちらで少しゆっくりしていきませんか?」
フレイがいいことを思いついたとでもいうように手を合わせながら提案するが、
「いえ、申し訳ございませんが、私にはそんな暇はありません。準備をしなければなりませんので」
彼女の誘いをジークハルトは素気無く断る。
「またすぐに任務ですか?」
「ええ。この世界には魔物の脅威はもちろん、争いの火種もあちこちにありますから。教皇聖下の名のもとにそれらから罪のない人々を守ることが私達星杯騎士団本来の役目です」
「そうですか……。残念ですが仕方がありませんわね。ではシェリルはぜひお付き合いくださいな」
「はい。お供させていただきます」
ジークハルトはシェリルの返事を聞いても何も言わない。シェリルはフレイが聖女になって以降、護衛兼世話係のような役目を与えられているし、そもそも教会騎士に聖女の誘いを断れる訳がないからだ。
「本当なら久しぶりに子供達のところにも行きたいのですけれど……」
フレイが思わずといった様子で呟くが、
「孤児院へ行くことはなりません。騎士の件と同じです。聖女が一部の孤児達と親しく接するなどあってはならないことです」
聞き捨てならなかったジークハルトが即座に否定する。
「…わかっていますわ。あの子達と遊んでいた日々が懐かしくてつい言ってしまっただけですから」
「ならば結構です。シェリルさん、後のことは任せます」
「はっ」
シェリルはジークハルトの言葉を命令として受け取り正式な礼をした。
「ジーク。お母様のところへは行かれないのですか?少しの時間だとしても、きっとお母様もジークに―――」
「時間がありませんから」
フレイの言葉を途中で遮ったジークハルトの表情に陰りが見える。
「……わかりました。では、明日私からジークのお母様にもお花をお持ちしますわね」
「そうですか……。ありがとうございます。よろしくお願いします」
「私がしたくてすることですから。…ですが、最近のジークは気を張り詰めすぎなように感じますわ」
フレイが僅かに表情を曇らせながらジークハルトの頬に手を伸ばすが、
「…今の私は星騎士ですので」
ジークハルトはすっと首を動かし彼女の手を避けてしまった。
フレイは伸ばした手を戻しキュッと握ると、いつものふんわりとした笑顔で続ける。
「お怪我にはお気をつけくださいね」
「はい。ありがとうございます。それでは聖女様。私はこれで」
こうしてジークハルトはルミナスト邸を後にするのだった。
翌日。
フレイはとある場所にやって来た。手には花束を一つ持っており、同行している騎士服姿の凛々しい女性―――シェリルも同様に花束を一つ持っている。
暖かい陽射しに満たされ、周囲には数多くの美しい花々が咲き誇っている中を歩いていく。
まるで穏やかな公園のようにも思えるが、そうではないことは等間隔に並ぶ一面の石碑が示していた。
そう、ここは聖都にある墓地だ。墓地特有の静寂が辺りを包んでいる。
フレイは一つの墓前に立ち止まると、持っていた花束を供えた。そして両手を組み、故人―――ジークハルトの母親の冥福を祈る。昨日ジークハルトに言っていたのはお墓参りのことだったのだ。
祈りが終わり、立ち上がったフレイは控えていたシェリルから花束を受け取ると、別の墓前に向かい再び花束を供える。
ここにはフレイが幼い頃に亡くなった彼女の母親が眠っていた。
フレイが墓前で目を閉じ両手を組むと暫し沈黙の時間が流れる。きっと亡き母親と心の中で会話しているのだろう。陽の光が石碑に降り注ぎ、フレイの周囲を幻想的な空気が包み込んでいた。
その間、シェリルは護衛として周囲の警戒をしつつも、フレイの大切な時間を邪魔しないようにと、気配を殺すようにして佇んでいた。
その日の夜。
「フレイ、大切な話があるのだが……」
フレイの父、ガウス=ルミナストが言い辛そうに切り出した。
「はい。何でしょう?」
こてんと小首を傾げるフレイ。
「うむ……」
それに対し、ガウスは眉を寄せて中々続きを話し出さない。
「どうされたのですか?お父様。今日は帰られてからずっと難しいお顔をされていますわ」
「そうか?それはすまなかった……」
フレイに指摘されたガウスは本当に申し訳なさそうに謝罪した。
ガウス自身の忙しさに加え、フレイが聖女としての活動で忙しくなり、めっきり家族団らんの時間が減ってしまったが、昨日は久しぶりに戻った娘のフレイと食事をしながら色々な話をできてガウスは嬉しかったのだ。ただ一つ、オルミナス王国で賊に襲われた際の詳細を本人の口から聞いたときには心臓がギュッとなったが、無事でよかったと心の底から安堵した。
そうして今日も娘との団らんを楽しみにしていたというのに、教皇に呼ばれ伝えられた内容は受け入れ難いものだったのだ。だが、教皇の言葉は命令と同義だ。当事者であるフレイに言わない訳にはいかない。
「実はな、今日教皇聖下からフレイを留学させたいと承った」
「私が留学、ですか?」
「ああ。行先はムージェスト王国の王立学園。期間は二年とのことだ」
「まあ……」
「自国の権勢を誇りたいのかわからないが、かの国は目ぼしい相手に親書を贈っていて、すでにアドヴァリス帝国の皇族も留学が決まっているそうだ。それで教会としても相応の地位の者をと考えたようでな。だが、二年という期間は長すぎるし、フレイは身体のこともあるからな。私としては正直反対なんだが……はぁ……」
ムージェスト王国の思惑もそうだが、教皇の考えにも釈然としないものをガウスは感じていた。若い頃は確かに同じ方向を目指していたはずなのに。
「いいえ、お父様。私そのお話お受け致しますわ」
だが、そんなガウスに対しフレイは実に嬉しそうな笑顔で即答した。
その後、意表を突かれた父と娘の間で少しだけ問答があったが、結局、少しでも何かあればすぐに帰ってくること、護衛をつけることなど娘を心配するガウスが出したいくつかの条件をすべて守ることでフレイの留学は呆気なく決まったのだった。
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