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強くなる

 レオナルドの事情はアレンも知っていた。正直(しょうじき)、騎士団長から指南(しなん)役に指名(しめい)されたときは、無駄(むだ)なことに時間を取られたくない、という思いがあった。魔力の有無はそれほど重要(じゅうよう)なのだ。お遊び程度(ていど)なら自分達騎士がわざわざ相手をする必要もないと思ったし、(かり)に本気だとしても、剣術だけをいくら()ばそうと魔法を併用(へいよう)されればそれでお(しま)いだ。最低でも身体強化魔法は必須(ひっす)と言っていい。騎士の実戦は剣と魔法の複合(ふくごう)だから。それを(くつがえ)そうと思ったら相当(そうとう)の実力差をつけなければならない。だがそんなものは現実的ではないのだ。それよりも次期公爵(こうしゃく)として戦術(せんじゅつ)などを学び、いざという時に指揮(しき)をできるようにする方がいいのではないかと思っていたくらいだ。


 そんな考えがあったから、アレンは鍛錬(たんれん)初日に失礼にならないよう慎重(しんちょう)(たず)ねた。剣術を習ってどうなりたいのですか?と。

「僕は剣術で誰にも負けない力をつける必要がある。…僕は強くならなきゃいけないんだ」

 このときのレオナルドは何かを必死に(おさ)え込んでいるような暗い表情をしていた。なりたい、ではなくならなきゃいけない。()りつめた糸のようにいつ切れてもおかしくない(あや)うさがあった。

 そんなレオナルドにアレンは当初同情(どうじょう)の気持ちがあったことを否定(ひてい)できない。

 けれどレオナルドは強くなることに貪欲(どんよく)で、一生懸命(いっしょうけんめい)だった。肩に力が入り()ぎて痛々(いたいた)しいほどに。

 そうして鍛錬を続けるうちに、アレンの意識(いしき)は変わっていった。

 だから今レオナルドがしている稽古(けいこ)はとても十歳、十一歳という年齢(ねんれい)の子がやるような内容ではない。それでもレオナルドは弱音(よわね)一つ()かず全身全霊(ぜんしんぜんれい)で取り組んでいる。本当にすごいことだ。不敬(ふけい)な言い方だが、アレンは十も年下の少年に尊敬(そんけい)(ねん)すら(いだ)いた。それにレオナルドには間違(まちが)いなく剣術の才能がある。勿体(もったい)ないほどに。


「レオナルド様はどれほど強くなりたいのですか?」

 あらためてアレンは()いてみた。訊いてみたくなったのだ。

「ん?前にも言ったと思うけど、()()()()()()剣術で誰にも負けないくらいに、かな。まだまだだけど」

 やっぱり、今のレオナルドは何だかいい感じに(かた)の力が()けている。それでいて言葉には力があり、その(ひとみ)はまっすぐ目標に向かっている。簡単(かんたん)に言えば、とてもいい精神状態(せいしんじょうたい)にあると感じた。今朝(けさ)の次期当主交代の話は騎士団長からアレンも聞いている。もしやそれが理由なのだろうか。アレンにはとても精神状態がよくなるような話ではない気がするのだが、変化と言えばそれくらいだろう。もしかしたら一皮(ひとかわ)むけたというやつなのかもしれない。


 とりあえずで立てるような目標ではない。けれど本人がそれほど高い目標を持って、全力で頑張(がんば)っているのだから、その手助けをして差し上げたい、アレンは本気でそう思った。

「なるほど。ではまずは私に勝てるようにならないといけませんね?」

「もちろん、すぐにアレンを追い抜いてやる!」

「はははっ。では、追い抜かれないように私も精進(しょうじん)します。続きを始めますか?」

「うん。ふぅ……、よろしくお願いします!」

 アレンは今後のレオナルドの成長がさらに楽しみになった。


 それからレオナルドの体力が()きるまで鍛錬は続いた。

「今日はここまでとしましょうか」

「はぁ、はぁ、はぁ……。ふぅ………、ありがとう、ございました」

 レオナルドは地面に(たお)れて(あら)い息を()いていたが、何とか立ち上がり、礼をした。

 アレンはこの後も仕事があるため、レオナルド、そしてずっと見ていたセレナリーゼに挨拶(あいさつ)をしてその場を()っていった。


「レオ兄さま。お疲れさまでした」

 セレナリーゼがレオナルドの元までやってきて、手に持っていたタオルを渡す。後ろからはミレーネもついてきている。

「ああ、ありがとう、セレナ」

 受け取ったタオルで汗を()きながら、

「けどカッコ悪いところばかり見せちゃったね」

 レオナルドは肩を(すく)めて言うが、

「そんなことないです!すごいと思いました!」

 強めの反論がセレナリーゼから返ってきた。

「そ、そう?」

「あ、えっと、はい……」

 自分が興奮気味(こうふんぎみ)で、レオナルドが引いていると感じたセレナリーゼは()ずかしくなってしまい(ほほ)(あか)らめる。

「ふふっ、ありがとう。嬉しいよ。これからも頑張れそうだ」

「はい!私応援してます!」

 セレナリーゼは胸の辺りで両手をぐっと(にぎ)ると力強く言った。このときのセレナリーゼの笑顔はとても可愛(かわい)らしいものだった。

(もっと仲が悪いものだと思ってたから、めちゃくちゃ(うれ)しいなぁ)

 そんな感想を(いだ)いたからか、レオナルドの表情はふやけたものになっていた。死なないことが一番の目標だが、できれば身近(みじか)な人と不仲(ふなか)になりたくもない。


 するとミレーネがすすすっとレオナルドに近づき、耳元に顔を()せてレオナルドにしか聞こえないように(ささや)いた。

格好(かっこう)いい姿をお見せしたいなら、もう少しきりっとしたお顔をされた方がよろしいですよ?(ぼっ)ちゃま」

「っ!?ミ、ミレーネ!」

 ぼん、と一瞬で顔を赤くするレオナルド。咄嗟(とっさ)には、(とが)めるように名前を呼ぶことしかできないほど、かなり恥ずかしいツッコミだった。ここ一年ほどのことだろうか。ミレーネはこんな風に時々些細(ささい)なことでレオナルドを揶揄(からか)ってくる。そんなときは決まってレオナルドのことを坊ちゃまと呼んで。何度その呼び方はやめてくれと頼んでもやめてくれない。だけどセレナリーゼもいるこんなところでまで揶揄ってこなくてもいいではないか。

「おっと、失礼致しました、レオナルド様」

 ミレーネは片手で口元を押さえて、心のこもっていない謝罪(しゃざい)を口にする。

「ぐぬぬ……」

 手の隙間(すきま)から見えたミレーネの口元に笑みが浮かんでいたのを見逃(みのが)さなかったレオナルドは、ミレーネを(にら)むように見つめながら(うな)ることしかできなかった。

「レオ兄さま、どうされたのですか?」

 セレナリーゼはそんな二人のやり取りが不思議(ふしぎ)だったのか首を(かし)げる。

「いや、何でもないよセレナ」

 笑って答えながらレオナルドは思った。セレナリーゼにはミレーネのように人を揶揄って楽しむような人間にはならないでほしいと。


 本来のレオナルドは、思い()めるタイプだった。そして(なや)みを一人で(かか)え込むタイプだった。そんなレオナルドは、自分に魔力がないとわかり、自分自身に絶望(ぜつぼう)してしまった。そして、このままでは両親に申し訳ない、公爵家の人間に相応(ふさわ)しくない、と自分を追い込んでしまった。さらには、セレナリーゼの魔力量がわかり、自分は次期当主になれないかもしれないと考えるようになった。クルームハイト公爵家はセレナリーゼが()ぐのではないか、と。今まで(うたが)いもしていなかった自分の将来(しょうらい)が足元から(くず)れていってしまったのだ。結果、誰にも心を開かず、態度もよそよそしくなっていき、家の中でもどんどん孤立(こりつ)していった。そうして成長したのがゲームのレオナルドだ。


 けれど、今のレオナルドは違った。現代日本で才能なんて特になくても、普通に学生生活を送り、ブラック企業(きぎょう)に入ってからも、やれることをやるという精神で生きてきた。私生活(しせいかつ)趣味(しゅみ)充実(じゅうじつ)していて、それなりに楽しい人生だったと思っている。

 そんな記憶(きおく)を持っている今のレオナルドは自分に絶望していない。彼は死なないために全力を()くすと目標を(さだ)めて、そのために懸命(けんめい)に、前向きに今を生きようとしていた。それに正直今は当主になりたいとも思っていない。名誉(めいよ)なことだとは思うが、そんなものは皆に(のぞ)まれているであろうセレナリーゼがなって、自分は公爵(りょう)にあるどこかの町で代官(だいかん)にでもなって、本気で悠々自適(ゆうゆうじてき)な生活、スローライフを送りたいと思っているのだ。


 記憶を取り戻してまだ一日目だ。だが、このレオナルドの精神性の違いが少しだけ、だが確実に周囲(しゅうい)にも影響(えいきょう)し始めていた。

お読みくださりありがとうございます。

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