(幕間)ミレーネの誕生日③
ミレーネの様子を窺っていたレオナルドは気に入らなかっただろうかと不安になり、若干慌てながら言葉を続けた。
「拍子抜けだったらごめん。何がいいかってすごく考えたんだけど、中々これって思えるものがなくて、そんな中でその手巾を見つけてさ。もしかしたら他の人――例えば父上とかからも手巾を貰うかもしれないけど…、そっちの方がミレーネの好みかもしれないけど……、手巾なら何枚あっても大丈夫かなと思って……」
「……拍子抜けだなんてとんでもございません。それに奥様とセレナリーゼ様からは確かにお祝いをいただきましたが、旦那様からは何もいただいておりません。なぜそのようなことを?」
仕えている家の者、つまりフェーリスとセレナリーゼからプレゼントをいただけたことの方が本来なら稀なことなのだ。加えてフォルステッドは男性。愛妻家の彼には無縁のことだが、異性の使用人にプレゼントなんて贈ったら変な勘ぐりをされかねない。これは常識的な考えだ。だからフォルステッドからのプレゼントがある前提で話したレオナルドがミレーネは不思議だった。
「え?あ、そ、そう?それなら、まあいいんだけど……?」
ミレーネがフォルステッドからのプレゼントを否定したことにレオナルドは内心驚愕していた。ゲームと違う、と。フォルステッドが助けなかったせいでミレーネの宝物までなくなってしまった。だが、ずっと黙ったままのステラは納得していた。自分の考えがまた一つ補強されたと。
「……レオナルド様はどうしてこの花の刺繡を選ばれたのかお聞きしてもよろしいですか?」
レオナルドの内心をよそに、そっと指先でブルースターをなぞりながらミレーネが尋ねる。レオナルドは全部知っていた、のだろうか。
「どうしてってほど理由はないんだ。ただ、一番惹かれたっていうか、可愛いなと思ったのと、ミレーネによく似合うと思って。もしかして嫌だったかな?」
「そんなことございません!あるはずがございません!!」
「そ、そう?」
まるで子供がいやいやをするように勢いよく首を横に振ったミレーネは、
「……レオナルド様はこの花をご存知ですか?」
暫し間をおいてさらに尋ねた。
「ん?ああ、ブルースターっていう花なんだってね。俺は花とか全然詳しくなくて知らなかったんだけど、それを手に取ったらさ、店員さんが色々教えてくれた」
「そう、ですか……」
ミレーネは呟くと再び刺繍に目を向ける。ショックだった訳ではない。ブルースターなんて知らないのが普通だろう。
「そのとき花言葉も教えてもらってさ。素敵だなって思ったのはもちろん、その花言葉もミレーネによく合ってると思ったんだ。ミレーネは知ってる?ブルースターの花言葉」
「っ、はい…、存じています」
「そっか。さすがミレーネだね。けどそれなら俺、ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったかな」
レオナルドは自分の言葉に気恥ずかしさを覚えてしまったようだ。
だが、ミレーネはそれどころではない。
いくつもある手巾の中から、レオナルドは何も知らずにこれを選んだというのか。
これが私に似合うと思ってくれて?私の髪色に似た水色の花、そしてその花言葉も含めて。
ブルースター。星のように見える五枚の花弁をもつ可愛らしい花。
これは両親の形見である短剣の鞘にも細工が施されているミレーネの誕生花だ。それほど一般的ではない花。けれどミレーネにとっては特別な花。
花言葉は、幸福な愛・信じ合う心。
今はもう得られなくなってしまった両親からの愛……。
これまで鞘のブルースターを見る度に、その象徴のようなものだと思ってきた。
そこに青いバラまで刺繍されている。
花言葉は、夢が叶う。
母が大好きだった花だ。父との思い出の花だと嬉しそうに話してくれたのをミレーネは今でも憶えている。
(レオナルド様……、あなたという方は……)
……なんて心を揺さぶる組み合わせなのだろう。様々な感情が押し寄せ、心がどうしようもなく震える。
……もう一度、私は幸福な愛を得られるのだろうか。叶うのだろうか。
両親はもういないのに……?では、今の私が心を信じ合う、その、相手はいったい……?
そんなこと考える必要もなかった。年齢や身分の違いのような客観的な事実に意味はない。自分が誰を、何を望んでいるのかもう疑う余地がないほどわかってしまったから。
こんな素敵なものを贈ってくれたレオナルドをミレーネは見つめた。その目は今にもこぼれ落ちそうなほど潤んでいる。
「っ!?ミレーネ?どうした!?」
それに驚いたのはレオナルドだ。目を見開き立ち上がりかける。
「い、いえ何でもございません。あ、その私お礼も言わず大変な失礼を。申し訳ございませんでした。このような素敵な品をくださり誠にありがとうございますレオナルド様。……生涯、大切に致します」
手巾を大切そうに、本当に大切そうに優しく胸元に抱きしめながらミレーネは頭を下げた。
「そ、そう?ははっ、大げさだなぁミレーネは。ただの手巾だよ?気楽に使ってくれたらいいから。でも気に入ってくれたならよかった」
自分が真剣に選んだプレゼントだ。気に入ってもらえたならやはり嬉しい。レオナルドはようやく身体に入っていた無駄な力が抜けるのだった。
ちなみに、ミレーネを助け出した際、確かにレオナルドはミレーネの形見である短剣と鞘を目にしてはいるのだが、あのときはミレーネのことで頭がいっぱいだったためその細工にまで気が回っていなかった。
だから、自分がミレーネの誕生日プレゼントに選んだものの意味に未だ気づいていない。
その後も紅茶を飲みながら、お喋りだけでこの日の特訓時間は過ぎていった。その際に、特訓のことをセレナリーゼに話すことになり、一緒にしたいと言われていることがミレーネからレオナルドに伝えられた。内緒にするということだったのでミレーネはすごく申し訳なさそうだ。いや、レオナルドの見当違いでなければ残念そうにも見える。
とはいえ、セレナリーゼから頼まれてレオナルドに断るという選択肢はない。セレナリーゼも色々な魔法が使えるようになった方がいいのも事実だ。だから、レオナルドはセレナリーゼも特訓に参加してもらうことにした。ただし、明確な理由はないのだが、精霊術についてはまだ黙っていることにし、特訓中は使わないことをミレーネに話した。もしもミレーネが精霊術を見たいときには朝でも夜でもいつでもいいから言ってほしいとも。
それがよかったのかはわからないが、ミレーネが微笑みを浮かべてくれたのがレオナルドには印象的だった。
レオナルドの部屋を退出後、ミレーネはセレナリーゼの元へと向かった。
理由はセレナリーゼとの約束を果たすため。自覚した自分の気持ちを伝えるためだ。
それともう一つ。セレナリーゼに許してほしいことがあったから。
ただ実際にこんな話をすればいったいどんな反応をされてしまうだろう。セレナリーゼからすれば随分と失礼な話だ。いくら優しい彼女でもそんなことは許さないと怒るだろうか。
それでも―――。
(私の仕えるべきお方はセレナリーゼ様。それは変わらない。けれど、願わくば、私の心だけは生涯レオナルド様に捧げさせていただきたい……)
そうして不安を抱えながらも正直に気持ちを伝えた結果、セレナリーゼは怒るどころか嬉しそうに二つ返事で了承した。自分も同じだからよくわかると。それから二人は、同じ人に想いを寄せる者同士、年齢も立場も超えて今後について話すのだった。
お読みくださりありがとうございます。これにて第二章終了となります。次話から第三章です。
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