(幕間)感情に戸惑うミレーネ
翌朝。
今日からは自分で起きるのだと考えていたはずのレオナルドは、自室で爆睡していた。昨日はレオナルドも、自分では意識していなくても、主に精神的に相当疲れていたのだろう。
そんなレオナルドの側に影が一つ。
ミレーネだ。
かれこれ三十分はぼんやりとレオナルドの寝顔を見つめていた。昨日の劇的だったあれこれを思い出しているのかもしれない。
何となくぐっすり眠るレオナルドを起こすのが勿体な―――、いや可哀そうだと思って中々起こせずにいた。そう、可哀そう、だ。間違いない。自分の気持ちにそんな言い訳をしながら見ていたら、時間が経つのはあっという間だった。
けれどそろそろ起こさなければ朝食の時間に遅れてしまう。
「レオナルド様、起きてください。朝ですよ?」
ミレーネは優しく揺すりながら声をかけた。
「ぅ…ん……?……おはよぉ…ミレーネ?」
ゆっくりと覚醒していくレオナルドがいつもの調子で朝の挨拶をする。
「はい。おはようございます、レオナルド様」
「……って、ミレーネ!?なんでいるの!?」
そこで現状のおかしさに気づいたレオナルドが完全に覚醒した。
「レオナルド様をお起こしするのは私の仕事ですから」
「いやだってミレーネはもうセレナの専属になった訳で……」
「はい。ですので、セレナリーゼ様にはきちんと許可をいただいております」
「それは……いい、のか?」
「気になるようでしたら早くお一人で起きられるようになってください」
「ぐっ、わかってるよ」
そのつもりでいたのに、実際にはできずに起こされたレオナルドは、言い訳も出てこず頷くと、朝の準備をするためベッドから出た。
「……まあそうなってもやめるつもりはありませんが」
そんなレオナルドを見つめながらミレーネがぼそりと呟いた。そこには無意識かもしれないが、これだけは譲りたくない、そんな想いがこもっていた。
「ん?何か言った?」
「いえ、何でもありません」
そうして着替えているときのこと、一夜明け、日常に戻ったことで逆に昨日見てしまった正しく非日常と言っていいミレーネのあられもない姿が鮮明に思い出されてしまい、レオナルドの視線がついミレーネの体の一部に吸い寄せられた。この男の根本はやはり何も変わっていないようだ。
当然のようにレオナルドの視線に気づいたミレーネだが、今回は今までのように気づかないふりではなく、不敵な笑みを浮かべた。
「あらあら。どこをそんなに見つめているのですか?」
そしてレオナルドに指摘しながら、ミレーネはメイド服の上からでも主張の激しい胸をさらに強調するように腕を自身の体に回す。
「なっ!?な、何が?べ、別にどこも見てないけど!?」
顔を赤くして反論するレオナルド。初めて指摘され動揺が激しいようだ。
「女性は男性の視線に敏感なのですよ、坊ちゃま?」
「うっ……、ごめん。けど坊ちゃまはやめてくれって言ってるだろ!?」
自分の性をわかっているレオナルドは、こんな自分が心底嫌だと強く思いながら、ミレーネに嫌な思いをさせてしまったと本気で申し訳なさそうにしていた。
「ちゃんと謝れて偉いですね。……坊ちゃまはそんなに私の胸が気になりますか?」
だが、ミレーネの攻勢は止まらない。
「っ!?……ごめん、ってば……!」
はっきり胸と言われてしまい恥ずかしくなったレオナルドは俯いてしまう。前世の記憶があるといっても、精神はレオナルド、つまり十二歳の子供に引っ張られているから感情の制御は中々難しい。そんなレオナルドからは見えていなかったが、ミレーネの頬は少しだけ赤くなっていた。心臓なんて今にも爆発してしまうのではないかというほどバクバクしている。
(どうして私はレオナルド様にこんなこと言ってるの!?)
自分でもわからない。でも今はなぜかレオナルドの視線が気になって仕方なかった。こんな脂肪の塊の何がいいのかわからないが、性的な目で見られてるという意味では昨日の件と同じはずなのに、今は怖いとかではなく、ちょっとした優越感のようなものを感じるのはいったい何なのか……。ミレーネは自分の感情に戸惑っていた。
そんな風に軽くテンパっている頭で、もう少しだけ揶揄いたいという思いが勝ったミレーネは更なる爆弾を投下する。
「答えになっていませんが……、坊ちゃまは私の胸に触りたいのですか?」
(何てことを言ってるの私は!?)
内心とは違い、ミレーネはすまし顔だ。
「ふぉわっ!?」
そんなことを初めて言われたレオナルドは、がばっと勢いよく顔を上げ、思わずミレーネを見つめてしまう。
「ふふっ、冗談に決まっているではありませんか。坊ちゃまにはまだ早いですよ?」
(あ、危なかった……。レオナルド様が頷いていたら私はどうするつもりだったの!?)
ミレーネは自分でも気づかぬうちに実に蠱惑的な笑みを浮かべていた。先ほどから内心と実際の言動が真逆といっていいほど一致していない。
「~~~~っ、ミレーネは意地悪だ!」
「あらあら、顔を赤くしながら拗ねている坊ちゃまも大変可愛らしいですが、そろそろ準備を終えませんと本当に遅れてしまいますよ?」
冗談めかして言っているがそれはミレーネの本心だった。今まで以上にレオナルドが可愛く思える。昨日の格好いい姿とのギャップが凄まじい。それにもっと自分を見てほしい、自分に関心を抱いてほしいなんて思ってしまう。相手は仕えるべき家の子息、しかも四歳も年下の男の子だというのに……。
「……わかってる……!!」
そうして準備を進める中、レオナルドの頭は疑問でいっぱいだった。
(何なんだ今日のミレーネは!?ミレーネってこんなキャラだったか!?)
こんな直接的な表現で、しかもミレーネ自身を対象にして、揶揄われたことなどこれまで一度もなかったのだ。
(くそっ、だけどやっぱり可愛いなぁ!!!)
こうして自分を揶揄えるのもミレーネが元気な証拠だとレオナルドは必死に思おうとする。
その後、レオナルドはまるで精霊術の特訓のときのように、精神を集中し煩悩を退散させるのだった。
部屋を出る頃には何とかいつもの調子に戻ったレオナルドは言い忘れていたことを伝える。
「そういえば、ミレーネに魔法を教える件だけど、俺の鍛錬後の休憩に付き合ってもらう形はどうかな?それならミレーネの負担も小さいと思うし、セレナには俺から話すからさ」
昨日空の旅をしているときに伝えたことだ。ミレーネは闇魔法以外も使えるようになれる、と。そしてその手伝いをできればさせてほしい、と。
「……私は構いませんが、そのようなことにレオナルド様のお時間を割いていただいて本当によろしいのでしょうか」
初めて聞いたときは驚きと喜びでいっぱいだったミレーネだが、今は申し訳なく思っているようだ。
「俺がしたくてすることだよ。じゃあ、ミレーネがよければ今日からここでしようか?場所は…ここでいいかな?」
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。何卒よろしくお願い致します」
「俺は大したことができる訳じゃないんだけどね。頑張るのはミレーネだからさ。でも協力は惜しまないから。頑張ろう?」
「はい」
この後、レオナルドから直接、毎日一時間ほど自分の休憩時間にミレーネにも付き合ってもらいたい旨を伝えられたセレナリーゼは複雑な内心を悟られないように隠しながら快諾した。ただ、その場に控えていたミレーネにははっきりとわかった。以前セレナリーゼの気持ちを聴いていたから。だが、心苦しく思いながらもミレーネが口を挟むことはなかった。
こうしてミレーネの特訓が決まった。
魔法の属性は光、闇、水、火、風、地の六属性あるが、初回に、レオナルドがどの属性を使えるようになってみたいか尋ねたところ、ミレーネからは火か水がいいという答えが返ってきた。
光というのは別格のため選択肢から外すのは意外でもないが、風と地はグラオムとネファスの属性のため嫌なのだろうとレオナルドは推察した。
それからレオナルドは、火と水についてミレーネがイメージしやすいように、時には前世の知識も用いたり、精霊術で見本を見せたりしながら教えていくのだった。
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