表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/113

鍛錬の時間

 ムージェスト王国王都にあるクルームハイト公爵(こうしゃく)家の屋敷は、最高位(さいこうい)貴族だけあってとても大きく、その敷地(しきち)も非常に広い。だから敷地内で剣術の鍛錬(たんれん)をすることも余裕(よゆう)でできる。

 レオナルドの剣術を見てくれているのは公爵家に(つか)える騎士(きし)の一人であるアレン=ヴァートルだ。短い茶色の髪に精悍(せいかん)な顔つきをした彼は、約一年前、当時まだ十九歳と騎士の中では若手(わかて)だったが、その実力は確かで、フォルステッドからの指南役(しなんやく)選出(せんしゅつ)依頼(いらい)に騎士団長が推薦(すいせん)した人物だ。


 まずは素振(すぶ)りからとアレンの()け声に合わせて、レオナルドが一振(ひとふ)り一振り集中(しゅうちゅう)して木剣(ぼっけん)を振るう。その表情は真剣(しんけん)そのものだ。


 準備運動を()ねた素振りが終わると(たが)いに木剣を持ち、体術(たいじゅつ)(まじ)えた実戦形式での鍛錬が始まった。木剣同士がぶつかり合う度にカーンと軽い音が()り、その音は徐々(じょじょ)(はげ)しさを()していく。


 セレナリーゼはテーブルセットに(すわ)ってレオナルドの鍛錬する姿を見つめていた。近くにはミレーネが(ひか)えており、セレナリーゼに紅茶を()れた後は、少し下がり、同じく視線をレオナルドに向け、じっと立っている。

 セレナリーゼは鍛錬というものを初めて見たが、こんなに激しいものだとは思っていなかった。

(すごい……)

 これをレオナルドは毎日やっているのかと思うとただただそんな言葉しか出てこない。セレナリーゼの感想は普通(ふつう)のもので、他の貴族家で十歳からこれほど本格的な(きび)しい鍛錬をしているところはないと言っていい。


 どうして今日セレナリーゼは鍛錬を見たいなんて言ったのか。

 それは今日のレオナルドがすごく(やわ)らかく感じたからだった。(おさな)い頃から年子(としご)の兄であるレオナルドとはいつも一緒にいるのが当たり前で、一緒に遊ぶのも大好きだった。レオナルドは幼い頃から神童(しんどう)と言われ、何でもできるような人なのに(やさ)しくて、そんなレオナルドにセレナリーゼは(あこが)れにも似た尊敬(そんけい)の気持ちを(いだ)いていた。

 けれど、レオナルドが十歳のとき。正確には魔力測定をしたときから一緒に遊んでくれなくなってしまった。その時間を鍛錬に当てるようになったからだ。それだけじゃない。レオナルドは全然笑わなくなった。(けわ)しい表情をすることも()え、そんなレオナルドが少し(こわ)かった。勉強を一緒にするときもセレナリーゼのことなど目に入っていないようだった。それほど一心不乱(いっしんふらん)だった。ダンスや礼儀作法(れいぎさほう)などそれまではよく気にかけてくれていたのに……。

 魔力がないと判明してからのレオナルドがすごく頑張(がんば)っていることはそうして近くで見ていたからよくわかっているつもりだ。だから仕方(しかた)のないことだと思っていた。


 それから月日(つきひ)()ち、セレナリーゼが魔力測定をしてからは明らかに()けられるようになった。セレナリーゼにはそう感じた。理由はこれしかない。レオナルドには魔力がなかったというのに、自分には大きな魔力があったからだ……。自分でも(おどろ)くようなこの結果に、セレナリーゼ自身レオナルドに対して気まずくなった。

 そうした思いから最近は挨拶(あいさつ)くらいで(ろく)に話すこともなくなってしまった。


 そんなレオナルドが今日、算術(さんじゅつ)の授業のときに自分を気にかけてくれたのだ。

 びっくりしたけど、すごく(うれ)しかった。その後も、魔力測定をする前までのようにセレナリーゼを気にかけてくれた。

 だから自分からも何かしたくて、気づけばレオナルドに鍛錬を見せてほしいとお願いしていた。自分にできることなんてないかもしれないが少なくとも応援(おうえん)はできると思ったから。それでレオナルドが(よろこ)んでくれたら妹としてすごく嬉しい。また以前のような兄妹に戻れたら……。セレナリーゼにはそんな(あわ)期待(きたい)があった。


 セレナリーゼとミレーネが見守る中、アレンがレオナルドの木剣を大きく(はじ)く。それに対しレオナルドは瞬時(しゅんじ)()りを放ち距離(きょり)を取ろうとするが、アレンには見切られ(わず)かな動きで(かわ)されてしまい、首筋(くびすじ)に木剣を寸止(すんど)めされてしまった。そこで二人は木剣を(おさ)めた。一撃(いちげき)を入れられるか、こうして余裕を持って寸止めされたら一区切(ひとくぎ)りし、これを何度か()り返すのだ。ちなみに、レオナルドは今まで一撃を入れたことはもちろん、入れられたこともない。すべて寸止めだ。それだけの実力差が二人の間にはあった。


「レオナルド様は日に日に強くなっていきますね」

 休憩(きゅうけい)になったとき、(まぶ)しいものを見るようにしてアレンが言った。アレンの言葉は本心だった。大人とはまだ筋力(きんりょく)などの差があるが、同年代でレオナルドに勝てる者はいないだろうと思っている。この一年でそれほどに強くなっていた。

「ありがとう。けど、まだまだ全然()りない。もっと……、もっと強くならないと」

 そう言ってレオナルドは苦笑(くしょう)した。


 ゲームでレオナルドは学園に入る頃には、()()()()()()王国最強の騎士にも匹敵(ひってき)するのでは、と侮蔑(ぶべつ)を込めて言われていた。

 なぜそれが侮蔑なのか、魔力のないレオナルドには、身体強化(しんたいきょうか)魔法を使うこともできない。つまり、魔法分の実力差をつけなければ実戦では(まった)()が立たないからだ。


 その上、今はゲームではなく現実。ステータスなんてものを見ることも当然できない。だから余計にレオナルドは自分の実力に自信が持てなかった。こう言っては何だが、ゲームではアレンは名前もないモブだ。自分はまだ十一歳とはいえ、そんな相手にも剣術だけでの実戦形式で全く歯が立たないのだから先が思いやられる。死の運命を打ち(やぶ)るには全然足らない。それでも精霊についてはまだ決心がつかないため、今はゲーム開始時点のレオナルドを目指(めざ)して剣術を頑張(がんば)るしかないのだ。


 けれど、今のレオナルドの言葉を聞いて、アレンはおや、と思った。以前(いぜん)と言葉は()ているのに今日は随分(ずいぶん)雰囲気(ふんいき)(ちが)っていたから。

お読みくださりありがとうございます。

面白い、続きが気になるなど思ってくださった方、画面下の☆☆☆☆☆から応援していただけると嬉しいです!

【ブックマーク】や《感想》、《イチオシレビュー》も本当に嬉しいです!

モチベーションがとんでもなく上がります!

何卒よろしくお願い致しますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ