専属
レオナルドとミレーネが二人で執務室に姿を見せた。
「まさか本当に連れ帰ってくるとは……」
それを見たフォルステッドは驚きに満ちた呟きを漏らす。確信はなくとも、レオナルドならもしかしたらと思ってはいた。だが、実際に結果を目の前にするとやはり驚きが勝る。
「ミレーネはこうして戻ってきてくれました。今回の揉め事も解決しました」
レオナルドの隣ではミレーネが非常にきまり悪そうにしている。自分の意思で決めて、もうここに戻ってくることはないと思っていたのに、その日のうちにこうして戻ってくることになったから。
「はぁ……」
こちらの気持ちも知らないでやり切ったという顔をしているレオナルドについため息がこぼれる。
「父上、約束は守ってもらいますよ?」
レオナルドが念を押すように確認すると、フォルステッドが何かを言う前に、
「レオ兄さま!ミレーネ!」
二人が戻ったことを聞きつけたセレナリーゼが執務室に飛び込んできた。
「セレナ。ただいま」
「お帰りなさいませ、レオ兄さま、ミレーネも」
言いながらセレナリーゼは微かな違和感を覚えたが、それが何かはわからず内心で小首を傾げた。
「約束通りミレーネを連れ帰ってきたよ」
「はい。信じていました。二人ともご無事で何よりです」
「……ご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございませんでした」
「ミレーネ、違いますよ?迷惑じゃなくて心配したんです。黙ったまま一人で色々なことを抱えて出て行こうとするだなんて。でもこうしてミレーネが戻ってきてくれて本当に嬉しいです」
「っ、…ご心配をおかけしてしまい大変申し訳ございませんでした。ありがとう、ございますセレナリーゼ様」
セレナリーゼの言葉で心がじんわりと温かくなったミレーネの声は微かに震えていた。
それからレオナルド達は全員でソファに腰掛けた。ミレーネは立っていようとしたのだが、レオナルドとセレナリーゼの二人からダメだと言われて一緒に座っている。
フォルステッドの正面に、レオナルドを真ん中にして、左にセレナリーゼ、右にミレーネといった形だ。
レオナルドが主になって事の顛末をフォルステッドに説明する。
内容はミレーネと打ち合わせた通り、フォルステッドのおかげというものだ。
その話を聞いて、セレナリーゼはニコニコしながら「さすがはレオ兄さまです!」と全幅の信頼を寄せるレオナルドのことを褒めていた。
一方、フォルステッドはレオナルドの語る内容が正直信じられなかった。クルエール、ブルタルの悪辣さをよく知っているからだ。奴らがそんな簡単に引き下がるなど何か裏があるのではないかとどうしても思えてしまう。
だが適切に挟まれるミレーネの補足もあって、最終的には一応の納得はした。サバスに裏を取らせる必要はあるが、それは自分達の話だ。
実際、イリシェイム第一王子が出てきてしまった今回の件がクルームハイト公爵家にまで及ぶことなく終結するのであればそれに越したことはない。それだけ今回の件は、大事になる可能性を秘めたものだったのだ。
「それで父上、ミレーネの復職の件ですが―――」
説明を終えたレオナルドがこちらこそ本題とばかりに真剣な表情で切り出す。だが、それに答えたのはセレナリーゼだった。
「レオ兄さま、安心してください。ミレーネの処遇についてはもう決まっています」
セレナリーゼは笑顔で断言する。
「セレナ?もしかしてもう父上の説得は終わってるのか?」
「当然です!レオ兄さまに任されましたから!」
何とも可愛らしいどや顔を見せたセレナリーゼはそのままレオナルドに頭を差し出すようにした。意味を察したレオナルドがセレナリーゼの頭を優しく撫でると、彼女はその手の感触に浸るように目を閉じる。が、続くレオナルドの言葉ですぐに元に戻すことになる。
「セレナ……。ありがとう。本当にありがとう。じゃあ今まで通りミレーネはここにいられるんだな」
「あ、えっと…今まで通りという訳ではないんです。ミレーネにはこれから私の専属侍女になってもらいたいのです。後々はサバスのように側近として私を支えてもらえたらと思っています」
「っ!?」
レオナルドは目を見開く。
「セレナリーゼ様!?そんな、私にそのような役目は畏れ多いです」
「これはミレーネのためだけではないのです。そうですよね、お父さま?」
「…ああ。当主の側近には、信頼できる闇魔法の使い手が望ましい。表向き法で禁止されているとはいえ、実際には暗殺などへの対策は必須だからな。サバスがそうだ。だが、そうそう都合よくそんな人間が見つかる訳ではない。だからサバスには父と私、二代にわたって務めてもらっている。しかし、サバスももういい年齢だ。さすがにセレナリーゼの代までは難しい。そこまでの事情をすべてわかった上で、セレナリーゼはミレーネを自身の側近にと望み私が許可した」
フォルステッドは説明しながらレオナルドに目をやった。どうだ?これはお前の目論見通りなのか、と。
だが、レオナルドはその視線に気づかなかった。フォルステッドと自分がしたたったあれだけの会話から、セレナリーゼがその聡明さを発揮してミレーネを専属にと望んだこと、そしてミレーネがゲーム通り、次期当主の専属になること、そのどちらに対しても、表現は難しいが、震えるほどゾクゾクした気持ちが湧き上がってきていた。二人が組むのなら最強だろう。ゲームとは違い、自分が関わらなければ二人の将来も明るいのではないかとも思える。レオナルドは無意識に口元に笑みが浮かんでいた。
「実のところ、それはお父さまを説得するための理由というのが大きいんですけどね。私だって今回のことは怒っているんです。もうミレーネをただのメイドだなんて言わせません。対外的に公爵家の側近ともなれば、滅多なことはないでしょうし、もしもまた何かあったとしても、今度はクルームハイトの名のもとに全力で対応することができます」
公爵家の側近という立場には対外的にそれだけの価値がある。それに公爵家としても様々な情報を得ることになる側近は必ず守らねばならない存在だ。身内も同然といったところだろうか。
「セレナリーゼ様……」
「だからミレーネ、引き受けてはもらえませんか?」
セレナリーゼの言葉に全員の視線がミレーネに向く。
するとミレーネはものすごく自然にレオナルドを見やった。
レオナルドは自分を見つめてきたことに少しだけ驚きつつも、微笑みを浮かべて力強く頷いた。
ミレーネにとっても、セレナリーゼにとってもそれがいいと本気で思うから。残念なことがあるとすれば、これからは朝ミレーネが自分を起こしに来てくれることはないのだろうなということだろうか。そんなちょっぴりの寂しさはもちろん表には出さないけれど。
レオナルドの反応にミレーネも小さく口元を綻ばせながらこくりと頷く。
セレナリーゼからはそれがばっちり見えていて、そこで最初の違和感が何かわかったような気がした。いや、セレナリーゼだからこそ気づけたといった方がいいかもしれない。女の勘というやつだろうか。
つまりは、レオナルドに対するミレーネの精神的な距離が近くなっている、と。
ミレーネはその場で立ち上がると、
「旦那様、セレナリーゼ様。謹んでお受けさせていただきます。よろしくお願い致します」
深く頭を下げた。
そしてそっと懐に手を当てる。
(お父様、お母様……。私は―――)
そこには両親の形見である短剣があり、ミレーネは心の中で新たな誓いを立てるのだった。
こうして今日このときより、ミレーネは次期当主であるセレナリーゼの専属侍女となった。今後はサバスから将来に向けた側近としての教育も受けていくこととなる。
今までの自分とは違う。ミレーネの忙しくも充実した新たな日々が始まるのだった。
お読みくださりありがとうございます。二章本編はこれにて終わりとなります。このあとは幕間をいくつか(予定)はさんで、第三章となります。
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