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怒りの権化

 室内に何度も何度も(にぶ)い音が(ひび)いている。

 レオナルドがネファスに馬乗りになり、(なぐ)りつけているのだ。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔はボコボコに()れており、体中切り傷だらけでかなり悲惨(ひさん)有様(ありさま)だ。

 そしてレオナルドが手を止めるとネファスがもう何度目かもわからない泣き言を口にした。その(おび)えきった目には心を反映するように得体の知れない化物(レオナルド)に対する恐怖がありありと浮かんでいる。

「か……かひゅげで……。がい…ふぐ…ボー…ジョ…あぞこ…に……」

 ネファスが室内にある(たな)に目を向け、このままでは死んでしまうと必死に願った。

 棚の中に、飲めば傷や怪我(けが)(なお)してくれる回復ポーションがあるのだろう。高性能なものは部位欠損(けっそん)すら治すことができる。回復ポーションは教会が製造販売を独占しており、非常に高価なものだ。扉が閉じているため何本あるのかは見えないが、いったいこれまでどういう使い方をしていたのか。考えたくもなかった。ただ、これまでの二人を見ていれば、自分達に使っていた訳ではないことだけは()けて見える。


「そんなものまであるとはな。だが、それを俺が渡してやる訳がないだろう?」

 もしかしたらミレーネも無理やり回復ポーションを使われて無限地獄のような目に()っていたかもしれない、その可能性だけでレオナルドの怒りが高まる。

「ひっ!?…い、いあだ……」

 レオナルドの怒りを感じたのか、ネファスが短い悲鳴を上げる。だが、そんなものは関係なく、レオナルドは再び殴りつけた。


「……ぼ、ぼぉ…やめで……ぐで。……ぼぅ…いあだ……」

 次が自分の番だということがわかっているからだろう。グラオムが懇願(こんがん)する。グラオムもネファスと同じく悲惨な有様だ。


 それを横目でチラリと見たレオナルドは、()()()()()()()()グラオムの足を切りつけた。

「ぐぁっ!?」

 その後、手を止めても今度は(うめ)くだけのネファスを見て、(おもむろ)に立ち上がると、レオナルドは(となり)(ころ)がるグラオムに馬乗りになった。


「それで俺がやめるとでも思うのか?」

 そしてレオナルドはグラオムを殴りつけた。

 今となっては、何も言わなければ切りつけられることもないとわかりそうなものだが、グラオムもネファスも言わずにはいられなかった。自分の上からレオナルドが退()いた瞬間は自分の番が終わったという安堵(あんど)がやってくるのだが、隣で殴り続けられるもう一人を見ていると、次はまた自分なのだと、どんどん恐怖が(おそ)ってきていっぱいいっぱいになっていってしまうのだ。

 そうしてつい何事かを(しゃべ)ってしまうと風の刃で切りつけられる。


 先ほどからこれの繰り返しだ。これがこの二人に対してレオナルドが決めたこと。この二人には、自分の手で直接その身体に、心に、恐怖を(きざ)みつける。ゆっくりと、けれど確実に、徹底(てってい)的に、心を絶望に染めていってやる、と。

 それでも、レオナルドの怒りは(まった)(おさ)まらない。それも当然だった。(こじ)らせていたとはいえ、ミレーネは前世の記憶を取り戻す前からレオナルドが(あわ)い想いを(いだ)いていた相手なのだから。今のレオナルドはミレーネも主人公を好きになる可能性についてわかっているため、きちんと(わきま)えているが、そんな相手の心をあそこまで傷つけた者達を誰が許せるというのか。



 戦いが始まった当初、グラオムとネファスは余裕の表情でそれぞれ、ウインドカッターとストーンブレットをレオナルドに向けて放った。

 魔道具を使えなくなった今のレオナルドなら簡単に倒せると思っていたからだ。

 だが、何発撃とうとレオナルドを戦闘不能にするどころか、(かす)りもしない。

 二人からすぐに余裕は消え、苛立(いらだ)ちを(つの)らせていった。


 ある程度自由に魔法を使わせ続けたレオナルドは、二人の腹部に(こぶし)を撃ち込んだ。身体強化すら使っていないレオナルドの動きだが、鍛錬(たんれん)などしていない二人は全く反応できなかった。

 殴られ()れていない二人はその一撃でうずくまってしまうが、レオナルドを(にら)みつけながら上から目線でわめいた。


 レオナルドはそれらを聞き流すと、二人の顔面に思い切り()りを入れ、強引に二人を仰向(あおむ)けに転がした。

 そして、バインドミストを()した精霊術を使い、白い(もや)で二人を拘束(こうそく)すると、同じくストーンブレットを模した精霊術を使い、先の(とが)った石で二人の手のひらを穿(うが)ちそのまま床に固定してしまったのだ。ただ精霊術で作られた石が刺さったままのため出血は意外と少ない。


 二人は激痛から言葉にならない絶叫(ぜっきょう)を上げる。それと同時に、まだ魔道具を隠し持っていたのかと(くや)しがった。


 これらはどちらも今までのレオナルドには使えなかった精霊術だ。では、なぜ使えるようになったのか。答えは簡単。使えるような気がしてやってみたら使えたというだけだ。

 戦いの中で実際に魔法が発動するところを目にし、体感したことで、イメージしやすくなったことが大きい。加えて、戦闘中ということで、感覚が()()まされていたことも大きいだろう。

 ここに来てレオナルドの精霊術の腕は格段に上がっていた。


 そうして片方を殴っている間、もう一人が喚けばウインドカッターを模した精霊術で致命傷にならない程度に浅く切りつけた。ステラが何度もレオナルドに忠告していたが、それは聞き入れてもらえなかった。


 最初の内はこんなことをしてただで済むと思うななどと威勢(いせい)のよかった二人だが、徐々に、今回のことは王子の命令に(したが)っただけだと、自分達は悪くないなどと言うようになった。


 また、何度も何度も魔法としか思えないものを使ってくるレオナルドに、この力は魔道具によるものではないのではないかという疑問が二人に芽生めばえた。ただ、教会で行う魔力測定は確かなもので、レオナルドに魔力がないのは間違いないのだ。だとすればレオナルドはいったどうやって魔法を使っているのかと初めて目の前の存在を不気味(ぶきみ)に思うのだった。


 そして今では助けて、やめて、と弱弱しく懇願するばかりとなった。



『…レオ。これ以上続けるとこの人間はそのまま死んでしまいます』

 ステラがグラオムを殴り続けるレオナルドに忠告する。ただ、その力の無い声には届かないことへの(あきら)めが(にじ)んでいた。

 レオナルドはステラの声が聞こえたからなのか、そこで動きを止めた。だが、ステラは声が届いたなんて勘違(かんちが)いをもうしない。レオナルドの怒りは全く(おとろ)えていないからだ。そしてこの怒りは元凶(げんきょう)を殺すか、原因が取り(のぞ)かれるまで衰えないこともわかっている。


 ここまでのことをされ続けてようやくというべきか、今回初めて殴られ続けるグラオムを見てもネファスが何も言わなかった。見ると、体を小刻(こきざ)みに(ふる)わせながら歯をカチカチと打ち合わせていた。

 真下を見れば、グラオムもネファスと同じような状態だった。


「……もういいか」

「「っ!?」」

 レオナルドはポツリと(つぶや)くと、立ち上がりどこかに歩いていく。

 その呟きは二人の耳にも届き、永遠に終わらない恐怖と絶望に染まっていた彼らの心に、ようやく終わるのかと一縷(いちる)の希望が()いた。そしてそれは大きな安堵となって広がっていく。もう関わりたくない、解放されたい、今の二人はそんな考えでいっぱいだった。


 レオナルドはすぐに戻ってきた。手に黒刀を(にぎ)って。

「お前ら…そろそろ死ね」

 レオナルドの宣告(せんこく)は二人を(さら)なる絶望に(たた)き落すものだった。一瞬でも希望を(いだ)いたせいでその絶望はより深くなる。


「っ、わどぅ…がっ…だ。あや…ばる…がら…。じに…だぐない……」

「っ、やめ……。ごろ…ざ…ないで…ぐで……」

 ネファスとグラオムは理不尽(りふじん)な恐怖の権化(ごんげ)たるレオナルドに対し、必死に命乞(いのちご)いをする。そうレオナルドの怒りが二人には理不尽なものに思えてならなかった。

 この()(およ)んでも彼らの中にはこの程度のことで殺される(いわ)れなどないという考えがあるのだろう。

 だからレオナルドにどう思われるのか理解できない。


 レオナルドは殺意に満ちた()めた目で二人を見ると、まずはネファスの前に立ち、無言のまま黒刀を(かま)えた。


 ネファスが泣き喚く中、レオナルドが黒刀でとどめを刺そうとしたまさにそのとき―――、

「いけません!レオナルド様!」

 それをめるようにミレーネがレオナルドの体に()きついた。

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