首輪からの解放
時は少しだけ遡る。
ステラの指示に従いながら走り続けたレオナルドはようやく目的地に到着した。
(ここか……)
『はい』
(何とか間に合った、のかな?)
『戦闘の気配はありませんね。ですがレオ、この中にミレーネ以外の人間が五人います。一階に一人、二階に四人です。ミレーネも二階にいます』
(五人も!?話にあったグラオムとネファスがいるにしても他は誰だ?酒場っぽいけど、こんな時間から客か?)
『わかりませんが、うち二人はそれなりの魔力量です。ですが、レオなら問題ありません』
(わかった。とりあえず、二階だな)
『さっさと皆殺しにして終わらせましょう』
(いやいや、殺しに来たんじゃないってわかってるよな!?)
『そうですか。殺した方が楽だと思いますけどね』
こんな時でも、すでに定番となっているやり取りをするレオナルドとステラ。まるで漫才のようだ。
(し・な・い!ってか、この金を渡せば大丈夫なはずなんだ。それにグラオムとネファスなんてやつ、俺は名前も知らなかったし。そんなモブ大したことないだろ)
レオナルドはまるで自分に言い聞かせるように軽口を叩いた。
ゲームではミレーネの回想で、クルエール公爵家とブルタル伯爵家の子息に絡まれたというだけで名前までは出てこなかった。本編にも登場しないため、ゲーム的に二人は完全にモブなのだ。だが腐っても大貴族の子。やつらは第一王子とパイプを持っていて、それを使って自分達の要求を押し付けてくる。それをクルームハイト公爵が自身の権力と金銭で交渉し解決した。
少なくともゲームのストーリーはそうだったはずだ。
だが、すでにゲームとは色々と違っている。交渉役も何の肩書もない自分になってしまった。それらがレオナルドに一抹の不安を与えていた。
『……ええ。相手が大したことないという点については同意します』
ステラの言い方は何とも含みがあり、レオナルドの不安を煽ってくる。
(……問題はどうしたらミレーネが復讐を思いとどまってくれるか、だよな)
現時点の実力はわからないが、ゲームのミレーネを知っているレオナルドは、ミレーネが負けるとは少しも思っていなかった。
『そうですね』
(…行こう、ステラ。もしも復讐を遂げてしまったら全部終わりだ)
そうなってはミレーネが王国の法で裁かれてしまう。それは死刑を意味していた。
『はい』
突然店内に入ってきたレオナルドを店主、もとい見張りの男は訝しげに見た。
「小僧、何の用だ?ここはお前のようなガキが来るところじゃねえぞ」
言葉遣いが悪いのは見た目通りといった印象だが、何というか覇気がない男の様子にレオナルドは内心首を傾げる。
「ここにミレーネという女の子が来ましたよね?二階にいると思うんでちょっと上がらせてもらいますね」
一応丁寧な口調を心がけ、子供らしくにっこり笑っているレオナルドだが、目が笑っていなかった。見たところ客がいない。であるならば、この男もあちらサイドの人間と考えるのが妥当だからだ。
「お前何者だ?何しに来た?」
言いながら男はカウンターから出てきて、レオナルドに対峙する。
「ミレーネを連れ帰りに来ただけですよ。あと、上にいるグラオムとネファスって人にちょっと用があるだけで」
「ネファス様達は今頃お楽しみの最中なんだ。邪魔をさせる訳にはいかねえな」
「っ、…お楽しみ?」
男の不穏な言葉にレオナルドから表情が消え、声が急激に低くなった。そんなことはあり得ないと思うが、嫌な感じに心臓が早鐘を打つ。
「ああ、お相手はお前の言うミレーネって女さ。だからお前みたいなやつをネファス様達の元に行かせる訳には行かねえんだよ」
男はそう言い終わると同時に、レオナルドに殴りかかる。
突然の攻撃にもかかわらず、レオナルドは読み切ったように躱すと、瞬時に身体強化して、鞄を持っていない方の拳で男の腹部にカウンターを打ち込んだ。
その威力に、男はカウンターを破壊しながら吹き飛び壁に激突して止まった。その際、ドガァーーンッッッ!!!!と大きな音が響き渡ったため、二階にも届いていることだろう。だが、そんなことはどうでもよかった。
(急ぐぞ、ステラ。ミレーネが心配だ)
レオナルドは、動かなくなった男には一切目もくれず、険しい表情で階段へと向かう。
『はい』
(それと、黒刀を出してくれ)
『…わかりました』
僅かに躊躇ったステラ。黒刀はその状態のままでは何も切れないただの鈍器だ。普段のレオナルドなら残念ながら殺さないための武器として黒刀を使うのだろうとステラも思うが、今のレオナルドは正直わからなかった。
それほどレオナルドの雰囲気が張りつめているように感じるのだ。
もしかしたら上にいる者達を殺してしまうかもしれない。それは人間を殺したいという自分の欲求に合致している。けれど、本当にそれでいいのかとステラは一瞬迷ってしまった。レオナルドが人を殺すことを自分は本当に望んでいるのか、と。
それでも結局は黒刀を顕現させた。今のように戦う可能性がある以上武器があった方がいいのは確かだから。
そうしてレオナルドは男の言葉から導き出される嫌な想像を必死に振り払い、階段を上る。途中踊り場のところでステラが何かの魔法を感じ取ったが、それも無視して二階へとやって来たのだ。
そして今。
ミレーネの姿を見た瞬間、爆発的に湧き上がった怒りから、思わず口に出てしまっただけの独り言を呟いた直後、レオナルドは鞄から手を離し、一瞬だけ身体強化した。そして、まるで瞬間移動したかのようなスピードで、ミレーネの正面に回り込むと、床に落ちていた彼女の外套を拾い、羽織らせる。
「「なっ!?」」
レオナルドのスピードにグラオムとネファスが驚愕の声を上げる中、黒装束達は一層警戒を強めた。
グラオムとネファスはよくわかっていないようだが、先ほど自分達に向けて放たれた殺気は尋常ではなく、今の動きも目で追うのがやっとだったからだ。レオナルドを相当の実力者だと感じていた。
「ミレー、ネ……?」
レオナルドは、様子のおかしいミレーネの名を呼ぶ。ミレーネは完全に表情を失くし、目の前にいる自分にも無反応だった。
「これは!?」
そしてすぐに少し下、ミレーネの首に嵌められたものを見て目を見開く。
「おい!貴様!どういうつもりだ!?何をしている!?」
そこに、ミレーネの下着姿を隠されたことが気に食わないのか、ネファスが喚き、
「あれは…クルームハイトの無能か?」
グラオムが信じられないというように目を丸くしながら呟いた。
二人の声は届いていたが、レオナルドは無視する。
『何ですか?この首輪は?』
(……これは隷属の首輪だ。登録された主人の命令に絶対の服従を強いられる。こんなものまで使ってくるなんて……!くそっ、無理やり外そうとするとミレーネが死んでしまう……)
『レオ、大丈夫です。霊力を流してしまえば、耐性のないものは何であれ簡単に壊せます』
(っ、わかった)
ステラの言葉を受け、レオナルドがすぐに隷属の首輪へと自身の霊力を流し込んでいくと金属でできた首輪がまるで砂でできていたかのようにボロボロに自壊した。レオナルドの霊力に耐えきれなかったのだ。外部の力ではなく、内部から破壊されたため、首輪の効果も発動しない。
すると、ミレーネの身体から力が抜け、そのまま倒れそうになるのをレオナルドが咄嗟に支える。
一連の出来事を見ていた四人は揃って息を呑んだ。専用の鍵でしか外せない頑強な隷属の首輪が勝手に崩壊するなどという、あり得ないことが起こった。しかも無理やり首輪を壊したはずなのにミレーネが死んでいないのだ。彼らには何をどうしたらそんなことが起こるのか全く理解できなかった。
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