最初から詰んでいた
「なん…で……?」
ミレーネは自分の目に映る光景が信じられず、呆然と立ち尽くしてしまう。
グラオムとネファスは傷一つなく、それどころか、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら来たときと同じソファに座っているのだ。確かに殺した、心臓を刺し貫いたときの生々しい感触だってまだ手に残っている。それなのに……。しかもミレーネ自身の立ち位置も駆けだしたところから一歩前に踏み出しているだけで全然動いていなかった。短剣にも血などついておらず、綺麗なままだ。これではまるで時間が巻き戻ったかのようではないか。
しかしそうではないことも目の前の光景が証明している。グラオム達の近くには、顔まで隠した黒装束を着た者が二人立っている。先ほどまでこんな者達はいなかったはずだ。
いったい何が起こっているのか、ミレーネには全く理解できない。
気が動転している中、首元でした音のことにも思い至ったミレーネが、緩慢な動作になってしまいながらも手をやると、そこにはゴツゴツとした金属製の首輪のようなものが嵌められていた。
「っ、これは……!?」
自分からはそのものを見ることはできない。けど嫌な予感しかしなかった。
そんなミレーネをグラオムとネファスは嗜虐心いっぱいの目で見ていた。
「クククッ、あの女、随分と混乱しているようだな」
「ええ。そうですね。まあ無理もないとは思いますけど。すべてを話して絶望させるのも面白そうだ」
「確かにな」
そうしてネファスは嘲笑を浮かべながら話し始めた。
「ミレーネ。僕達を殺せたとでも思ったか?そうだろうね。見ていたからわかるよ」
「っ、何を!?」
「疑問でいっぱいだろう?そんなキミに僕が最初からすべてを説明してあげよう。だからそのまま動かずに聴くように」
「っ!?」
ネファスがそう命じると、ミレーネは全く体を動かせなくなった。そのことに驚いているミレーネの様子を見ながら、ネファスはネチャリという表現がぴったりな笑みで楽しそうに理由を教える。
「体が動かなくなっただろう?キミの首には隷属の首輪がついている。主人は僕だ。つまり僕の命令に逆らうことはできないってことさ。キミにもう自由はないよ」
それは先ほど、黒装束の者がミレーネにつけた首輪だ。
隷属の首輪は主人の命令に絶対服従を強制するものだ。本来、犯罪奴隷に使用するもので、国で厳格に管理されている。そんなものまでネファスが持っていることにミレーネは驚きを隠せない。
「さて、何から話そうか。そうそう、まさかミレーネが闇魔法を使えるなんて本当に驚いたよ。ただ研鑽が足りなすぎるなぁ。もしかして闇魔法が使えることを忌避していたのかな?勿体ない。まあ、飽きたら鍛え直してこいつみたいに使ってあげてもいいかな。体術はそれなりみたいだしね」
ネファスは側に控えるようにして立っている黒装束の一人を指差して言った。
「こいつらにも隷属の首輪がつけられていてね、主人はそれぞれ僕とグラオムさんだ。そしてこいつらは、二人とも闇魔法が使える暗殺者なんだよ。キミより余程凄腕のね。ああ、もちろん法に反してる訳じゃないよ?お優しい第一王子殿下が僕らの護衛にと所有を認めてくれているからね」
ネファスは本当に楽しそうに語り続ける。
「キミも闇魔法が使えるのならこの部屋に来るときに違和感くらいはあったんじゃないか?あのとき、この部屋にはまだ上級闇魔法の『アイソレーションフィールド』が展開していたんだ。女達の泣き叫ぶ声が外に漏れたら迷惑だからね」
ミレーネ自身は使えないが、その魔法名と効力くらいは知っていた。自分が闇魔法を使えるようになってしまってから、周囲にバレないように気をつけながらたくさん調べたから。アイソレーションフィールドは、隔離した空間を作り出す魔法だ。その空間の中で起きたことは音やにおいなど様々なものが外には漏れない。闇魔法は本当にこうした魔法ばかりで、実に暗殺に向いている属性なのだ。
そして、ミレーネは確かに階段の踊り場で僅かな違和感を覚えていた。けれど、その違和感の正体なんて、それこそ熟練の闇魔法使いでもない限り、気づけるようなものではない。
「で、キミがここに入ってきたとき、こいつらはすぐにキミの殺気に反応したんだ。僕達を本当に殺したかったら殺気くらいは消しておかなきゃ。つまり、ここに来た時点でキミが僕らを殺すなんて不可能だったってこと。わかったかな?」
最初から詰んでいたのだと明かされ、ミレーネの顔が悔しげに歪む。今目の前にいても、黒装束達は気配がとても希薄だ。暗殺者として相当の実力者なのだろう。ミレーネが勝てるような相手ではない。こんな者達が潜んでいたなんて全く気づけなかった。
そんなミレーネを見てグラオム達は愉悦に浸っていた。
「キミがいよいよ僕らに襲い掛かろうとしたとき、こいつが同じく上級闇魔法の『イケロスドミネーション』を使ったんだ。こいつらは僕らの好みがよくわかってるからね。簡単に殺してお終いにはしない。キミは僕の玩具なんだから余計にね。まあ、そう命令してあるってだけだけど」
その魔法もミレーネは知っていた。相手に悪夢を見せ精神的に追い詰める魔法だ。では自分はその魔法で幻を見ていたのか?でもそれならなぜ、ミレーネが闇魔法を使ったことなど、夢でのことをネファスが知っているのか。それに刺した感触や血の臭いなどあんなに生々しくできるものなのか。そもそもミレーネは二人を殺した。これが悪夢といえるのか。ミレーネはわからないことだらけだった。
「ここからが面白くてね、なんと『アイソレーションフィールド』内で『イケロスドミネーション』を使うと、その空間内では、キミに見せている夢が現実で起きているみたいに見えるようになるんだ。すごいと思わないか?闇魔法の可能性は本当に無限大だよ。実際、何もかも現実と寸分違わなかっただろう?それを僕らは観賞していたって訳さ。動いてたのはキミの意識だけ。だからキミ自身もそこから全く動いてないんだよ」
魔法が組み合わさることで別の効果を生み出すなんて考えたこともなかった。調べた中にもそんな記載はどこにもなかった。ただ、実のところ、これにもデメリットはある。現実と変わらないようにするため、術者の知らない場所や人間などは登場させられないし、例えば今回の夢でいうと、ネファス達の実力を現実以上にすることもできない。魔法をかけられたミレーネ以外のすべてをどこまでも正確に再現する、それがこの複合魔法の制限だった。けれどだからこそ些細な違和感も抱けないようなどこまでもリアルな世界ができあがるのだ。レオナルドがいたらARみたいだと思ったかもしれない。
「観ていて驚いたなぁ。あれだけ戦えるなら確かに言うだけのことはあるよ。僕らだけなら本当に殺せたかもしれなかったのに残念だったね」
こうしてネファスによって、ミレーネの想いも行動も何もかもが無駄だったのだと突きつけられ続けた。それでもミレーネは険しい表情を崩さなかった。しかし―――、
「さて、これで説明は十分かな。その諦めきってないって顔もいいんだけどさ、わかってる?もうキミは僕の命令に服従するしかないってこと」
ネファスは自身の首をトントンと指しながらもう一つの現実を突きつける。
「夢の中とはいえ、僕らを殺した罪は重いよ?これからキミ自身の身体でたっぷり償ってもらうから簡単に壊れないでくれよ?」
もちろん忘れてなんかいない。けれど、ネファスの言葉に、これから自分がされるだろうことを想像して、それでも隷属するしかないという状況にミレーネの顔色がサッと青ざめる。屈辱感から身体が震え、嫌悪感や恐怖が押し寄せてくる。それらは女性としての本能であり、抑えられるようなものではなかった。
「ハハハッ、いいねぇ!いいよ!ミレーネ!そういう顔が見たかったんだ!」
ミレーネの様子に、ネファスが一気にテンションを上げた。
グラオムも満足げに笑っている。
「じゃあ、手始めにそこで着ているものを全部脱いでいこうか。僕らに見せつけるようにしてゆっくりとね」
そしてネファスによるミレーネの凌辱が始まった。
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