偶然選ばれただけの
「何を笑っているのですか!?」
グラオムの笑いが腹立たしくて、ミレーネが声を荒げる。元々こんな奴らに過去のことを話すつもりなんてなかった。だから話すことで、殊勝な態度を期待した訳でもなかった。そういうことではなくて、ただ、怒りから、憎しみから言わずにはいられなかったのだ。
話なんて不要、油断している今のうちにさっさと殺してやりたい、けれどどうしようもなくぶつけずにはいられない、そんな葛藤があった末での血を吐くような言葉だったというのに、返ってきたのが馬鹿にしたような嘲笑だなんてあんまりだろう。
けれど、当然のようにグラオム達にそんな想いは通じない。
「これが笑わずにいられるか!なあ、ネファス」
グラオムが声をかけると、ネファスから先ほどまでの動揺が嘘のように消えた。
「……ククッ、ええ。まったくその通りですね。でも酷いですよ、グラオムさん。僕が折角笑いを堪えて驚いてあげていたのに」
そう、ネファスは演技していただけだったのだ。
「そうは言うが、かなりわざとらしかったぞ?」
「えー、そうですか?」
二人はニヤリと笑い合う。
「っ!?……私がジェネロ家の者だとわかっていたとでも言うのですか……?」
ミレーネは目を見開く。全部わかった上で仕掛けられていたとでもいうのか。そんなことがあり得るのか。疑問でいっぱいになりそうなミレーネだったが、それはグラオムによってすぐに解消された。
「ん?ああ、安心しろ。お前があのジェネロ男爵家の生き残りだということには俺達もしっかり驚いているぞ?まさか娘がいて、生き残っていたとはな。クルームハイトが匿ったということなのだろうが……。フフッ…、フハハハハッ!しかしなぁ、お前の両親が処刑されることになった事件!あれについては関係なくなどないぞ?俺達はあの事件のことをよ~く知っている!」
グラオムは愉悦にまみれた醜い笑みを浮かべながら、両手を広げた大げさな仕草でミレーネが気になることを言ってきた。
「……どういう意味です?」
ミレーネは怪訝な表情で尋ねた。当時、彼らも自分と同じくまだ子供のはずだからだ。
一方、グラオムは、これから自分が話すことにミレーネがいったいどんな反応をしてくれるのか、それが楽しみで仕方がないといった様子だ。
「聞きたいか?聞きたいよなぁ?いいだろう、教えてやる。あのとき、あの馬鹿が毒を盛られた現場には俺達もいたんだ。だからよく憶えてる。あの事件はな、暗殺未遂ではないんだ。暗殺なんて誰もしようとしていない。なぜなら!すべては父上達によって仕組まれたものだったんだからな!毒を盛ったのは証言をした使用人自身だ。当然父上達が仕込んだ人間だし、そいつも事件後すぐに始末されたようだがな」
「ちなみに、使用人を用意したのがクルエール公爵家で、魔法での回復も難しい非致死性の毒を用意したのが僕の家だよ。つまり最初から殺すつもりなんてなかったってこと」
「なっ!?」
グラオムが語り、ネファスが補足した内容を聞きミレーネは絶句する。
「当時、あの馬鹿王子は馬鹿なりに周囲の人間が自分の敵なのか味方なのかと警戒していてな。とりわけ大人に対する警戒が強かった。だから同年代の俺達が選ばれた。けれどあの馬鹿は、俺とネファスのことも簡単には信用しなかったんだ。だが、父上達は一刻も早く俺達を第一王子の側近にしたかった。あいつをいいように操るためにな。そこで一計を案じたのさ。変な疑いがかけられないようにと何も知らされていなかったから、目の前で苦しみだしたあいつを見たときは本気で動揺したものだ。その後、父上から種明かしをされてな。毒で苦しむあいつのところへ俺達は毎日見舞いに行くことになった。毎日毎日本気で心配しているように装うのは本当に大変だった。だが、同年代の他人から何日も毎日気にかけてもらえたことが余程嬉しかったんだろうなぁ。毒が消えた頃にはすっかり俺達に心を許すようになってな。俺達を側近にするとあいつ自ら言い出したんだぞ?本当に馬鹿だよなぁ?」
それは彼らにとって明らかに誰にも知られてはならない、秘密にしておかなければならない真実だった。
だが、そんな考えには及ばないのか、ミレーネに知られてもどうにでもなると思っているのか、グラオムは饒舌に語り続ける。その隣ではネファスも愉しげにミレーネの様子を見ていた。
「そんなことって……」
事件後の動きや判断が余りにも早すぎたから怪しいとは思っていた。でも、第一王子派筆頭である二家がすることとも思えなかった。暗殺する動機がなかったからだ。フォルステッドも調べてくれていたが、終ぞ二家の犯行を示す証拠は出てこなかった。
それがまさかこんな形で明らかになるとは。
「で、だ。お前に関係するのはここからだぞ?ジェネロ男爵を犯人とする証言な、あれは第二王子派の中で、逆らうだけの権力がない爵位の低い者なら誰でもよかったんだ。早期解決のために、な。すぐに第一王子の耳にその証言を入れた。そうしたら、あいつはそれを鵜呑みにして、こちらの予定通りに即処刑を決めてくれたよ。それで幕引きだ。つまり!お前の親が選ばれたのはただの偶然なんだよ。フハハハッ、実に運が悪かったなぁ?」
「ああ…本当に可哀そうに。別の誰かが生贄になっていれば、今も家族皆で生きていられただろうにね。恨むべきは爵位の低さと自分達の運の無さってことかな」
「っ、あなた達は……!」
ミレーネの顔が歪む。
そんなくだらないことのために両親は殺されたというのか。それも偶然選ばれたというだけで。
悔しくて悲しくて憎くて……。ミレーネの心の中はぐちゃぐちゃにかき乱されていた。もう限界だった。
「ふぅ。その顔を見れただけでも聞かせた甲斐があったな。いい余興になったぞ?」
「くっ……!」
「そんな目で見ても無駄だ。お前にいったい何ができる?先ほどは殺しに来たなどとほざいていたが、本気で俺達に勝てるとでも思っているのか?お前はこれからネファスに弄ばれるんだよ。それがお前の、いや、ジェネロ家の運命ということだ」
ジェネロ男爵家はクルエール、ブルタルの両家に弄ばれる運命にあるのだとグラオムは言い切った。
するとどうしたことだろうか。
「…………」
ミレーネは急に俯いてしまった。グラオム達からはただただ傷ついているように見えただろう。だが実際は違った。
(……私はこんな者達となぜ話なんてしてるのだろう……。好き放題言われて……。もういい……。これ以上は何もかも不要だ。私はただ当初の目的を果たすんだ。それだけでいい。そのためにこんなところに来たのだから……)
ミレーネの心が冷えていく。冷えて、冷えて何も感じなくなっていく。そしてすべての感覚がたった一つの目的を果たすことに集約されていく。
「そういうこと。さあ、わかったなら無駄な抵抗なんてしないで早くこっちに来い。今から僕がたっぷりと可愛がってやる」
ネファスが色欲に染まった表情で、ミレーネに命令した。
そのときだ。
ネファスの言葉が合図となったかのように、ミレーネは懐から短剣を取り出すと、凝った意匠の鞘から抜き、一直線に駆けだした。この二人を絶対に殺す、ただそのためだけに。
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