子供達の成長
「何を言い出すかと思えば……。馬鹿を言うな。バレなければいいというものではない」
「そうですか？実際のところ、貴族の中にはいざというときのため闇魔法使いを傍に置いている人もいるでしょう？」
レオナルドはそう言うと、チラリとサバスに目をやった。
その視線の動きはフォルステッドを本気で驚愕させた。
レオナルドはいったいなぜ、何を、どこまで知っているというのか？
先ほどから知るはずのないことばかり知っているレオナルドにフォルステッドはうすら寒いものを感じた。
「……何を言ってももう遅い。すでに彼女は呼び出された場所に向かっている。わかったならもうミレーネのことは忘れなさい」
「そんな！？セレナ、ミレーネが呼び出された場所はわかる？」
レオナルドは振り返りセレナリーゼに尋ねるが、
「い、いえ。ミレーネが何か紙を渡されているのは見ましたが中身までは……」
セレナリーゼは申し訳なさそうに答えた。
（くっ、どうすればいい？どうしたら……！？）
焦りばかりが募っていくレオナルド。そこに再びステラの声が響く。
『何をそんなに焦っているのです？』
（ミレーネの向かった場所がわからなきゃ止めることもできない！）
『レオは忘れたのですか？以前、私にミレーネの魔力を覚えさせたのはレオですよ？』
（っ！？あ～～～～！！！？そういえばそうだった！すっかり忘れてた！）
レオナルドは目を見開いて思わず頭を抱えてしまう。
『まったく……。私はとっくに探知を始めていたというのに……。今からでも十分追いかけられますよ』
（ステラ……。……どうしてそこまで？ステラは人間なんて嫌いだろ？それなのに―――？）
どうしてこんなに積極的になってくれるのだろうか。
『っ、そんなことどうでもいいでしょう！？……レオが自分のことをそっちのけで他の人間を気にしてばかりいるからです！力が戻る前にレオに死なれたら私が困るんですから解決するしかないでしょう』
（そっか……、そうだよな。ごめん。でもありがとう、ステラ）
「レオナルド？今度はどうしたというのだ？」
フォルステッドはいきなり頭を抱えだしたかと思えば、そのまま薄っすら笑みを浮かべたレオナルドを怪訝そうに見つめる。
「いえ、何でもありません。今からミレーネを捜します。必ず連れて帰りますから、そのときはミレーネの退職を撤回してください」
「どこに行ったのかわからないのだろう？それに金はどうするのだ？お前にどうにかできる訳が―――」
「お金については心配ご無用です。なので約束、してください」
「なに？」
フォルステッドの言葉を遮り、レオナルドは言葉を重ねた。そのとき、
「レオ兄さま。後のことは私にお任せください」
これまで自分から話すことはなかったセレナリーゼがレオナルドに声をかける。その姿は余裕すら感じられるほどのものだった。
「セレナ？」
レオナルドはセレナリーゼを見て瞠目する。
「もうあまり時間がないはずです。レオ兄さまはどうぞミレーネを捜しに行ってください。お父さまは私が説得しますので。その代わり、ミレーネを必ず連れ帰ってくださいね？」
セレナリーゼは最後に笑みを浮かべてみせた。レオナルドに全幅の信頼を寄せているから。それは理屈ではない。どうやってミレーネを捜すつもりなのかすらセレナリーゼにはわからない。それでも、レオナルドならやってくれる、ただそう信じられるのだ。だからこそ、自分は自分にできることをしようと思える。
「……わかった。後は頼んだ、セレナ」
セレナリーゼの頼もしい雰囲気にレオナルドはすぐに決断する。
「はい！どうかお気をつけて」
レオナルドが頼ってくれたことが嬉しくてセレナリーゼの顔がパッと心からの笑顔になった。
「ああ！行ってくる！」
執務室を飛び出したレオナルドは急ぎ自室に隠してあるお金の入った鞄を取りに行ってから、屋敷を後にした。
レオナルドが出て行った後の執務室では、
「いったいどういうつもりだ？セレナリーゼ」
フォルステッドがセレナリーゼに厳しい目を向けていた。
「レオ兄さまがミレーネを連れ帰った後の話は、次期当主である私の方が適任かと思いまして」
セレナリーゼは堂々と言ってのけた。
「ほう？どういう意味だ？」
フォルステッドの顔が公爵家当主のものになる。セレナリーゼが次期当主であることを強調したからだ。
そんなフォルステッドに対して、セレナリーゼは臆することなく、毅然とした態度でミレーネの扱いについて自らの考えを伝えるのだった。
セレナリーゼも退室した後、サバスはフォルステッドのために新しいお茶を淹れ、それを差し出すと疑問に思ったことを尋ねた。
「旦那様、失礼ですが、レオナルド様を行かせてしまってよろしかったのですか？それにセレナリーゼ様のご提案もあんなにあっさりと承諾してしまって」
「……レオナルドの何もかもが予想外過ぎてな。どう動くのか見てみたくなった。セレナリーゼもレオナルドの話を聞いただけで正確に理解していたからこそのあの提案だろう？断る理由は思い浮かばなかったな」
「旦那様はレオナルド様がミレーネを見つけるとお考えで？」
「さてな。お手並み拝見といったところだ。だが、状況によってはサバス、お前に出向いてもらうことになるかもしれない」
「かしこまりました」
「悪いな。子供達が―――特にレオナルドがミレーネのことをあれほど大切に想っているとわかった以上最悪の事態は避けたい」
「わかっておりますよ。あれほど厳しく接しておきながら、その実、旦那様がご家族のことをとても大切に想っているということは。その際は老骨ではございますが、確実にやり遂げてみせましょう」
「ああ、頼む。それにしても、本当に子供の成長というのは早いものだな。感慨深いものだ」
「然様でございますか。レオナルド様は随分と旦那様にお怒りのようでしたが」
「ふっ、確かに私を射殺さんばかりに睨んでいたな」
「なぜそこで嬉しそうになさるのですか……」
サバスは呆れたような目を向けるが、フォルステッドは綺麗に聞き流すと悩ましげに言葉をこぼした。
「……しかしレオナルドはなぜああも知っているはずのないことを知っていたのか……」
ミレーネの過去はもちろん、当主でなければ知らないはずのことまで。レオナルドについては腑に落ちないことが多すぎた。金についてもどうするつもりなのか。
「そちらにつきましては私もお話を伺っていて自分の耳を疑いました」
暫くの間、大の大人が二人で考えても答えなんてでなかった。
気を取り直すようにしてフォルステッドは紅茶を一口飲む。
「何はともあれ、あの子達の未来が楽しみだ。お前もそう思わないか？サバス」
レオナルドには特別な何かを感じざるを得ないし、セレナリーゼは非常に賢く、頭も切れる。親の贔屓目を抜きにしても将来が楽しみな子供達だ。
「はい。おっしゃる通りかと」
保険はある。ならば後は親として子供の頑張りを見守るだけだ。
それからフォルステッドは仕事に戻るのだった。
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