三人でのお茶会
お茶会が始まって三十分ほど経った頃だろうか。シャルロッテが唐突にレオナルドの話を始めた。
「へえ。セレナにはお兄さんがいるんだ」
「……はい」
悪い予感しかしないセレナリーゼは少しだけ表情を曇らせる。そしてその予感は当たった。
「レオナルドというんだけど、彼、なんと魔力がないのよ?」
「それは……何というか……」
アレクセイはレオナルドの存在を知らなかったのか、気の毒そうにセレナリーゼを見てくる。
それがセレナリーゼには腹立たしい。
「驚きでしょう?でもセレナはすごく優秀なの。それで公爵家の次期当主になったのよ」
「すごいじゃないか!実力のある人が認められるのはすごくいいことだと思う。おめでとう、セレナ」
「ありがとうございます……」
自分を持ち上げようとしてくれているのかもしれないが、セレナリーゼには作り笑いを浮かべるのが精一杯だった。
「私、セレナがなってくれて本当によかったと思ってるのよ。レオナルドが次期当主のままだったら私、望まぬ婚約者にされてしまうところでしたもの」
「っ!?」
初めて聞く話にセレナリーゼは息を呑む。婚約話が実際にあったのかセレナリーゼにはわからない。だが、もしも本当にシャルロッテがレオナルドの婚約者になっていたらと想像したらセレナリーゼは胸が苦しくなった。
本当にレオナルドがシャルロッテの婚約者になんてならなくてよかったと心から思う。
「よかったな、シャル。僕は王侯貴族のそういうところがあまり好きじゃないなんだ。結婚はやっぱり好きな人としたいよな」
アレクセイが現行制度の批判とも取られかねないことを平然と言ってのける。
「ええ。アレクの言う通り。それが難しいことだとはわかっているけれど……」
「学園では自由恋愛も多いって聞くし、そこでシャルが好きになった人と婚約できたらいいな」
「そうね。やっぱりアレクの考え方は素敵だわ。……アレクを見ているとつい期待したくなっちゃう」
最後は誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、シャルロッテはコケティッシュな笑みを浮かべるのだった。
三人とも笑顔で会話を楽しんでいるように見えるが、実際のところセレナリーゼの心の中はストレスでいっぱいだった。
シャルロッテとのお茶会はいつもそうだ。セレナリーゼとしては断れるなら断りたいというのが正直な気持ちだ。
アレクセイが加わった今回もその例に漏れない。
その後もお茶会は続き、話題は再びセレナリーゼに向けられた。
「そうそう、そういえば、四月から始めたという魔物との実戦訓練の調子はどう?順調なのかしら?」
四月中旬にあったお茶会の際に、この話題になった。
レオナルドから提案のあった魔法の訓練をするようになってから、セレナリーゼは着実に新たな魔法を覚えていった。タイミングが一致しただけかもしれないが、セレナリーゼはこれをレオナルドのおかげだと思っている。
そして、将来のためにももっと実力を身につけたいと思ったセレナリーゼは、どうしてかレオナルドが実戦訓練をしなくなったことも重なって、アレンに自分の実戦訓練に付き合ってもらえないか思い切ってお願いしてみたのだ。そうしたら、フォルステッドの許可が出たらという条件付きで引き受けてもらえた。だからフォルステッドに頼み、新年度を迎えた四月から実戦訓練を始めることになった。
フォルステッドには当初渋られたのだが、その説得の際もレオナルドがセレナリーゼの意思を尊重して味方になってくれた。セレナリーゼは努力を重ねて実力は十分だし、アレンなら頼りになる。それに万が一のときのために回復魔法が使える騎士にもついてもらえば問題はないと力説してくれたのだ。
当時のことを思い出したセレナリーゼは胸の辺りが温かくなり柔らかな微笑を浮かべた。
「はい。と言っても本当にまだまだ始めたばかりで、騎士の後ろから魔法を使っているだけなのですが」
「それでもすごいことだわ。私達の年で実戦訓練なんてしている人は滅多にいないでしょう。レオナルドのようにやっているように見せかけている人はいるでしょうけど」
「……そんなことはないかと思いますが……」
シャルロッテの言葉で、すぐにセレナリーゼの微笑は消えてしまう。レオナルドがずっと前から頑張っていたことをシャルロッテは知っているはずなのに、貶めるから。
「そんなことあるわよ。ねえ?アレク」
「まあ僕もやってはいるけど、確かに本気でやってる人は少ないとは思うよ。女の子では特にそうなんじゃないかなぁ。セレナは努力家だな」
「ええ、本当に。そういう努力家なところがきっと実を結んでいるのよね。魔法を使えるようになって半年足らずで新しい魔法を次々と覚えたことも本当にすごいことだもの」
「……ありがとうございます」
「そうそう、魔物といえば、セレナは最近王都で話題になっているブラックワイバーンのことは知ってるかしら?」
シャルロッテは繋がっているようで繋がっていない話題を持ち出した。最初からこの話がしたかったかのようだ。
「はい。父から聞きました」
ちらりとセレナリーゼはアレクセイを見る。
「じゃあ、そのブラックワイバーンを倒したのが、トーヤという黒髪の少年だということも?」
「えと…、はい」
チラチラとアレクセイに目がいってしまう。フォルステッドがトーヤの正体だと考えている相手の前で、シャルロッテがどういうつもりでこの話をしているのかがわからず、アレクセイがどんな反応を示すのか気が気じゃなかった。
「ふふっ、ですってアレク?セレナも件の少年はアレクだと思ってるようだけど?」
セレナリーゼの目線の意味を正確に理解したシャルロッテが愉快そうな笑みを浮かべてアレクセイに話を振る。
「勘弁してよ、シャル。セレナが来る前にも言ったじゃないか。彼はトーヤという名前なんだろう?僕じゃないよ」
「アレクの魔力量は多くの人が知っていることよ?その上、黒髪という珍しい特徴まで一致しているわ。私としては、やはりトーヤというのはアレクの偽名じゃないかと思っているのだけど?セレナもそう思わない?」
「それは……」
セレナリーゼには何と答えたらいいかすぐには思い浮かばなかった。
「参ったなぁ」
アレクセイは曖昧な笑みを浮かべる。それはセレナリーゼの目からも、隠したいことだからこれ以上触れないで、という態度に見えた。
「随分と楽しそうだな、シャルロッテ。邪魔をするぞ」
そのとき、不躾な声が割り込んだ。
声の主は、赤みがかった茶髪の青年、第一王子のイリシェイム。彼は顔を顰めており、不機嫌なことを隠そうともしていない。
その後ろには、ニヤニヤとした笑みを浮かべるグラオムとネファスがいた。
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