悲しい決着
(……ステラ、今確かに殺してくれって聴こえたよな?)
あまりの衝撃にレオナルドは目を見開き、呆然としてしまう。そして自分の聞き間違いではないことをステラに確認した。
『……はい』
(だよな!やっぱりあのブラックワイバーン、意思疎通ができるんだよ!)
ステラが同意してくれたことで、レオナルドの心に嬉しさが込み上げてきてテンションが上がる。魔物だなんてことは関係ない。言葉が通じるということは、きっとステラが言っていた竜と似た存在なのだ。元々が人間―――、声質から男性だという可能性が高いことについては複雑な気持ちになるが……。
一つだけ確かなのは、このブラックワイバーンは殺し合いをするような相手ではないということだ。
『そんなことよりもレオ、早く距離を詰めなければ。今はまだ戦闘中ですよ』
テンションを高くするレオナルドに対し、ステラは冷静な、もっといえば冷たく感じるほど平坦な声で注意した。
(そんなことって何だよ?でもこっちの声を届けるためにも近づく必要はあるか)
『…………』
レオナルドとステラはそんなやり取りをして、ブラックワイバーンに自分から急接近した。
その間、どういう訳か、ブラックワイバーンは攻撃を仕掛けてこなかったが、レオナルドが近くに来ると攻撃を再開した。
「うおっ!?」
レオナルドはブラックワイバーンの攻撃を咄嗟に避ける。
「待ってくれ!なあ!殺してくれってどういうことだ!?あんたの声はちゃんと聴こえてるんだ!まずは戦いを止めて話し合わないか!?」
そして、声を張り上げ、ブラックワイバーンに語りかけた。
『コロシテクレ!』
ブラックワイバーンの念話としか言いようがない声がレオナルドの頭に響く。だが、言葉は先ほどと同じだ。
『レオ。戦闘中だと言ったはずです。攻撃を』
(攻撃なんてできる訳ないだろう!?)
レオナルドはステラの言葉に言い返すと、
「だからなんで殺してくれなんて言うんだよ!?攻撃を止めてくれ!俺はあんたと戦いたくない!」
ブラックワイバーンの攻撃を避けながら語りかけ続ける。
『レオ!いい加減にしなさい!ブラックワイバーンを倒すのです!こんなところで殺されたいのですか!?』
自分から攻撃をしないレオナルドに、ステラが強い口調で叱咤する。
(っ、そんな訳ないだろ!けど、このブラックワイバーンは話し合うことができるんだぞ!?)
レオナルドも苛立ちをぶつけるように、負けず劣らずの強い口調で言い返す。レオナルドにはステラがブラックワイバーンを倒させようとすることが腹立たしかった。
「グルゥアアアッッッーーー!!!」
悉く攻撃を避けながらちょろちょろと自分の周りを飛び回るレオナルドが目障りなのか、ブラックワイバーンは怒りの咆哮を上げると、翼を強くはためかせ、レオナルドに向けて魔力を乗せた強力な乱気流を発生させた。
『コロシテクレ!』
それと同時に、レオナルドにブラックワイバーンからの念話が届く。
「うわっ!?」
乱気流によって風の精霊術が阻害され、レオナルドは墜落するように高度を下げたが、
「くっ!」
何とか途中で留まり、上空のブラックワイバーンに目をやる。するとブラックワイバーンもまた、レオナルドのことを見下ろしていた。
『……レオ、このブラックワイバーンと会話はできません。この者に意思はない』
(何を!?殺してくれってずっと訴えてるじゃないか!)
『ええ。ずっと同じことを繰り返しているだけでしょう?…この声はただの残留思念です。一番強く心に残っている想いを延々と発しているに過ぎないのです。殺してくれ、というのは、ブラックワイバーンになった者の最期の願いなのでしょう』
(っ!?なん、だよ…それ……?)
残留思念?しかもその最期の願いが殺してくれ?
レオナルドはすぐには理解が追いつかなかった。
『元々が人間であったことは間違いないでしょう。ブラックワイバーンに変質した直後は意思もあったのかもしれません。ですが、今はもう違う。レオを襲ってきた倒すべき敵でしかない』
(いや、でも……!)
レオナルドは反射的に言葉を発するが、途中で止まってしまう。ステラの言葉を否定しきれなかったのだ。そもそも元々人間だったとして、どこの誰かもわからない相手だ。それなのに、何とも言えない悲しみが後から後から湧いてきていた。
『……これは確証がある訳ではありません。ですが、最初からこのブラックワイバーンは全力を発揮していません。いえ、できていない、と言うべきでしょうか。自分から襲ってきたというのにです。恐らく、レオを殺そうとする魔物としての本能と殺してほしいという最期の願いが反発し合っているのでしょう。そして、レオを襲ってきたのもレオなら自分を倒せる、と感じ取ったからだと私は思います』
ブラックワイバーンの魔力量、そしてこれまでの、殺意の高さに反して、追撃できるところでしてこないブラックワイバーンのちぐはぐな動きをステラなりに分析した結果だった。
(そんなこと、って……?)
殺してほしくて襲ってきた、というのか。それが願いだと。そのやるせなさに、レオナルドの心が苦しくなる。だが、ステラの分析結果を聞いて納得もした。
確かに、先ほども今も、そして尾の攻撃でレオナルドを岩山に叩き落した後も、ブラックワイバーンは攻撃を加えようとはせず、ただそこに留まっているだけだった。それなのに、決してレオナルドから目を離さず、逃がそうとはしないし、致死性の攻撃もしてくる。ずっと行動が妙だったのだ。
『その最期の願いも近い将来消えてしまうと思います。そうなったら本当にただの魔物と変わりありません。レオ。私達にはもうこの者を元に戻してやることはできません。できることはないのです。まだ残留思念が残っているうちに願いを叶えてあげませんか?……それとも、同情してレオが殺されてやるのですか?』
ステラの予測が正しければ、ゲームで主人公達がブラックワイバーンと戦うときにはすでにただの魔物となっていた可能性が高いということだ。
(俺は……)
レオナルドは顔を歪ませる。殺されてやることはできない。では自分に何ができるのか。そんなことは考えなくてもわかる。ステラの言う通り、してやれることなんて何もないのだ。たった一つのことを除いて……。
ならば、後は自分がやると決めるだけ。
上空では、ブラックワイバーンが何もしようとせず、ずっと同じ場所に留まってレオナルドを見ている。
レオナルドには、それがまるで自分の決意が固まるのを待っているように見えた。
(……ステラ)
『はい』
(行こう)
『はい』
レオナルドは決意を固めた表情で、再び上昇し、ブラックワイバーンと対峙した。
すると、
『コロシテクレ!』
再びブラックワイバーンから念話が届く。
「ああ。わかってる」
レオナルドが呟いたのと同時に、ブラックワイバーンは敢えてなのか、ここで溜めの必要なブレスを放とうとしてきた。レオナルドにはそれが今のうちだ、と言われているような気がして、自分でも理由がよくわからない涙が出てくる。だが、この隙を絶対に逃してはならない。
「アアアアァァァーーーーッッッ!!!!!」
レオナルドは突きの構えを取ると、ぐちゃぐちゃの感情そのままに雄叫びを上げながら、ブラックワイバーン目掛けて突進した。
今レオナルドが戦闘でまともに使える精霊術は飛行、つまり風の精霊術だけだ。
だから、レオナルドは先ほどブレスを避けたときと同じ全速力の飛行を行うことにした。それだけじゃない。その上で、自身のすぐ後ろに猛烈な風を発生させることで、急加速も実現させる。身体への負荷を一切考えない荒業だった。
するとどうなるか。
レオナルドの速度が音速を超えた。
『っ、また無茶なことを!』
ステラはレオナルドがしようとしたことを瞬時に察し、身体への負担を最小限にするため、レオナルドの霊力を使って術を行使する。今後、もっと安全なやり方を絶対に学ばせてやると思いながら。
これまでの戦いが嘘のように一瞬の出来事だった。
音を置き去りにしたレオナルドは、その勢いのままブラックワイバーンの額に白刀を突き刺し、そこにありったけの霊力を流し込んでブラックワイバーンの頭部を内側から破壊したのだ。
頭をやられ、絶命したブラックワイバーンがそれまでに溜まっていたエネルギーを上空に向かって放出しながら、地上へと墜ちていく。
その姿をレオナルドは悲しみを湛えた目で見つめ続けた。
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