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日常の裏で

「もう!レオ兄さま、どこに行っていたのですか?」

 レオナルドが戻ると、セレナリーゼが(ほほ)(ふく)らませて待っていた。どうやらレオナルドが店員と話したり、手巾を選んだりしている間に、とっくに着替え終わっていたようだ。

「ごめん、ごめん。ちょっと店内を見て回ってたんだ」

 レオナルドの口元に苦笑が浮かぶ。ゲームでは、いかにもお(じょう)様といった感じのお(しと)やかな公爵令嬢(こうしゃくれいじょう)のセレナリーゼ。自分との関係も冷え切っている。そんな彼女がいったいいつまで自分に対しこれほど感情表現(ゆた)かに接してくれるのだろうか、とつい考えてしまうのだ。ゲーム知識があるからこそ、今を素直に享受(きょうじゅ)できないのはレオナルドの悪い(くせ)になってしまっているのかもしれない。

「っ、何か私に選んでくださるんですか!?」

 レオナルドの言葉にセレナリーゼは目を(かがや)かせる。

「いやいや、俺に服選びのセンスなんてないよ」

 そんなセレナリーゼの反応にレオナルドは(あせ)る。女子の服を選ぶなんて大それたことを自分に求めないでほしい。

「むぅ~~。…はぁ……。わかりました。お母さまがこちらも選んでくださったんです。どうですか?」

 セレナリーゼは何か言いたげに小さく(うな)ったが、(あきら)めたように息を()くと、レオナルドに今試着している服の感想を求めた。

 レオナルドは必死に頭を働かせるが、これまでと同じ言葉しか出てこなかった。本当にもう少し語彙(ごい)力を(きた)えた方がよさそうだ。


 そんな二人のやり取りをすぐ近くでフェーリスは(うれ)しそうに見守っていた。


 結局セレナリーゼも二着の服を購入した。

 その二つはどちらも、レオナルドが試着したセレナリーゼを見た瞬間、思わず小さな声で可愛い、と(つぶや)いたものだということにレオナルドだけは全く気づいていなかった。


 一方、レオナルド達が買い物に出かけている頃、ミレーネは一人、メイド長に頼まれた買い出しのため市場に来ていた。

 先日レオナルドから突然(ひか)えるように言われ、戸惑(とまど)いつつも守りたい気持ちはあったが、働いている身としてはその指示に(したが)ってもいられない。


 買い出し自体は慣れたもので、貴族向けの店を順に回っていく。

 最初に入ったのは紅茶の専門店だ。

 店内に入ると茶葉の(さわ)やかないい香りが店内を(つつ)んでいる。

 購入(こうにゅう)する銘柄(めいがら)は決まっているため、すぐに店員に伝える。

 店員もクルームハイト公爵家のメイドであることはわかっているようで実にスムーズだ。


 店を出たミレーネは次にコーヒー店に行った。こちらでも豆の独特(どくとく)な香りが店内を包んでいる。コーヒーについても購入する銘柄は決まっているため、店員とのやり取りはスムーズだった。

 元々クルームハイト公爵家でコーヒーを飲むのはフォルステッドだけだったのだが、最近はレオナルドも飲むようになった。それもフォルステッドと同じように砂糖(さとう)やミルクを入れずブラックで、だ。

 当初はコーヒーの(にが)みを知らないのだと思い、レオナルドに何度も何も入れずに飲むのかと確認してしまったミレーネだが、レオナルドがまるで飲み慣れているかのようにブラックコーヒーを美味(おい)しそうに飲むものだから、思わず表情に出るほど驚いてしまったのは記憶に新しい。


 そんなことを思い出してクスっと小さな笑みを浮かべたミレーネ。

 頼まれたものはすべて買い揃えたので、後は屋敷に戻るだけ、と店を出たところでそれは起こった。

「やあ。買い物中かな?(きみ)みたいな子に両手いっぱいの荷物を持たせるなんてあまりいい(やと)(ぬし)じゃないなぁ」

「まったくその通りだな。そんなものは店にでも(あず)けておいて、君は今から俺達に付き合うといい。楽しいところに()れていってあげよう」


 明らかに貴族とわかる服装をした男二人組がニヤニヤとした笑みを浮かべながらミレーネに声をかけてきたのだ。

 年はミレーネとそう違わないように見える。実際彼らは今年度から学園に(かよ)い始めた者達で、休みの日はストレス発散(はっさん)()ねて、時々こうして王都の街をぶらぶらしていた。そんな中、店の外からミレーネを見かけた二人はその美しさからぜひ遊びたいとナンパ目的で待ち(かま)えていたのだ。

 今も値踏(ねぶ)みするような下卑げびた目をミレーネの体に向けている。


「……いえ、申し訳ございませんが仕事中ですので」

 相手が貴族のため、ミレーネは余計(よけい)なことは言わず、丁寧(ていねい)に頭を下げて(ことわ)りを入れた。というか、ミレーネにとっては迷惑(めいわく)以外の何物(なにもの)でもないため、早くこの場を離れたい。

 だが、どこぞに(つか)えるだけのたかがメイドが自分達の(さそ)いを断るとは思ってもいなかったのか、男達の雰囲気(ふんいき)若干(じゃっかん)剣呑(けんのん)になる。

「なあネファス。俺の聞き間違いか?今断られた気がしたんだが?」

「いやいや、そんなまさか。おい、君。君は知らないようだが、この人はクルエール公爵家の嫡男(ちゃくなん)であるグラオムさんだぞ?ちなみに僕もブルタル伯爵(はくしゃく)家の嫡男だ。そんな僕達が誘ってやってるんだ。当然断らないよな?」

 ネファスと呼ばれた青年が自分達がいかにすごいかを語り、だから自分達に従うのが当然だというように上から目線でミレーネに(せま)った。今のやり取りだけでもグラオムとネファスの力関係がわかる。そしてメイドに対する彼らの価値観(かちかん)も明らかだった。自分達の家柄(いえがら)権力(けんりょく)、それらを()りかざすのは彼らにとって日常なのだろう。


「っ!?」

 ミレーネは頭を下げながらネファスの言葉に一度肩をビクッとさせると目を見開いた。ミレーネの体が小刻(こきざ)みに(ふる)え始め、鼓動(こどう)がバクバクと速くなる。グラオムとネファスは震えるミレーネを見て自分達の家柄に(おそ)(おのの)いているからだと判断し、嗜虐(しぎゃく)的な笑みを深くした。

(クルエール……!?ブルタル……!?)

 だが実際は違う。ミレーネは(あふ)れ出しそうになる感情を必死に(おさ)えようとギュッと目を(つむ)る。このとき、ミレーネの中では、殺意、憎悪(ぞうお)、怒り、様々な負の感情が渦巻(うずま)いていた。

(ダメ。今はダメ!このままじゃクルームハイト家に迷惑がかかってしまう)


「……大変申し訳ございません。この後も仕事があり急いでおりますので失礼致します」

 今にも爆発しそうな感情を抑え、何とか普段のように冷静を(よそお)い、ミレーネは同じ台詞(せりふ)を繰り返してこの場を()ろうとする。

 だが、そこでネファスがミレーネの腕を(つか)んだ。

「っ!?」

 その拍子(ひょうし)にミレーネの抱えていた紅茶とコーヒーの袋が地面に落ちてしまう。

「何を勝手に行こうとしているんだ?僕達が優しく言っているからってメイドの分際(ぶんざい)でつけ上がるなよ?お前に拒否(きょひ)権なんてないんだよ。僕達の家柄を聞いてそんなこともわからないのか?いったいどこの家のメイドだ?」

「っ、お放しください!」

 ネファスの掴む力が強いのか、触れられたことの嫌悪(けんお)からか、ミレーネの表情が苦痛に(ゆが)む。

「誰に物を言っている?こちらの質問に答えろよ。どこのメイドだ?」

「……クルームハイト公爵家に仕えております。ですので―――」

 このままではどうにもならないとミレーネは(あきら)めたように答える。その声は必死に感情を抑えているからか、消え入りそうなものだった。だが、これで解放されるだろう。相手も公爵家だが、こちらも公爵家に仕えているのだから。

「はははっ、なんと妹に次期当主を(うば)われたあの無能(むのう)のところか!後継者(こうけいしゃ)(めぐ)まれず、権力闘争(とうそう)でも第一王子派である()がクルエール家と違いすでに風前(ふうぜん)灯火(ともしび)であるあの!おまけにメイドの(しつけ)もなっていないとはな。クルームハイト家も随分(ずいぶん)と落ちぶれたものだ。それに、公爵家に仕えているからといってお前はただのメイドでしかあるまい?俺達には素直に従った方がいいと思うんだがなぁ?」

 だが、ミレーネの答えを聞いたグラオムはクルームハイト公爵家そのものを尊大(そんだい)嘲笑(あざわら)う。

「グラオムさんの言う通りだ。()てが(はず)れて残念だったな。二度とそんな反抗(はんこう)的な態度が取れないよう僕達がたっぷりと(しつ)けてやる。さあ、わかったなら僕達に付き合え。行くぞ」


 腕を引っ張られたミレーネは数歩進んでしまったところでグッと足に力を入れた。そして―――、

「放してください!」「うわっ!?」

 ネファスの手を思い切り()(ほど)く。いい加減我慢(がまん)限界(げんかい)だったのだ。その勢いでネファスは体勢(たいせい)(くず)(しり)もちをついてしまうがそんなもの関係ない。袋を(ひろ)い上げるとミレーネは急ぎその場を走り去る。

「大丈夫か!?ネファス!女、貴様(きさま)何をしたかわかっているんだろうな!?どうなるか覚えておけ!」

 そんなミレーネの背中にグラオムが怒声(どせい)()びせるが、ミレーネは振り返ることなく屋敷へと走った。

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