贈り物
セレナリーゼが着替えている時間だけ、レオナルドが一人で店内をうろうろするというのを繰り返していたら、三度目のタイミングで、店員もレオナルドがただ店内を見ているだけではないとわかったのか、声をかけてきた。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
レオナルドが声の方に顔を向けると、二十代くらいの綺麗な女性店員だった。さすがは貴族向けの一流店というべきか、子供のレオナルドに対しても丁寧な接客をしてくれる。
「え?…あ、はい。そうです」
自分だけで見ている分には声なんてかけられないだろうと思っていたレオナルドは少し驚いたが、助けが欲しかったのも事実だったため素直に頷く。
「どのような物をお探しですか?」
「お世話になってる親しい女性が今度十六歳の誕生日なんです。だから何か贈れたらって思ってるんですけど、何がいいか中々思い浮かばなくて」
「それはおめでとうございます。素敵なお気持ちですね。お相手の方は貴族様でしょうか?」
それは質問というよりも確認というニュアンスだった。子供とはいえ、貴族が贈り物をする相手は貴族であることが普通だから念のため訊いたのだろう。もしくは相手の爵位によって失礼にならない程度の品を案内するための配慮かもしれない。
「あ、えっと……」
けれどレオナルドはすぐには答えられず言い淀んでしまう。ミレーネの事情をゲームで知っていたからだ。ちなみに、ステラもレオナルドから聞いて知っている。
少しだけ考えたレオナルドは、
「……いえ、貴族ではありません」
そう答えたのだった。
「左様でございましたか。失礼致しました」
レオナルドの答えに、女性店員は驚きも見せずに笑顔で接客を続けた。もちろん詮索することもない。王都に貴族向けの店を構えるような商会は、店員の教育も行き届いているようだ。
「それでは、こちらなどいかがでしょうか?」
そう言って店員が案内したのは刺繍の入った手巾コーナーだった。棚には数多くの手巾が並んでおり、そのすべてに細かな刺繍が施されていた。店員の説明では、すべてが手縫いのため、種類はあっても各種の枚数は少ないそうだ。
(ああ、そうか。俺は最初から手巾だけは候補から除外してたんだ……)
そこに並ぶ手巾を見てレオナルドは無意識にこれを避けていたことを自覚した。
『なぜ除外していたのですか?』
(ああ、それはさ、ミレーネは成人祝いとして父上から手巾を貰うんだよ)
『ゲームでそのような話が?』
どうやらステラは聞かされていなかったようだ。それも仕方がないことかもしれない。レオナルド自身、ミレーネの成人祝いのことと、目の前の手巾を見てようやく思い出したくらいなのだから。いくらやり込んだゲームとはいっても、全部を全部、詳細に覚えていることなど無理な話だ。それでも何となくは印象に残っていて、こうして思い出せているのだから凄いことである。
(そうそう。話してたらどんどん思い出してきた。実物は出てこないんだけど、ミレーネが肌身離さず持ってる手巾があって、私が主と定めた方からいただいた大切な宝物です、って主人公達に言って、胸元をそっと押さえる絵があってさ。すげー綺麗だったんだよ)
『レオの記憶は中途半端で当てになりませんね。……ですが、主と定めた、ですか……』
(もう一年前の、しかも前世の記憶だぞ?全部はさすがに無理だよ。それにこうして思い出したんだしさ)
『人間は忘れていく生き物ですものね』
(棘があるなぁ。けどまあそういうこと。で、ゲーム通りならもうすぐ起こってしまう事件を父上が解決して、その後渡す流れのはず)
『以前言っていた回想のことですね?』
(そう。もどかしいけど詳細を伝える訳にはいかないから、ミレーネには外への買い出しをなるべく控えるようにってそれとなく伝えたけど、どれだけ効果があるか……)
そうしてついステラとの会話に集中していると、
「お客様?お気に召しませんでしたでしょうか?」
手巾をじっと見つめながら固まってしまったレオナルドに、店員が説明を中断して声をかけてきた。
「っ、いえ、そんなことはないです。すみません。ちょっと考え事をしてました」
「私こそお考え中のところをお邪魔をしてしまい大変申し訳ございませんでした」
店員が頭を下げるのを見て、レオナルドは慌てる。
「いえいえ、ぼーっとしていたのは俺なので頭を上げてください」
「……ありがとうございます」
「それより続きを聞かせてくれますか?」
「かしこまりました。手巾であれば、普段使いもできますし、手縫いの刺繍によって特別感も出ますのでお勧めでございます」
「なるほど。どれもすごく綺麗ですもんね」
刺繍が施された手巾の数々にレオナルドの口から素直な感想がこぼれる。
「ありがとうございます」
「ちょっと見させてもらいますね」
フォルステッドからのプレゼントを思い出したレオナルドだが、店員も言っている通り、手巾なんて普段使いするものは何枚持っていても問題はなさそうだ。自分が贈るものなんて普段使いにしてくれたらいい。
そう考えると、確かにこういった小物はアリだなと思ったレオナルドは一つ一つ見ていくことにしたが自分のセンスには自信がない。
どうしたものかと悩んでいたら、一つの手巾に目が留まった。手に取って広げてみる。
その手巾は、白地の布に、青色の糸で、おそらくはバラが一輪刺繍されている。が、それだけではない。もう一つ、水色の糸で、複数の同じ花が刺繍されていた。名前はわからないが、なんとなく星のように見える五枚の花弁をもつ可愛らしい花だ。キラキラしている部分は粉のダイヤモンドだろうか。
「これ、いいな」
なんとなくだが、レオナルドはこれが気に入った。水色というのがミレーネの髪色に近くて、それも好印象だった。
「そちらはバラと少し珍しいですが、ブルースターという花の刺繍になります」
「へえ、そうなんですね。バラはもちろん綺麗ですけど、ブルースター?というのも可愛い花ですね」
「ありがとうございます。そちらは花言葉も素敵なんですよ?」
女性店員が言うには、青いバラは夢が叶う、ブルースターは幸福な愛・信じ合う心、だそうだ。
レオナルドは花言葉なんて全く知らないが、結構いい意味みたいだ。というか、だから刺繍に選ばれているんだと納得した。
信じ合う心というのは自分とミレーネの間には成立しないだろうな、とレオナルドは少し苦く感じながら思う。ミレーネが信じる相手は少なくとも自分ではないだろうから。ゲームでは将来主人公を信じる訳だが、この現実ではどうなるかまだわからない。他の人と恋愛するかもしれないし、フォルステッドへの忠誠心からメイドとして仕え続けることもあるだろう。
『あなたは自分への評価が低すぎます』
考えを読み取ったステラがまるでレオナルドをフォローするように言う。
(ははっ、ありがとう。けど俺は悪役令息だからなぁ)
ステラの言葉にレオナルドは思わず苦笑してしまった。
だけど、夢が叶うと幸福な愛、というのはミレーネにぴったりだと思う。ぜひそうなってほしい。主人公と結ばれるかはわからないが、ゲームの結末は悲恋といっていいものだったから。
ゲームのミレーネルートでは、精霊を宿したレオナルドが暴走して、ムージェスト王国の名だたる貴族を次々と殺していく。それが終わると王族を根絶やしにする勢いで殺していくのだ。この殺戮劇、ミレーネの過去を知ったプレイヤー達はざまぁと思ったことだろう。少なくとも前世のレオナルドはそうだった。そして残った王族がシャルロッテだけとなり、そこで主人公達とレオナルドの最終決戦が始まる。
だが、その戦いの中でミレーネは、シャルロッテを狙ったレオナルドの攻撃からシャルロッテを庇い、致命傷を負ってしまう。主人公は悲しみながらもレオナルドを倒すが、ミレーネは主人公の腕の中で、満足そうに微笑みながら死ぬのだ。
結末だけを言ってしまえばこんなものだが、そこまでのストーリーがあってからのこの結末は、涙なしには見ていられなかった。不幸なことが多かったミレーネだからこそ幸せな結末を迎えてほしかったのだ。
そんな彼女だからこそ、この世界では夢を叶えて、幸せになってほしいとレオナルドは思った。そもそも今のステラとの関係を考えれば、自分がゲームのようになる可能性は低い、はずだ。それにどのルートに進んだとしても、未来のことは変えていけると信じている。自分はそう考えてずっと行動しているのだから。
(自分勝手な自己満足だってことはわかってるけど……)
『そんな言い方をするものではありません』
(……うん)
「その花言葉もいいですね」
『あなたの想いにぴったりの品ですね』
(本当にな)
ステラからもお墨付きをもらったレオナルドはあらためて手巾を見て、
「ちなみに、これはいくらですか?」
「そちらは金貨三枚になります」
手巾一枚で三十万ベイル。一般人の生活費のだいたい三か月分だ。前世の一般常識が高いと思わせてくるが、貴族向けの商品、それも手縫いの刺繍が入った品であることを考えれば妥当なのかもしれない。それに決して払えない額ではない。
「決めました。これをいただけますか?」
こうしてレオナルドはミレーネへのプレゼントを決めたのだった。
「ありがとうございます。それではすぐにお包み致します」
レオナルドは代金を支払い、包装してもらった手巾を懐にしまった。
いい買い物ができたと少し浮かれながら、セレナリーゼ達の元へ戻るレオナルドだった。
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